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ネグロ街に土砂降りを降らせてから、俺は通信アイテムでリリーに連絡を入れた。
そうして、俺がサンドル区へ戻ると、住民たちが怒濤の勢いで集まって来た。
「あ、勇者様!」
「どうでしたか!?」
皆が皆、マフィアのボスの安否を違う意味で確認しに来て、俺はニヒルに笑いながら背後を親指で差した。
「あれを見ればわかるだろ?」
局所的な土砂降りの中、ネグロ街の違法建築物の陰が崩れ落ちる。
その、視覚的にわかりやすい事実に誰もが歓声を上げた。
誰もが万歳三唱で俺を褒めたたえ、英雄の誕生を喜んだ。
――とりあえず、こうやって住民を味方につけておけば、仮に国王が俺を粗末に扱っても後ろ盾になるだろ。
チート目当てで群がってこられても嬉しくはないが、利用はできる。そう前向きにとらえて、ヒーロー的な態度で接する。
だけど、まだひとつ、大事な仕事が残っている。
「それと、貧民街の連中には悪いことしちまったな。俺が王様に頼んでできる限りの保証はしてやるよ。それで足りなければ俺がなんとかしてやるさ」
住民の陰でおろおろしていた人たちの顔色が変わり、みすぼらしい服の裾を握りしめたり、ほっと胸を撫で下ろした。
守る財産が無いとは言っても、今の火事で寝床を失った人もいるだろう。
LLCはラスボスプレイで敵軍勢を蹂躙する戦闘要素だけでなく、国家経営要素も多い。
俺のアイテムボックスにある資材系アイテムを使えば、貧民街を立派な居住区に変えることもできる。
そこへ、遠くからどよめきが近づいてきて振り返った。
人垣が割れると、左右に騎士団を引き連れた豪奢な馬車が近づいてくるのが見えた。
石畳を叩く馬蹄が止まると、馬車の中から王様と、リリー姫が悠然と下りてきた。
「レイト様!」
リリー姫は下車と同時に駆け寄ってきて、俺に抱き着いてきた。
「流石ですわ! いつも城から忌々しく眺めていたあの醜い暗黒街が消えています。これで王都も平和になりますわ!」
「ありがとございます。それと、クーデターを企む貴族がいたので、成敗しておきました」
「まぁそれは素晴らしい! お父様、これは並大抵の褒美では王家の沽券にかかわりますわ。たとえば彼を王室に迎え入れるとか」
俺に抱き着いたまま、リリーは父親である王様にわざとらしく目配せをした。
「うむ、リリーの言う通りだ。レイトよ、是非とも娘と結婚し、我がガーデニア王家を末永く支えてくれぬか?」
「それがいいですわ。さぁレイト様、城に帰ったら婚姻の儀を!」
急に声をひそめて、
「そして将来は共にこの国を、ね?」
――いや展開早ぇなおい!
