「それで、今日はずっと辛そうにしていて?」
言いながら自分の座っていたところを立つと、私のすぐ横へ腰を落とした。
「なぜ、私があなたと違うからと、好きじゃなくなると思うのです」
さらに密着するように、回された片腕で肩がぐっと抱えられる。
「……互いに違うから、求めたくもなるし、愛したくもなるのです……」
私の耳へ寄せた唇で、そう告げると、
「……私は、あなただから、好きなんです」
揺るぎのない言葉を打ち明けて、
「……あなたは、私だから、好きではないんですか?」
じっと目を覗き込んで私に尋ねた。
「……好きです。だけど……」と、言いよどむ。
「だけど?」
「だけど……だって、私と先生では釣り合わないんじゃないかって……」
ただ好きなだけでは到底片付けられないような格差が、どうしても彼との間にはある気がした。
「釣り合うかどうかが、そんなに重要なのですか?」
メガネを指で押し上げるカチッという微かな音がして、それだけの仕草が苛立っているようにも感じられてビクリとする。
「重要っていうか……そう思うと、好きでいてもいいのかなって……」
口の中でぼそぼそと話すと、
「あなたは、そんなことを考えていたんですか……」
ふーっと、彼が短く息を吐き出した──。
「では私が、釣り合わないからと関係を絶てば、あなたは、それで満足をするのですか?」
「そういうわけじゃ…ないですけど……」
泣きそうな思いが胸を俄かに込み上げる。取り留めのない気持ちを、どうしたらうまく伝えられるのかがわからなかった。
「……酔っているのではないですか? 酔ってつまらないことを考えているのでは?」
「酔って、つまらないことを……そうかもしれないけれど……」
確かにそうなのかもと考えるけれど、まるで喉の奥に何かが詰まったようにも息苦しくて、彼の言葉を素直に受け止めることができなかった。
彼がふーっとまたひと息をつくと、私の持っているグラスを手から抜き取って、
「……好きなら、それでいいではないですか」
氷をグラスに入れ、新たに水割りを作って返した。
「好きならば、他に何も考えなければいい」
テーブルの自らのグラスの横に、トンという僅かな音を立てて私のグラスを置くと、
「ただ、私を好きでいることが、君にはできないのですか?」
メガネ越しの冷ややかにも映る目線を投げかけた。
作ってもらった水割りを一口含んで、どう答えればいいのかをためらっていると、
「好きだと言いなさい」
低く落とされた声音が静かな部屋の中に響いた。
「…………好き」
口にして、顔をうつむけた。
「そんな消え入りそうな声ではなく、もっと……私に、伝わるように……」
顔を迫らせ、耳元で言う。
「……好きです、先生のことが……」
口の中に溜まっていたアルコールを呑み下して、そう言うしかないような思いで口にすると、
「そう…あなたは、私を、ただ好きでいればいいのです」
飲んだばかりのお酒で潤った唇に指が伸ばされて、スーッと横になぞられた。
「……よけいなことは何も考えずに……私を、好きでいなさい」
言い含むような口調に、虚ろな胸の内とは裏腹にただ気持ちだけが引きずられていく。
「……ん」
胸に抱き寄せられ、指で触れられた唇に口づけられると、
酔った熱と共に、身体中を血が駆け巡るようで、
思考さえも、奪われていくようだった……。
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