テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
無一郎と一緒に帰るようになってから、結名の日常は少しずつ変わっていった。無一郎は相変わらず無表情で、あまり多くを語らなかった。しかし、二人が並んで歩くその時間が、結名にはとても大切なものになっていた。
「無一郎くん、今日はどんな本読んでたの?」
結名が話しかけると、無一郎はちらっと彼女を見てから、あまり乗り気ではないように言った。「小説。」
結名はその答えに少し驚いた。無一郎が小説を読むなんて、なんだか意外だったからだ。「どんな小説?」
「…恋愛もの。」
その言葉を聞いた結名は、思わず口をつぐんだ。無一郎が恋愛ものの小説を読むなんて、正直想像できなかった。あんなに無表情で冷たい印象の彼が、恋愛に興味があるのだろうか。
「へぇ、無一郎くんも恋愛もの読むんだね。」結名は冗談めかして言った。
無一郎は無言で歩き続けていたが、少しだけ足を止めて、目線だけを結名に向けた。「結名も、そういう小説は読むんだろう?」
結名は少し驚いたが、すぐに笑顔を作った。「うん、読むよ。けど、ちょっと理想的すぎて現実にはあまり…」と少し照れくさそうに言うと、無一郎がまた無言で歩き始めた。
「現実にない話だからこそ、面白いんだろう。」
結名はその言葉に少しだけ感動した。無一郎は、本当は自分が思っていた以上に繊細な部分を持っているのかもしれない。無表情でいるけれど、心の中ではたくさんのことを考えているのだろう。
「そうだね、理想的だからこそ夢中になれるよね。」結名は頷きながら、無一郎の隣を歩いた。
その日、二人はしばらく無言で歩き続け、結名の家が近くなったところで無一郎が立ち止まった。
「今日はここで。」無一郎は少しだけ声をかけた。
結名は驚いたように無一郎を見たが、すぐに理解して軽く笑った。「うん、ありがとう。今日は楽しかった。」
無一郎は一度、結名を見た後、静かに頷いて歩き出した。その後ろ姿を見送りながら、結名は心の中でつぶやいた。
「無一郎くん、少しずつだけど…前よりは近づけてる気がする。」
その後も二人の関係は、少しずつではあるけれど、確実に変わっていった。結名は無一郎に話しかけることが前よりも楽になり、無一郎も少しだけだが、結名との会話に応じるようになっていた。けれど、結名の心の中でひとつだけ気になることがあった。
無一郎は、結名が本当に知りたいことを話してくれるのだろうか? 彼がどれだけ自分に心を開いているのか、それを知ることができるのだろうか?
その疑問が頭から離れないまま、ある日、結名は無一郎に自分の気持ちを伝えることを決心した。
放課後、結名は無一郎がいつも通り図書室にいるのを見かけ、彼のところに足を運んだ。無一郎は本に目を落としながらも、結名が近づいてきたことに気づき、顔を上げた。
「無一郎くん、少し話せる?」
結名は、緊張している自分を感じながらも、無一郎に声をかけた。
無一郎は少し驚いた顔をしたが、すぐに静かに頷いた。「話すだけなら。」
結名は、無意識に深呼吸をした。「実は、無一郎くんに伝えたいことがあるんだ。」
無一郎は少し目を細めたが、何も言わずに静かに結名を見守っていた。
結名はその視線に少し勇気をもらいながら、続けた。「私は…無一郎くんのことが、ずっと好きなんだ。」
その言葉は、結名にとっては初めて心から出た告白だった。しかし、無一郎は驚いた様子もなく、静かに答えた。
「それがどうした。」
結名はその一言に胸を突かれたが、すぐに冷静になった。「それがどうしたって言われても…私は無一郎くんに、もっと近づきたいって思ってる。無一郎くんがどう思ってるか、わからないけど、それでも私は、あなたのことを知りたい。」
無一郎はしばらく黙っていたが、結名の真剣な目を見つめ、やがて静かに言った。
「…お前がどうしてそう思うのかはわからない。でも、少しは俺のことを理解してほしいと思う。」
その言葉に、結名は少しだけ胸を躍らせた。無一郎は、彼なりに結名の気持ちを受け入れたようだった。
「うん、ありがとう。無一郎くん。」結名は小さく笑い、無一郎に向けて頷いた。
つづく
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!