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「では、我が社を案内しよう、社長室をちょうど通る前にね」
エレベーターの扉が静かに開き、開発チーム室フロアに二人は降り立った、ジェニは広々としたオフィスをぐるりと見渡し、思わず目を見張った、ここがメビウスホールディングスの心臓部なのか
「我が社はフレキシブル・ワークスペースシステムを導入している」
「フレキシブル・ワークスペース?」
ジェニは目をまん丸にして聞き返した、竜馬が自慢気に話す
「昨今ではコロナ禍などでリモートなど、テレワークも増えて毎日社員全員にデスクが必要というわけではなくなった、でも我が社はリモートは推奨していない、家などでは作業効率が落ちるからだ。従業員が毎日同じ席にいなければデスクの上にがらくたを積み上げることも無い、毎日出社したら開いているデスクを使う、そして片付けて帰る、このシステムを導入してからオフィス空間が節約できて今は空いているフロアを賃貸やレンタルスペースに使用できて、尚且つ利益も上がる、一石二鳥だ」
ジェニがキョロキョロしてすべてを把握しようという勢いで周りを見渡す、誰かがフロアに入って来ても、我関せず従業員は背を向けてパソコンを叩いている人達を眺める、竜馬が手を後ろに組んで、これが仕事だと小学生の子供に諭すように得意げに言った
「僕はいつでも効率化を好む」
ジェニが俯いて考え込む
「でも・・・誰も自分の机を持っていないなんて、図書館みたいに毎日空いてる席を探すのは、なんだかかわいそう」
ジェニはそんな環境で働くなんてとても想像出来なかった
「もしデスクに家族の写真を飾りたくなったら?推しの写真は?ちょっと小腹が空いた時にお菓子を隠しておくスペースは?何もないの?」
竜馬はムッとして答えた
「仕事中は仕事をするべきだ、家族やアイドルの写真が見たければ、仕事以外の時間に好きなだけ見ればいい」
竜馬はそう言うと、時々社員に声をかけながらオフィスの中をジェニを連れて歩いた、ジェニは相変わらずメビウスのオフィスを見回した、観葉植物一つない無機質で、ただ同じ形のデスクが並んでいるだけで、人間味はまったく感じられない、デスクとデスクの間にはつい立てがあり、社員も終始無言でパソコン画面に向かっている
響く音はパソコンのキーボードを叩く音だけ、まるで宇宙船の中にいるようだった、確かに見た目は良いだろうけど、ジェニ達のオフィスとは快適さも見た目もすべてが程遠い
ジェニ達のオフィスは、壁一面にこれまでの案件のポスターが張られ、コルクボードには従業員で宴会をしたり、慰安旅行の思い出の写真が所狭しと飾られている、ジェニのデスクにはこまごまとした、ジェニのお気に入りの小物が置いてあり、足元には猫の足のスリッパ、毛布、引き出しには、化粧品や替えの下着まで
デスクは彼女の日常そのもので、小さな我が家だった。もちろん癒される観葉植物は、所せましと飾られ、皆で水やり当番をし、熱帯魚のニモとドリーやハムスターのハム太郎も大切な仲間だ
「どうだい?いかにここの連中が効率よく働いているかを君に見せたかったんだ、驚いただろうけど、個人がデスクを持たず、みんなで共有するんだ、それによって無駄を省く、成功している会社というのはこういう風に皆効率よく働いているんだ、よく覚えていてくれ、あまりにも君達と違って、最初は受け入れられないかもしれないがね」
竜馬の口元に嘲笑が浮かんだ、ジェニはムッとしながらノートPCを胸に抱え、竜馬の後をついて歩いた
社長室に入ると、藤子が言っていたメビウスのセクシートリオが待ち構えていた、彼らに睨まれてジェニは蛇に睨まれたカエルの様に油汗をかいていた
社長室を見渡してみると、個人的なものが全くない事に気が付いた、本や雑誌も無ければ、家族の写真も無い、友人と一緒の写真さえも、これほど温かみの無い環境は耐えられないとジェニは思った
てっきり社員のだらしない態度を指摘し、社員教育がまるでなっていないと徹底的に批判されるだろうと思っていたので、ジェニは身構えた、最初に口火を切ったのは竜馬だった
「会社は遊び場ではないんだ、社内でペットの飼育は禁止だ」
「それはわかるわ・・・でも熱帯魚とハムスターは鳴かないし、毛も飛び散らないわ、それにあの子達は立派な作業効率を上げる要素よ、皆の癒しになっているの」
わざと明るく言ったつもりだったが、竜馬と総一郎はニコリともしない、ただ一人文也だけはこの状況を面白そうに見ている
「長年君の会社はお遊びでやってきたかもしれないが、これから我が社の規則に従ってもらう、それが出来ないなら辞めてもらうしかない」
ジェニが言い返した
「たしかにあなた達には私達が適当に仕事をやっているかの様に見えるかもしれないでしょうね、でも私たちはリラックスした雰囲気の方が良い仕事が出来るの、良いコピーも、良いインスピレーションも、クリエイティブな発想は、そういう所から生まれるのよ」
「だからと言って、熱帯魚とハムスターを飼ってオフィスを観葉植物だらけにするのか、絶対だめだ」
話しにならないと言った感じで竜馬が鼻を鳴らした
「ニモとドリーとハム太郎はペットじゃないわ、仕事環境の一部なの、アイディアに行き詰ったら彼らが癒してくれるし、見てるだけでヤル気が出てくるの、それって大切な事だと私たちは認識してるわ、そういう日常のささやかな幸せが広告のインスピレーションを受けるのよ」
ジェニは必死で竜馬に食い下がった
「そんなのはビジネスではない、素人集団がやることだ」
竜馬がキッパリ吐き捨てた
「そんなにクリエイティブな発想が生まれる会社なら、ここまで経営は傾かないと思いますが、そこはどうですか?神崎さん」
宗一郎がパソコンのデータを見ながら口を開いた、黙って座っているだけなのに、氷のような冷ややかな空気を醸し出している、ジェニはずっと構えていた戦闘態勢に入った
コメント
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第11話、読ませていただきました!オフィス文化の衝突がめちゃくちゃ面白かったです。竜馬CEOの「効率第一」の無機質な空間と、ジェニの「クリエイティブには癒しが必要」という主張の対比が鮮やかで、ニモとドリーの名前が出てきた瞬間、思わず笑顔になりました。あのハムスターや観葉植物が、ただの装飾じゃなくて「仕事環境の一部」って言い切るジェニのスタンス、すごく好きです。この価値観の違いが、恋愛にどう転んでいくのか…続きが気になりすぎます!