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本城蓮十四歳
二○○X年 四月四日 午後二十一時丁度。
僕はいつものように、御子柴の屋敷を警備していた。
御子柴家に使えている本城家の人間は、御子柴家の屋敷の警備や護衛などの仕事を請け負う。
「特に、変わりはないな…」
本城家の者が数人と御子柴家の護衛隊が、屋敷の周りや中を巡回している。
何故なら、八岐大蛇が御子柴家の屋敷の地下に封じられているからだ。
その封印は何百年も守られ、本城家の人間は八岐大蛇の封印が解けていないか、その確認も何百年も繰り返している。
本城の家は陰陽師の家系でもあり、体術や護身術を幼い頃に叩き込まれた。
何故なら、御子柴家の人間の護衛が僕達の使命であるからだ。
本城家の式たりで十二歳で正式に顔合わせをし、自分が使える主人と契りを交し、命に賭けても守る事を誓う。
そして僕の主人は、御子柴聖である。
お嬢を初めて見た時、幼いながらも惹かれるものがあり、その時から僕は、お嬢から目が離せなかったのを覚えてる。
初めて会った日を思い出しながら、夜空に浮かぶ月を眺めた。
***
顔合わせをしたのは、お嬢が五歳の時だった。
広い客間に通され、僕は父と御子柴家の逸材と呼ばれている御子柴聖を待っていた。
本城家の人間は、何百年と続いている式たりに従い、御子柴家の人間を主人とし生きる。
それが、どんな人だろうとだ。
例え、どんなに冷酷で酷い人だとしても、僕達本城家の人間は文句を言える立場ではない。
逸材と呼ばれているのだから、きっと我儘な子供なのだろう。
子守りを押し付けられるのは正直、面倒だな…。
僕自身が御子柴聖に使えたくて申し出た訳じゃないんだから。
御子柴家の人間達は口を揃えて、御子柴聖の事を感情がない血に濡れる化け物だと言っていた。
子供ながらに陰陽師として必要な能力を持ち、数々の妖怪達を一人で討伐して来ている。
御子柴聖は、どんな人物なのだろうか…。
廊下から気配を感じ視線を向けると、襖を塔して二人分の影が出来ていた。
「聖様のご到着しました」
ガラガラッ。
御子柴家の使用人がそう言って、閉ざされていた襖を開け、御子柴聖を部屋の中に入れる。
お人形の様な綺麗な顔立ちに、緩い巻き髪はピンクアッシュがベースで、細かい黒いメッシュが入っており、色白の肌に色素の薄い茶色の瞳。
白い肌によく映えるシンプルなデザインの黒い着物が良く似合っていた。
人間とは思えない程に、お人形みたいな見た目をした少女だった。
この子が…、御子柴聖なのか…?
「おい、蓮。聖様にご挨拶しろ」
親父に肘で腕を突かれ、ハッと我に帰り慌てて頭を下げて挨拶をしたのだが…。
「は、初めて!!本城蓮と申します。この度は聖様の…」
「要らないから」
僕の話を聖様が遮りり、親父と使用人の顔が青ざめた。
聖様の氷のように冷たい視線が僕と親父に向けられ、慌てて親父が聖様の前に土下座をした。
スッ!!