流石は異世界転移、巻きが早い。
異世界転移系作品を取り上げた動画では、
転移早々、都合よく美少女が襲われていて、
何故か戦闘スキルを持っていて助けて、
美少女の正体がお姫様で、
お城に連れ帰ったら王様から娘と結婚してくれと言われて、
お姫様と一緒に冒険者を始めたら魔王の手先が現れて、
倒したらSランク冒険者になってまでがお決まりになっていて、しかもその展開が早すぎるだろ。
なんて言われたりするけど、異世界ならこれぐらい当然なのだろう。
むしろ、現実世界の展開が遅すぎるぐらいだったんだ。
普通高校に入学したら完璧美少女とエロハプが起こってそこから恋愛ストーリが始まって夏休み中に距離が縮まるけど二学期初日にライバルヒロインが転校してきて俺を取り合うぐらい展開が早くあってしかるべきだったんだ。
なのに中学高校大学の十年間何も起こらなかった現実世界がおかしいんだ。
国王の手の平返しもリリーの強引な迫りもちょっと気になるけど、快楽をむさぼるチーレム英雄ロードの一歩目としては、悪くないのかもしれない。
一切の理性を排除した本能的な欲望の誘惑に、背筋がゾクリとした。
美少女姫と結婚して英雄として活躍しながらハーレムを作り、内政チートして将来はこの国の王様として君臨するという何不自由ない悠々自適な人生を夢想しながら、俺は努めてクールな表情をキープする。
だらしない表情はレイトにふさわしくない。
街中の人たちが俺の英雄譚に酔いしれ俺を讃える中、ふと、ネグロ街のほうから騎士たちとアイリスが血相を変えて走って来た。
「大変です陛下! 王子が! 王子がぁ!」
騎士たちが抱え運んでいたのは俺が鉄拳制裁したあの貴族風男子だった。
途端に、リリー姫と王様が顔色を変えた。
「お兄様!?」
「なっ! 息子よ! 何があった!?」
「息子? マフィアと組んでクーデターを企んでいたのそいつですよ?」
「何!? バカな! この者は我が次男、この国の第二王子だぞ!」
――え、マジで? 息子が謀反とか戦国時代みたいだな。お家騒動ってやつか?
「それは何とも、では後はお任せします。私はこれで……」
俺は気を使ったつもりだけど、騎士は怒鳴った。
「ふざけるな! 王子は死んでいるのだぞ!」
「へ? いや、私は軽く殴っただけですが……」
青ざめたアイリスが頬を引き攣らせた。
「そ、それが鹿のはく製のツノが後頭部に突き刺さっていたみたいで……アタシが駆けつけた時には、もう……」
「はぁっ!? あ、すいません、生け捕りにしようと思ったのですけど……まさか王子だとは知らず……」
流石に悪いことをしたと思い、俺は謝罪した。
だが、第二王子は王様を殺して王位を簒奪しようとした悪党だ。どのみち極刑は免れないだろう。
なんて俺が考えていると、周囲は「第二王子のクーデター?」「とんだ御家騒動だな」と騒ぎ始め、王様はハッとしてから鬼気迫る勢いで怒鳴って来た。
「余をたばかろうとは片腹痛いわこの極悪党がぁ!」
「は?」
俺がぽかんと口を開けると、王様はあらん限りの声を張り上げ、芝居がかった口調に身振り手振りまで追加した。
「王子には余がネグロ街の悪を絶やすよう命令をしていたのを貴様も知っていよう! 王子がクーデターなど見え透いた嘘をつきおって! 大方、我が息子に手柄を奪われるのを惜しみ、暗殺したのであろう! いや、むしろ我が息子がネグロ街の悪を成敗したところに手をかけ、手柄を奪ったのであろう!」
――は? どんな妄想だよふざけんなよこいつ。
「お言葉ですが陛下。私はさっきまで第二皇子の顔も知らなかったのですよ? それにそんなこと私には一言も――」
「黙れこの謀反人めが! 皆の者騙されるな! こやつは勇者の名を語るニセモノだ! 我が王国の乗っ取りを図っているに違いない!」
「それが狙いでワタクシに近づきましたのね! 危うく騙されるところでしたわ!」
さっきまで俺に目がハートだったリリーは俺を突き飛ばすようにして離れて、王の横に逃げて行った。
「いや姫様のほうから近づいて――」
「お黙りこの犯罪者! 貴方のような汚れた畜生の分際でワタクシに触れるだなんて汚らわしい!」
「手の平返しが凄いなおい! あのなぁ、そもそも俺は――」
突然石が飛んできて、俺は口をつぐんだ。
もちろん避けるも、そこから続く罵声は避けられない。
「何が勇者だ! とんだペテン師じゃないか!」
「人の手柄を横取りして恥ずかしくないのか!?」
「オレは最初から怪しいと思っていたんだ!」
「王都から出ていけ!」
さっきまで勇者様万歳と讃えておきながら、根も葉もない情報ひとつで総叩きにする。
日本のネット民以下の民度に、俺はいよいよ苛立ちが募って来た。
「ちょっ、やめっ、おい、お前ら!」
――ちっくしょ、どんな風見鶏根性だよ!? 赤信号みんなで渡れば怖くないってか? なんならお前らも爆轟魔法でぶっ飛ばしてやろうか?
