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【第十四話】
「ずっと気になってたんだけど…プールがあるのね…」
ずっと窓の外を見ていた彼女は目の前に見える大きな…水の入っていない水槽を指差しそう呟いた。
「父の趣味でね…」「泳ぐのがお好きだったの…?」「泳ぐと言うよりは…享楽に溺れたかったのだろう…」「…どういう…?」
そう言って首を傾げる彼女の無垢さを余計な知恵で汚したくは無いが…偽る事も憚られたので正直に答えた。
「父は…今思えば完全なる性倒錯者だったのだろうね…彼は貪欲な快楽主義者で自分の神経が高ぶる事なら何だってやった。…どんな事でも…。例え殺人でも…
あのプールはそんな享楽を貪る為に作られたものだよ…ナツになると大抵皆がプールに集まり…裸で一日中醜い獣の様に…交わったりしていたんだ。」
「だからお母様は……」「分からない…俺は彼女と余り接触した事が無いから…記憶にある会話は最後の…この屋敷が静かになった時位でね…」「最後…」
会話の途中で黙り込む彼女は俺の顔を見てどういう意図でそうなったのかは分からない…が彼女は続きの言葉をぐっと飲み込んだ…が何となく俺には聞えた気がした。
「最後…二人の間に何があったの?」
そんな言葉が…
不自然だった。彼女は俺の知らない何かを知ってるようだった。でもそんな理屈でない…勘…とでも言うのだろうか…その不確かなものを説明して問い詰める技を俺は持ち得ていなかった。
「知りたい?」そう問うと少し考えた後、小さな声で「…良いの…言いたくないなら…良いの。」と言ったが…その言葉に隠れる本心が見えた俺にはもう隠すつもりなどさらさら無くなっていた。
自分でもどういう気持ちなのか分からない…只、彼女は俺のどんな思いも一生懸命考えてくれる。それに最初、殺人を見られてしまった事から始まった関係がこの話をした所で今更壊れるとは思い難かった。
だから俺は…あの開放の時を…目の前に未だに蘇る真実を彼女に聞いてもらう事にした。
「では…話そうか……
+++
これは父や…母の残した‘誰かに送ろうとしていた手紙’やメイドたちが俺に話してくれた話を交えてするので何処から何処までが真実か分からないが…俺の知る事の流れなんだ。
父はメイド達曰く、性倒錯者で男と交わるのをとても好んでいた。そして彼はサディズムの人であり、人を追い詰める事に至上の悦びを覚えていた…らしい。
父は知人ら金持ちと共に秘密クラブを立ち上げ著名人らを招いては十字かを逆に立て、神に呪いを!と唱え麻薬を用い、スワッピング…要するに多数の人間と入れ替わり立ち代り性行為を行っていたそうだ。
時に縄と鞭とを織り交ぜ、戯れたり…そのエスカレートで殺人を犯してしまい…それで何か目覚めたのだろうね…闇のマーケットで人間を買ってきては逆十字を掲げた祭壇を、その生き血で濡らすのが定番となったらしい。
…罪が露見しないのかって?…秘密クラブの会員には色んな人間が加入していてね。もみ消すのは容易過ぎる程に政治的力には事欠かなかったと言うから世の中は狂っているよね。
そして父は…いや、祖父は成り上がり者でね。古くから名家と言われる金持ちはそんな成り上がり者を酷く嫌う。虐げられでもしたのだろうか…祖父は‘正当な高貴な血’欲しさに最早没落しかかっていた名家のお嬢様であった母を父に与えた。
そしてそれでお役御免とばかりに祖父はこの世を去った。
何も知らずに嫁いできた母…自分の旦那は毎晩毎晩ベッドを抜け出していく。不審に思った彼女はある晩その後を付いて行く事にする。
そして彼が行く先は思いも寄らない狂った世界で…彼が開けたドアから見えた景色は黒と…おどろおどろしい赤の入り混じる人体の蠢く世界が見え…驚き思わず声を上げた彼女に気がついた父は…