「聖様!!!うちの愚息が、何か無礼な態度してしまいましたか!!?大変、申し訳ございません!!!」
「違うよ、あたしは誰も要らないから…。謝らなくて、大丈夫」
「お、お待ち下さい!!!聖様!!!」
出て行ってしまった聖様を追うように、使用人達も客間を出て行しまった。
パタンッ。
聖様は僕の事を一切、見ていなかった。
どこか遠くを見ていて、悲しい顔をしてた。
閉ざされた襖を見つめながら、頭を下げ続けてい親る父に声を掛ける。
「親父…、聖様はどんな人なんだ?」
「聖様は誰も側に置かない、心を開こうとしない。弟君以外はね」
親父は僕の問いに答えながら頭を上げ、置かれた湯呑みに手を伸ばし、口に中を潤す。
「誰も…。でも、弟の楓くんは陽毬様に追い出されたよな…?」
「あぁ、坊ちゃんがいなくなって依頼、更に聖様は孤独になってしまった。御子柴家の中でも聖様は逸材と呼ばれ、あんな幼い体で、戦場で一人で戦っておられるのだ。それにな…」
親父は悲しそうな顔をししながら、話を続ける。
「聖様の事を妬んでいる者も居る事は、蓮も知っているだろ。陽毬様のお気に入りだし、妬ましいと思っている者も居てな。聖様の食事に毒を仕込んだ者も居た」
「毒を!?」
「その者は御子柴家を追い出され罰として、両脚を切断された。その件があって、聖様は隔離されてしまった」
「隔離…って、どういう意味?」
「聖様の存在を外部に漏らさない事。聖様を守る事で、敷地内の別荘地に隔離されているんだ。誰の目にも留まらないように」
「じゃあ…、聖様が外に出て来れるのは退治の時だけ…?」
御子柴家は聖様を守るって、言っているけど…。
退治以外の時は、必要無いって言っているものじゃないか。
御子柴家の人間…、いや、陽毬様は聖様を利用している?
自分達の手を汚さずに、小さい聖様だけに汚れ仕事させて…。
「だから、お前だけは聖様の事を見てやれ」
「親父…」
「あのお方には、信頼出来る相手が必要だ」
きっと、親父も御子柴家のやり方に不満に思っているのだろう。
五歳の女の子にとても大きな重圧を、御子柴家は掛けている。
戦う事しか教えてられていない、女の子。
彼女の目には、この世界は地獄と変わらないんじゃないのか?
食べ物に毒を盛られ、妬みの視線を浴びせられ、自由のない生活。
僕は…、あの子を…。
あの子の心の支えになりたいと、強く強く思ったんだ。
その日をきっかけに、僕は聖様に会いに行った。
初めて、聖様が隔離されている別荘を見た時は、何も言葉が出て来なかった。
分厚いドアに何重に鎖が巻かれ、数個の南京錠がぶら下がり、見た目は凶悪な化け物を閉じ込めているようだ。
ここまで、頑丈にしないといけないのか?
外側から開けないと、出られないじゃないか。
親父に頼んで、部屋の鍵を貰って来て良かったな。
僕は深呼吸をし、扉をノックした。
コンコンッ。
少ししてから、聖様からの返事が返ってきた。
「誰?」
「本城蓮です、昨日挨拶した者です」
「あっ…」
「開けても、宜しいですか?」
「うん」
僕は聖様の返事を聞いてから、鍵を南京錠に鍵穴に差し、扉を開けた。
ガチャッ、ガチャッ、ガチャッ。
キィィィ…。
部屋を覗くと、家具が一つも無く置かれていたのは、妖怪退治専用の武器と札だけ。
あとは、大きめの敷布団だけだった。
何だ…、この部屋。
守ると言う割には、部屋に何も置いていない。
これじゃあ…、まるで監禁じゃないか。
聖様が部屋の隅で膝を抱えて蹲り、僕の方に視線を向けていた。
僕には人を拒絶してる姿勢に見えて、無性に悲しくなって泣きそうになってしまった。
「聖様…。僕の事、怖いですか?」
「あたしは、人の事を信じられないの。怖いの…、本心は、何を考えているか分からないから」
彼女は人を信じるのが怖いだけだ。
五歳の女の子が妖怪を一人で退治して、食事に毒を盛られたら、精神的にダメージが大きいだろう。
御子柴家は、この子を戦闘用の道具にしか思っていない事に、腹が立って仕方がなかった。
聖様の前で屈み目を合わせながら、聖様に声を掛ける。
「お嬢とお呼びしても、宜しいですか?」
「え?」
「僕は、貴方に信じて貰いたい。だから、毎日会いに来ます」
「どうして?そこまでするの…?あたしなんかに…」
聖様は安そうに、僕を見つめながら答えを求めるように問い掛けてきた。
胸がギュッと締め付けられた。
僕はこの子を守りたい、守ってあげなきゃ。
聖様には…、もう悲しい思いをさせたくない。
「僕が、お嬢の事を守りたいんですよ」
「変な人」と言いながら、嬢は小さく笑った。
この笑顔を守りたいと思った。
それから毎日会いに行き、お嬢も段々と僕に心を開いてくれた事が嬉しかった。
もっと、お嬢には綺麗なものを見て欲しい。
血生臭い世界なんかじゃなくて、普通な世界を…。
子供らしい事をさせてあげたい。
普通の子供がするような事を沢山して、この子を笑顔にせたい。
僕はこの子を守らないと、この世界からも御子柴家からも、お嬢を傷付けるものから。
数週間後、お嬢が妖怪退治をすると聞いて、僕は屋敷の前で待っていた。
お嬢に渡したい物があったからだ。
これを渡したら、どうな反応をしてくれるかな?
