そのあと中村さんから、定期的に朱里の様子を教えてもらった。
彼女は朱里の写真や動画を頻繁に送ってくれ、それを見ていると朱里自身とやり取りをしている気持ちになる。
朱里は情緒的に安定しているようで安心した。
朱里の父親が亡くなったのは中学一年生の時で、彼女が自殺未遂をしたのが中二の冬。
中村さんから連絡を受けているうちに一年が経ち、彼女たちは中学校を卒業した。
二人が通っているのは中高一貫校なので、中村さんは進学したあとも変わらず報告を続けてくれた。
まだ先の話だが、彼女は大学も朱里と同じところを受けるつもりらしい。
自分の進路や人生を優先するより、好きな人の側にいて守り続けたいのだとか。
将来どんな仕事に就くかは朱里次第になるが、彼女は成績がいいので、ある程度の会社には入れると踏んでいるようだ。
『むしろ私が朱里についていけるよう、頑張らないと』
そう言った中村さんは、毎日朱里と一緒に勉強を頑張っているそうだ。
高校生になったあと、朱里の環境に変化が起こった。
朱里は高校一年生の時に田村昭人という男子生徒と同じクラスになり、告白されたらしい。
報告を聞いた俺は、何とも言えない気持ちになった。
遠くから見守っている娘が、顔も知らない男と付き合い始めたのを聞いたような感覚だ。
さらなる変化として、朱里の母親が再婚した。
母子家庭だった二人の生活が安定するのは歓迎だが、継父には連れ子がいて、兄と妹は朱里と年齢が近いと聞いた。
(絶対なんかあるだろ……)
その状況を想像しただけで、俺は頭を抱えてしまった。
中村さんも同じ事を考えたようで、今まで以上に朱里の相談に乗ると言っていた。
いっぽうその頃、俺は篠宮ホールディングスに入社していた。
どうせこの家と会社から逃れられないと諦めた俺は、他の新入社員と一緒に毎日を過ごすようになる。
せめて家に帰ったら安らげるように、住居は三田の少しいいマンションに引っ越した。
会社に勤めるに当たって、俺は速水尊と名乗る事になった。
怜香いわく『私たち夫婦の実子である風磨が跡継ぎになるのは当たり前よ。でも浮気相手の息子が篠宮の姓を名乗り、風磨と同じ道を歩むのは耐えられないわ』との事だ。
親父は怜香の意見を受け入れ、俺はこの会社で働くならどんな立場でも同じだと思い、諾々と受け入れた。
だがいい事もあり、会社に入ってすぐ出会いがあった。
同じ班に配属されたのは、|宮本《みやもと》|凜《りん》という名前の、サッパリとした性格の女性だ。
『速水くんは今日もかったるそうな顔をしてるなぁ』
朝、始業前にぼんやりとスマホを見ていると、宮本にバシッと肩を叩かれた。
『いてーよ、馬鹿力』
『鍛え方が足りないんじゃない?』
宮本はカラカラと笑い、隣の席に座る。
彼女はスラッとした長身で、トレードマークのように黒いストレートロングヘアを一本に縛っている。
スリムな体型で脚が長く、パンツスーツがとてもよく似合っていた。
それまでの俺は何回も女性に告白され、本気ではない付き合い方をしては、理由もなく別れていた。
だから女性を見ると、あまり関わりたくない、面倒だという気持ちが先立つ。
なのに宮本と話していると、とても心地いいし楽だ。
色恋など考えずポンポン言い合い、宮本も俺を男として見ず、ただの同僚として付き合ってくれる。だからこそ宮本とはこのままの関係でいたいと願った。
なのに意識するほど、彼女の女性らしさに気づいてしまう。
一本縛りにした首に掛かる柔らかそうな後れ毛に、白く細いうなじ。
どれだけ威勢が良くても、側にいると自分より背が低く華奢な体型なのを思い知る。
他の男性社員は『宮本は美人だけど女として見られないわ』と笑い交じりに言い、俺はその言葉を聞いて内心で安堵していた。
俺たちは新人コンビとして、先輩の力を借りながら様々な案件に取り組んでいった。
意気投合し、何をするにも一緒なので、当たり前に一緒に昼飯を食い、仕事帰りに飲んだ。
だが宮本は酒を飲んで酔っ払った時は正体不明になり、吐くわ絡むわで大変だ。
何度も一緒に飲むうちに、俺は宮本を家まで送るようになっていた。
その日も仕事帰りに焼き肉を食い、シメににんにくがたっぷり入ったラーメンを食べたあと、酔い潰れた宮本を送った。
『……おい、宮本。起きろ』
宮本の部屋の前で、俺はペチペチと彼女の頬を叩く。
コメント
3件
↓うん、尊さんのパートナーになるには 数々の苦しい修羅場を乗り越えなくてはいけないし.... あの時あの人のアレがなかったとしても、やはり途中で何かで上手くいかなくなったのでは?と思います。 やはり本当の「運命の人」は、朱里ちゃんしかいないと思う✨
↓私もそこそう思った。好きなのは事実で一緒にいると色々忘れさせてくれる存在なんだと思う。でも上部だけ?。心の底からではなかったんじゃないかな。今はまだ気付いてはいないけどね…
良いコンビだったんだね。でも、どうだろう、🤔自分の身内の事や身に起きている事を話せる感じには思えないな・・・。。。