結局、俺はこういう宿命なのか。
異世界なのに、チート能力を持っているのに、何をやっても悪者扱いで手柄を搾取され理不尽に攻撃される。
神がいるなら出てこいブン殴ってやるというドス黒い感情に俺が支配されていると、馬車から若い美形男子が下車してきた。
「無様だな、ニセ勇者レイト」
「お兄様!」
「おぉ、クロッカスよ」
リリーと王の反応から、俺はそいつの正体がすぐにわかった。
「僕はこの国第一王子クロッカス。弟を手にかけ、可愛いリリーをかどわかし、僕から王位と民を奪おうなんてとんだ勇者が召喚されたものだ」
長い金髪を手でかきあげながら、クロッカスはキザったらしい口調で語気を強めた。
「この国の次期国王として命ずる。君は魔王の支配する暗黒大陸への永久追放処分とする。二度とこの大陸の土を踏むな!」
「我が息子ながらなんと慈悲深い。レイトよ、命があるだけありがたいと思え!」
「はっ、何が追放処分だ。俺の強さにビビって死刑にできないだけだろ?」
「口には気を付けろよニセ勇者君。僕の剣の腕はこの国随一だ。その気になれば君の首を刎ねるのはわけないさ。ただ、家宝の宝剣を君の血で汚すのは忍びない」
――ウザ、こいつまじで爆炎魔法で焼き尽くそうかな。
とはいえ、流石にそれをするとあとが面倒そうなので、別の仕返しを考えておく。たとえば、こいつの部屋に状態異常付きの呪いのアイテムを置いていくとか。
「っ、わかったよ。すぐに出て行くよ」
とは言いつつ、あまり気にしてはいなかった。むしろ、内心ほくそ笑みすらした。
――なぁんてな。俺がチートなのは変わらないんだ。何が暗黒大陸だ。どこかの小国に身を寄せてそこから内政チートして英雄チーレムロードを歩みつつこの国に攻め込んで滅ぼしてやるよ。
「言っておくけど、この国から逃げても無駄だよ」
「え?」
「追放者のリストは大陸中の国に通達される。大陸のどの国でも君はお尋ねものさ。安眠できる夜はないものと知るがいい!」
――いや大丈夫、でも小国ならきっとかくまってくれるだろう。
「ちなみに、大陸の全国家が追放者条約に加盟している。追放者をかくまった国は他国からの武力制裁を受けるから、かくまってくれる国はないよ」
――負のサービスが行き届き過ぎている!?
俺の強さなら憲兵なんて怖くない。
けれど、どこに行っても追われ続ける生活なんてゴメンだ。
俺が本気を出せばこの国を武力で征服できるかもしれないが、ゲームと現実は違う。
俺には実際に政治を取り仕切る能力なんてないし、暴君として人々から恐れられる生活を謳歌できるほど神経は太くない。
――そんな、俺の英雄チーレムロードが……。
「ふふん、ようやく自分の置かれた状況が理解できたようだね。明日、今期の追放者を乗せた流罪船が出る。それまでは冷たい地下牢で自分の罪を反省するがいいさ!」
「ま、待ってください」
そこで横やりを入れてきたのは、アイリスだった。
ちょっと視線を泳がせ、口元をあわあわさせながら、必死に言葉を選んでいるのがよくわかる。
「あの、でもそいつ、凄く強いし、ほら、その辺は利用価値あると思うんですよ。だから暗黒大陸に追放はもったいないんじゃないかなって……」
アイリスなりに、なんとかして俺の追放を止めようとしてくれているのだろう。
――くっ、なんていい子だ。アイリスの爪の垢をこいつらに呑ませてやりたい。
けど、バカにはつける薬もかける言葉もなかった。
「なら、なおさらこんな危険分子を国内に置けるわけがないじゃないか」