まるで侵食するかの様に…彼女を同じ世界へ引きずりこんだ。
それから何があったのかは知らないが母は俺を孕み…産んだ。
彼女は俺を‘悪魔の子’として疎み、乳母に任せきりにしたまま目も合わせず手も触れず、まるで存在自体無いかの様に無視をして現実逃避としての外出に勤しんだ。
俺の世話はもっぱら新人の仕事だったようだ。点々と変わるその乳母達に特に思い入れも無くいつしか俺は淡々と父の書斎の本ばかり読んで暮らす様になっていた。
どのメイドも最初は優しく接してはくれるのだが時と共に父との関係に熱を上げ母との子である自分に辛く当たりだした。
階段から突き落とされそうになったり…毒を盛られそうになったり…
とにかく心の休まる時間は無かった。そしてある時父の書斎に居た俺を見つけた父の友人が俺の顔を凝視したままで「面白い事を思いついた」と呟き…
俺の行き地獄は本格的に始まる事となった。
虐待…レイプなんて日常。そんな事一つ一つ覚えちゃ居られない。
只…あの日の朝ごはんだけは…俺はきっと…一生忘れる事が出来ないだろう。
ある時、父は珍しく優しい顔で俺に一匹の子犬を与えてくれた。俺の名と同じ「レオン」と言うらしい。中型犬で真っ白で…良くいう事を聞く賢い子で…他に安らぎの無かった俺はすぐにそいつに夢中になった。
寝る時も…散歩も…食事の時もずっと傍に居た。その毛並みが…温度が俺の心を大きく救った。とても…とても大事な存在だった。
しばらくして父は‘白いレオン’に首輪を買ってきた。鉄で出来たチェーンで、真ん中にあるプレートには{レオン}と刻印されていた。
嬉しくて嬉しくてさっそくその‘白いレオン’に首輪をつけた。心なしか首輪を身に着けたレオンは誇らしげにしている様に見えた。
その次の日、目が覚めたらいつも居る筈のベッドの隣にレオンの姿が見えなくて焦った。飛び起きて屋敷のあちこちを探し回ると食堂からメイドが俺を呼んだ。
食事に遅れると鞭を打たれるので仕方なしに捜索は後に置いておいて自分の割り当てられた席に座った。そして料理が運ばれてきて…俺は固まってしまった。
クスクスと笑い声があちらこちらから聞えてきた。それが誰のモノであるかなんて確認する余裕さえなかった。
目の前に置かれた銀の大皿の上に沢山盛られた野菜の上にぐったり寝そべる大きな茶色い物体…その首らしき場所には昨日俺がつけた‘レオン’と書かれたプレートがついていた。
叫び声さえ上げられなかった。只、頭が理解するよりも先に涙腺が壊れた様に涙が溢れていた。
相も変わらずクスクスとあちらこちらから笑い声が聞えた。そして目の前の父は眉一つ動かさずに「どうした…食事はちゃんと食べなさい」と冷たく言い放った。
何度も首を振ると「いう事を聞けない子には罰を与えるよ?」と笑った。それでも首を激しく振った俺は自室のベッドに連れて行かれて…
手を…焼かれる羽目になった。
それからも色々とあったけれど、もう心が動く事は無く虐げられる俺を冷静に見ているもう一人の自分が現れて俺の心は随分と楽になった。
そんな朦朧とした日々が続く中、俺は母の不審な行動を目撃した。
外はもう闇に包まれた時刻俺は真っ暗な窓の景色の中に一つの蠢く何かを見つけた。…月明かりを頼りに歩いたのだろうか…母が真っ暗な中で大きな瓶を何かで運び、その中身をプールへ入れてるようだった。
母は厳重なマスクをしていた。それは病で使用する様なモノでなく…明らかに対毒ガス用のマスクであった事が俺を歓喜させた。
安全な物体を入れた訳ではない事は明らかだった。只の嫌がらせで動くには彼女は余りにも真面目すぎた。きっと思いつめての行動だ…だとしたら…
