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「――――なあ、目を、覚ましてくれよ」
ベッドに死んだように横たわる友人に、俺はそんな言葉仕掛けられなかった。
白く細い手を両手で包み込んで、俺は何度も祈る。今すぐにでもその目を覚まして、いつも通り俺に笑いかけてくれよと。何度も心の中で祈った。
あの日、空澄は意識不明の状態で搬送され、手術の結果一命は取り留めたものの一週間ものあいだ目を覚まさなかった。一時期心肺停止まで追い込まれて、本気で空澄の死を覚悟した。だが、頭では認めたくないと、そんなの嘘だとわめき散らかしている。
こうして今日も、俺は目覚めない友人の病室に足を運んで祈っている。
俺は、弾の数や角度から、空澄を撃ったのではないと解放され、空澄の父親からおとがめも何もなかったが、周りは疑っているんじゃないかとも思った。俺の素性を調べている最中かも知れない。俺の過去も晒されるかも知れない。暗殺者としてそこは隠したいところだったが、俺はそんな情報の漏洩よりも、空澄がこのまま一生目を覚まさないんじゃないかとその不安と恐怖でいっぱいだった。
学業が手につかないのは勿論のこと、ここ1週間の依頼も全て断っている。
先生は一度理由を聞いてきたが、俺が何でもないと答えれば、その後聞いてくることはなくなった。だが、それと同時に家に帰ってこない日が続くようになった。もしかしたら見限られたのかも知れない。依頼を受けない、ボディーガードのまねごとをする俺の事なんてもう……
(ダサいな……それも、凄え悲しいって言う……ほんと)
先生がいないあの家は寂しい物だった。
男二人で生活するには狭いが、それなりにあのクソ親父と生活していたところよりかはいい暮らしが出来たし、満足していた。だが、先生がいないだけであんなに寂しく広いものなのかと思い知らされた。俺の本当の母親が俺とクソ親父を捨てて出て行ったように、先生も俺を捨てるのではないかとそんな不安もあった。それはきっと、先生を親としてみているからだろう。
「情けない……俺がついていながら、俺は、何も出来なかった」
あの時、華月が来てくれたからよかったものの、来なかったら俺も死んでいたかも知れない。もし撃退できたとしても、人を呼ぶのが遅れて空澄は……
空澄だったら「結果助かったんだしいいだろ!」と言いそうだが、そういう問題ではない。俺は俺が許せなかった。
握っていた手に力が入る。
もっと力が欲しいと、もっと強ければと俺は自分の弱さを責める。完璧だと思っていた自分はまだまだ未熟で課題だらけで、大切な人すら守れない。そもそも守るような綺麗な手など持ち合わせていなかった。だが、友人のために手が汚れるのなら、それはそれでありなのかも知れないと思ってしまう。
空澄をこんな目に遭わせた奴らを殺してやりたい。それは、暗殺者ではなくただの殺人鬼になってしまうだろう。
そして、自分が空澄以外の人間の命を軽視していたことにまた衝撃を受けた。何処までも非情で、それこそ、あのクソ親父みたいに考えずに暴力を振るう最低な人間になってしまっているのではないかと。子は親に似ると。そんな自分にイラけがさした。
あの時、俺は何をすれば正解だったのだろうか。
窓から見える空は、凄く汚かった。鈍色で、分厚い雲で覆われていて、光の差さない街も全てがモノクロに見えた。俺が空澄と出会う前に見ていた景色。あの小さいスコープ越しにみていた世界がそこに広がっていた。
また戻ってきてしまったと。
スルッと空澄の頬を撫でる。今にでも息を引取ってしまいそうなほど白い肌をみると、胸が締め付けられて、目をそらしたくなる。だがこいつは生きる為に必死なんだと、目の前で頑張っている空澄をみると、目を背けるわけにはいかない。早く目を覚ましてくれと願うことしかできないが。
ここ毎日見舞いに来ているが、空澄の両親はここを訪れることはなかった。目を逸らしたい現実がそこにあるからと言って、一人息子の見舞いにも来ないとはあんまりじゃないかと思った。誰のせいとはまだ分からないが、財閥ぐるみのいざこざで殺されかけた息子の見舞いぐらい普通来る物ではないのだろうか。
(普通……じゃないからか)
思えばそうだった。俺も空澄の家も普通じゃない。だからこそ、普通を求めて来たのに、その結果がこれだった。
何かが裏にある。だが、それを俺がどうこうできる問題ではない。大きな闇。それに1人で立ち向かおうとすれば確実に抹消されてしまうだろう。空澄が起きたら、話し合わないといけないかも知れない。そんなことを思いながら、もう1度空澄に視線を戻す。すると、ガラガラ……と扉が開き誰かが入ってくる足音が聞えた。ここは、普通の病室とは違うため、関係者以外は入れないはずなのだが。
「綴……」
「矢っ張り、ここにいると思った。梓弓」
そう言って入ってきたのは、仕事着の空澄には興味ないはずの綴だった。