我ながら、恥ずかしい物を用意したと思う。
喜んでくれるだろうか。
そんな事を思いながら、お嬢を待っていた。
まだ僕は、お嬢専用の僕になっていないから、お嬢の仕事に同行出来ない。
待っていると、お嬢の乗っているであろう車が正門の前に停まる。
あ、戻って来た。
「お嬢!!」
僕はすぐに車に駆け寄り、お嬢の顔を見ようと視線を向けた時だった。
「蓮…」
お嬢の着ていた巫女服が、返り血で赤く染まっており、そして目の中に光が無かった。
感情を殺していた。
使用人が居る前では、歳候の態度をしない。
お嬢は僕に顔を見られたくないのか、下を向き小さく体を震わせている。
使用人達は震えているお嬢を見ても、何も思っていない事はすぐに分かった。
分かったからこそ、コイツ等が糞野郎だと思い知らされる。
「大丈夫です」
グイッと、お嬢の手をを軽く引き、使用人達から隠すように僕の背中に隠した。
親父の言っていた言葉の意味が分かった。
このままだと、お嬢の心が死んでしまう。
そんなのダメだ。
そんな事をさせない。
「蓮っ…」
「お嬢の事は、僕が送りますので」
「で、ですが…」
使用人達が慌てながら、僕の前に立った時だった。
「蓮に送って貰うから、下がって」
お嬢がそう言うと、使用人達は頭を下げてその場を去った。
「待ってて、くれたの?」
「はい。お嬢に渡したい物が…、ありまして」
「渡したい物って、なぁに?」
お嬢は不思議そうな顔をしながら、僕に尋ねた。
「外だとあれですし…、別棟の方に行きましょうか」
「うん」
僕はお嬢の小さな手を優しく握り、ゆっくりと歩きながら別棟に向かう。
「ねぇ、蓮っ。お部屋の前に着いたよ!!渡したいものって、なぁに?」
お嬢は興奮気味に尋ねて来る姿が、とても可愛くて守りたくなってしまうな。
部屋の前に着き、僕はお嬢の前に膝まづいた。
ヤバイ、これは緊張するな…。
手に持っていた袋から、恐る恐る菫の小さな花束を出した。
「わぁ、菫のお花だ!!可愛い!!」
「お嬢、菫の花言葉は分かりますか?」
「え?花言葉…?ごめんね、分かんないや。」
そう言って、お嬢はしょんぼりしてしまった。
「菫の花言葉は、”誠実な人”。僕は、お嬢の事を裏切らない。お嬢に、僕の事を信じて欲しい」
お嬢の顔を見ると、大きな瞳に涙を溜めて泣きそうになっていた。
「あたしに…、そんな言葉を言ってくれたのは…。蓮が初めて…、あたしで良いの?」
「僕はお嬢だから、言っているんですよ」
僕は優しく手を握ると、お嬢の大きな瞳から、涙がポロポロと流れ落ちた。
「嬉しい…、ありがとう蓮。あたし、今まで生きて来た中で、一番幸せだよ」
「これから、僕と普通の生活をしよう。お嬢は、幸せになるべきだ」
「幸せ…。そんな事、考えた事なかったな」
考える事さえ、許されてなかったのか。
思わず、握っている手に力が籠る。
「お嬢はさ?まだ、五歳なんだ。これから先、色んな事が出来るようになる」
「そうなっても、蓮は側に居てくれる?ずっと、ずっと、側に居てくれる?」
不安な顔をしなくて良いのに、お嬢は不安なんだ。
僕がお嬢の側から離れていかないか。
「側にいるよ。お嬢がいる限り、僕はいるよ。お嬢が、不安に駆られてしまう時は、ずっと側にいる。安心してくれるまで、話をしよう。大丈夫、僕はお嬢の味方ですよ」
