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作戦開始から、5日が経過した。阿部亮平の『プロジェクト・アパシー』は、彼の予想を遥かに超える効果を上げていた。
いや、効果を上げすぎていた、と言ってもいい。
楽屋の太陽は、もはや完全に光を失っていた。佐久間は必要最低限のことしか喋らず、一人でいる時間は、ただ膝を抱えて俯いている。
大好きだと言っていたアニメのグッズも、カバンの奥にしまったままだ。
その痛々しい姿に、他のメンバーも気が気ではない。
「おい、阿部!いい加減にしろよ!さっくんがマジで心配だろ!」と深澤に胸ぐらを掴まれかけたことも一度や二度ではない。それでも、阿部は「これは僕と佐久間の問題だから」と、頑として作戦を続けた。
胸は、罪悪感で張り裂けそうだ。早く終わらせたい。でも、ここで折れたら、これまでの全てが無駄になる。
そして、ついにその時が来た。
その日の仕事が全て終わり、メンバーが一人、また一人と帰り支度を終えて楽屋を出ていく。阿部も、タイミングを見計らって、「お疲れ様」と静かに立ち上がった。
背中に、か細い声が突き刺さる。
「…阿部ちゃん、待って」
振り返ると、そこには、今にも泣き出しそうな顔をした佐久間が立っていた。
阿部は、待ってましたとばかりに、しかし表情はあくまで冷たいまま、足を止めた。
「…なに?」
佐久間は、おずおずと阿部に近づくと、その服の裾を、震える指で弱々しく掴んだ。
「俺…なんか、した…?阿部ちゃんを、怒らせるようなこと…しちゃった、かな…?」
その潤んだ瞳は、完全に迷子の子供だ。阿部の胸が、罪悪感でギリギリと音を立てる。
でも、今だ。ここで畳み掛けるんだ。
「もし、そうなら、謝るから…。だから、教えて…?」
(かかった…!)
懇願するようなその言葉。阿部は、心の中で勝利を確信した。完璧だ。最高のシチュエーションが整った。あとは、用意していた最も残酷な「答え」を突きつけるだけだ。
「…別に、怒ってなんかないよ」
阿部は、次のセリフを言おうと、息を吸い込んだ。
その、瞬間だった。
「ね…阿部ちゃん…」
佐久間が、何かを決意したように、もう一度、阿部の名前を呼んだ。
その声には、先ほどまでの弱々しさはなかった。
「なに?佐久間」
(さあ、言え!僕がいないとダメなんだ、と!)
阿部は、心の中で叫んだ。勝った。今度こそ、僕の完全勝利だ。
しかし。
佐久間は数秒間、何かを言い淀むように唇を噛んだ後、ふっと掴んでいた服の裾を離した。
そして力なく、悲しそうに笑うと、こう言ったのだ。
「…ごめ、やっぱ、なんでもない…」
「え…?」
予想外すぎる展開に、阿部の思考が停止する。
佐久間は、阿部に背を向けると自分の荷物をまとめ始めた。その背中はあまりにも小さく、寂しげに見えた。
「え、ちょっと…?」
阿部は、思わず声をかける。
(嘘でしょ?ここで引くのか?違う、計画では、ここで君が僕に縋ってくるはずじゃ…!)
「佐久間!」
少しだけ強い声で呼び止める。
佐久間は、足を止めたが、振り返らない。
「…もう、いいよ。阿部ちゃんが、そうしたいなら、俺はもう何も言わないから」
その声は、諦めに満ちていた。
それは、阿部が最も望んでいなかった反応。彼の計算には、全くなかった「敗北」の形だった。
ガチャン、と静かに楽屋のドアが閉まる。
一人残された部屋で、阿部は立ち尽くすことしかできなかった。
罠にかかったのは一体、どっちだったのか。
完璧だったはずの作戦は今、音を立てて崩れ始めていた。