「そうですわ! ワタクシなんてこの身を狙われましたのよ! ああおぞましい!」
リリーが自分の両肩を抱きかかえる身震いすると、王が眉間にしわを寄せた。
「二人の言う通りだ! 王族を殺した咎人は処刑が掟。それを温情をかけて流罪としているのだ。感謝して欲しいくらいだ!」
「でも……はい……」
それで、アイリスはうつむいた。
彼女は、きっといい奴なんだろう。
俺を召喚した張本人として、最後まで俺を助けようとしてくれる。
でも、アイリスは宮廷魔術師だ。
王様に逆らえるわけもない。
その優しさだけが、今の俺にとっては唯一の救いのようにも感じられた。
だが、そんな情を斟酌できるような賢明さを、クズ王は持っていなかったらしい。
「それにだ、何を他人事のように構えておる。アイリス、貴殿も同罪だ!」
「うぇっ!?」
「当たり前だろう! この男は貴殿が召喚したのだ! 貴重な召喚石を使っておきながらこのような悪魔を呼び寄せ王子を死なせた罪は重い! 貴殿もこの男共々、魔王が支配し魔獣が跳梁跋扈する暗黒大陸で朽ち果て生涯を終えるが良い!」
「そ、そんなぁあああああああああああああああああああああ!」
アイリスは頭を抱えて絶望の断末魔をあげた。
俺はチート持ちで地球人だから、この世界で失うものなんて何もない。
けれど、彼女は今、この世界で積み上げたものすべてを失ったのだ。
流石に、フォローできないと同時に、不謹慎だけど自分以上に不幸なアイリスのおかげでちょっと冷静になれた。
こうして、俺とアイリスは暗黒大陸へ追放されることが決まったのだった。
◆
翌朝。
今期の流罪人を乗せた軍船が青い海原を突き進み、俺らはその甲板に出ていた。
本当は船底でおとなしくしていないといけないのだが……。
「いいかお前ら。俺らを安全に暗黒大陸へ送迎しなかったらこの船沈めるからな」
「はい喜んでぇ!」
焦げた軍服姿の海兵たちは軍隊仕込みの敬礼で俺に返事をすると、召使のように恭しく下がった。
「海兵たちも……アンタの前じゃ形無しね」
俺の隣で、アイリスが苦笑いを浮かべた。
俺は、悪びれた様子を表情に浮かべて頬をかきながら、アイリスに話しかける。
「あ~、なんか悪かったなアイリス。俺のせいで……」
「え? なんでアンタが謝るのよ?」
「なんでって、だってよぅ……」
俺の巻き添えを喰らって宮廷魔術師から一転、流罪人で暗黒大陸に追放の身となってしまった彼女は、あっけらかんと笑った。
「あのねぇ、アタシを追放したのはアンタじゃなくてあのドゲス王族共でしょ?」
「ドゲスって、まぁ本当だけどよ……」
「それに、さ。実のところ言うとね、今はあんま気にしてないのよ」
甲板のヘリに背中を預けて、アイリスは青い空に浮かぶ雲を眺めた。
「魔法学院を卒業して、憧れの宮廷魔術師にはなったけど現場の腐敗ぶりはゴシップ記事が生易しく思えるレベルだったし。あのままあそこにいても先はなかったでしょうね。だから別にアンタを恨んじゃいないわよ」
自分で言ったことをすぐに訂正フォローする彼女だけど、今は訂正もフォローもせず、まっすぐ俺を見上げてくれる。
その眼差しに揺らぐことが無く、彼女の本気が見て取れた。
「……ありがとな」
「何のありがとう?」
「何かのだよ」
「あはは、なにそれ?」
八重歯を見せて可愛く笑うアイリスに俺がグッと来ていると、そこへちょっとキザめの口調が割り込んできた。
「キミたちぃ、ちょっといいかな?」