「お話、楽しそう。ありがとう、蓮」
この笑顔を守りたい、お嬢の事を幸せにしたい。
そして、僕達は契りを交わした。
僕はこれまで以上に鍛錬に力を入れ、お嬢の隣に立っていられるように…。
***
二○○X年 四月四日 午後二十三時五十九分。
「ん…」
酒呑童子に岩に投げつけられた衝撃で、気を失っていたらしい。
目を開け、視界に入って来たのは、お嬢が血を流して倒れていた光景だった。
「お嬢!!?」
ズキンッ!!!
背中に強烈な痛みが走り、ガクッとその場で膝が崩れ落ちる、
「ゔっ!?ガハッ…!!!」
感じた事のない痛みを感じ、思わず嗚咽を漏らしてしまう。
岩にぶつかった衝撃で、骨が折れたか…?
体感的には背骨が何本か折れているのは確実だろう。
そんな事よりも、お嬢の方が大切だ。
重たい体を起こし、倒れているお嬢の元に走り体を抱き起こす。
「っ!?あ、あ、あ…っ」
お嬢の右脚が無くなっていて、ピクリとも動かない。
「嘘だ…、嘘だ、嘘だ!!!お嬢!?」
僕は何で、気を失ってしまったんだ!!!
お嬢が、お嬢がこんな目に遭ってしまっているのに!!!
僕は急いで、お嬢の首元に指を当て脈拍を測った。
ドクン、ドクンッ…。
良かった…、脈はある…。
早く…、早く止血しないと!!!
ビリッ!!
僕は自分の服を破き、お嬢の右脚の太ももを強く縛った。
ギュッ!!
強く縛ったものの、切断された傷口からは、どんどん血が溢れ出て来ている。
早く治療をしないと、お嬢が出血死してしまう!!!
お嬢を背中に背負い、御子柴家の本家を出て、急いで本城家に向かう。
体や背中の痛みなんて、どうだって良い。
こんな時に痛みなんか感じるなよ、僕。
守ると言ったのに、守れなかった。
早く、早く!!
本城家には医療部隊がいて、お嬢の手当てをするのに必要な器具は本城家には揃っている。
僕の頭の中で、色んな思考が回った。
御子柴の人間がほぼ惨殺された。
八岐大蛇の封印が解かれてしまった。
この事態を、どうしたら良いのか分からない。
だけど、そんな事よりも…。
「死なせない、お嬢の事は死なせない!!!」
目に涙が溜まる。
喉の奥が痛い、鼻が詰まって息がし辛い。
ただ、走り続けた。
御子柴家から本城家は、それほど距離は遠く無い。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
お嬢、嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
居なくならないでくれ。
僕の側から、僕の目の前から居なくならないでくれ。
お願いだから、お嬢を…。
神様、居るならお嬢を助けてくれ。
まだ、お嬢を連れて行かないで…。
僕から、お嬢を奪わないでくれ。
自分の事よりも、大事な人が居る。
僕の守るべき人は、お嬢だけだ。
お嬢だけなんだ。
こんなに、守りたいと思った人と出会えたのは…。
初めてなんだ。
ドコドコドコドコドコ!!
目の前から、何かが走ってくる音がした。
「はぁ、はぁっ…。」
「蓮!!!」
「っ!?お、親父っ?」
式神の馬に乗って現れたのは、僕の父だった。