明日はとてもいい日になるに決まってるじゃないか。…そんな事を思って俺は早く寝る事にした。
そして来る次の日。いつもの様に家にあるプールで享楽に興じる父達を俺は窓からずっと見ていた。
突然ひとしきり泳いだ後、ベッドサイドのベンチで休んでいた乳母がもだえ苦しみ、床に転がった。
その美しかった白い肌は焼け爛れ、赤黒く変色し、焦げてひとしきり転げまわった後、とうとう動かなくなった。
プールの水の中で戯れていた人たちはその騒ぎを聞きつけてその動かなくなった乳母に近づき、あーだ、こーだと言い合っていた。
その人の群れもしばらくした後、一人…また一人と悲鳴を上げて倒れ…もがき苦しみ動かなくなった。
まるで何かの祭りの様で…身を捩り…クネクネと踊るその奇妙なダンスに俺は只、おかしくて堪らずに珍しく腹を抱えてゲラゲラ笑っていた。
不意に視線を感じてそちらを見ると母が同じ様にこちらを見ていた。
笑顔で手を振ると彼女は青くなり、室内に引っ込むとしばらくして俺の部屋のドアがノックされた。
ドアを開けその訪問者を部屋に招きいれると「お疲れ様でした」と言いながらテーブルの紅茶と注ぎながら彼女に着席を促すとゆっくり彼女は首を振った。
黙って俺の顔をじっと見る彼女に「貴方がやったんでしょ?」と微笑むと激しく首を振る彼女に「夕べ、貴方が何度も大きな瓶でプールに入れていたのは硫酸でしょ?」と言った。
顔面蒼白になり、只、立ち尽くす母に「分かります。父は酷い人でした。貴方が捕まる事はない。この後の処理は全てこの‘悪魔の子’が請け負いましょう。」と微笑むと「私が怖くないの?」と気味悪そうに言う母に
「俺は‘悪魔の子’なんでしょう?…この悪魔以上に異形で醜悪なものなど無いでしょうに…。」と軽く答えた。
「私は悪魔の子だなんて貴方を…本当に酷い事言ったわ。…ごめんなさい。」そう涙を流し、言葉を詰まらせる彼女に俺は「貴方が何を謝っておられるか…俺には分かりません。」と軽く受け流しながら
彼女が俺に教えた硫酸の入った瓶を庭に廃棄し、その旨を伝えると何度も「ありがとう」を繰り返し俺の手を握った。
その温もりが煩わしくて振り払うと「とりあえず一息つきましょう…」と彼女をダイニングに連れて行き椅子を引いて座る様に促し、俺に背を向けた瞬間ズボンの背中側に隠し持っていた銃を彼女の口の中に突っ込み引き金を引いてソレを彼女の手に握らせた。
人はいとも簡単に動かなくなる。まるでゼンマイの切れた仕掛け人形の様に…生きてる間はあんなに煩わしい生き物も…止まればほら…こんなにも気持ちの良い静寂をくれる。
誰も居なくなった屋敷のこの美しい静寂にまるで新鮮な空気を味わうかの様に胸いっぱいに空気を吸い込み思いっきり伸びをして解き放たれた事を喜んだ。
自由だ!俺は自由だ!脆弱な母も!…狂った父も!…狂った父に惑わされた使用人達も…!
誰も俺を殴る事が無い世界…何者にも強要されない世界…疎まれず、なじられる事の無い世界…
何て素敵な事なんだろう…
ひとしきり喜びを味わった後、弾む心を抑え受話器を取り警察に電話をした。
「助けて下さい!母が…!父が!皆が!」言葉を詰まらせ、あたかも錯乱した様に繕い、掛ける電話…
冷静にさせようと向こうがこちらへ掛けてくる言葉に巧く反応しながらこちらの住所を告げ電話を切り、その場に座り込んだ。まさか夢にも思わないだろうな…こんなに大量に人が死に錯乱して泣き濡れるべきこの場面で
こんなに歓喜に満ちた顔をしているなんて…
そんな事を思いながら顔を手で隠し思い切り笑った。警察がココを訪れる前にこの高揚した気分を全て吐き出し泣き濡れる事の出来る為に…
これからもこの静寂を一人で味わう事の出来る様に…
【続く】