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夜の静寂を裂くように、遠くから響く重低音の足音。
ラファエルはまだ生きている。その美しい瞳には、愛と不安が交錯していた。
アスモデウスは彼女のそばにひざまずき、震える指でその手を包む。
「もうすぐ、あの者たちが来る…」
声は静かだが、確かな覚悟を含んでいた。
運命の歯車は確実に回り始めていた。
ラファエルの呼吸は乱れ、まるで命の灯火が今にも消えそうだった。
アスモデウスはその肩にそっと手を置き、強く握りしめた。
「おまえを守る。…どんな代償を払っても」
その言葉に、彼の内に渦巻く破壊の力がざわめいた。
破滅を呼び寄せる黒き力、それでも彼は迷わなかった。
空には薄暗い雲が立ち込め、遠くで光の閃きが走る。
それは神の使い、断罪者の接近を告げていた。
ラファエルは目を閉じ、微かに震えながらもアスモデウスの胸に顔を埋めた。
「怖いけど…あなたがいるなら…」
彼女の声はか細く、それでいて強く響いた。
声に込められたのは破壊者としての決意。
だが、彼はまだ知らない。
この先に待つ「禁断の果実」の存在も、運命の輪廻の深淵も。
遠く、断罪の使徒たちの影が忍び寄る。
神の意志は既に動き出していた。
ラファエルは小さく震えながらも、アスモデウスの胸に顔をうずめる。
断罪者たちが影のように迫る中、ひとりが冷たく口を開く。
「我らは福音書、EVANGELION――神の意思を伝える者たち。ここで、汝らの罪を断つ。」
「福音書……か。そんな者たちに、俺たちは屈しない。」
ラファエルは震えながらも、アスモデウスの手を握り返す。
「二人で…最後まで。」
断罪者たちの前に、ひときわ威厳を放つ者が立ち上がった。
「主が来たようだ――我ら福音書の名のもとに、神の裁きがここに下される。」
ざわめく空気の中、福音書たちの眼差しは揺るぎなく冷たく、決して逃がさぬ殺気を帯びている。
暗闇の中、空気が一変した。
福音書たちの先頭に立つ者がゆっくりと口を開く。
「我が名は――初号機Lilith。神の福音書たる存在なり。」
彼の声は冷たく、機械と生命が混じり合ったような不気味な響きを持っていた。
その背後にそびえ立つのは、漆黒の装甲をまとい、鋭い角が突き出た巨大な姿。
「我が使命は果実 を守り、神の定めを執行すること。
おまえたちの抗いなど無意味。終焉はすでに決まっているのだ。」
静寂が訪れ、空気が重く沈む。
ラファエルはその姿を見据え、アスモデウスは怒りを燃え上がらせた。
初号機リリスが堂々と名乗りをあげる中、アスモデウスは拳を握りしめ、声を荒げた。
「もういい加減にしろよ!その『果実』ってい一体なんなんだよ!!俺にだってわからねぇことばかりだ!」
ラファエルは静かにアスモデウスの腕を掴み、優しく言葉をかける。
「焦らないで。答えはきっと、まだ先にある。今はただ、共にいることが大事だから。」
アスモデウスの怒りと戸惑いが入り混じった瞳が、少しだけ揺れる。
初号機リリスは冷たく笑みを浮かべ、その巨大な影を揺らした。
「愚かな者よ。『果実』の意味を知らぬまま抗うとは、あまりにも無謀だ。お前たちの運命は神に定められ、私はその執行者に過ぎぬ。」
アスモデウスは顔を歪め、歯を食いしばった。
「運命だと?俺たちは神の玩具じゃない。お前らの望み通りにはさせねえ!」
ラファエルはアスモデウスの怒りを優しく包み込みながらも、視線は初号機リリスへと向けた。
「アスモ、無理に抗うことはない。真実はいつか…必ず見えるはず。」
初号機リリスはゆっくりと一歩前へ進み、その存在感は圧倒的だった。
「それでもなお、抵抗したいのなら、我が名を心に刻め。これは警告だ。」
辺りの空気が一層重く沈む中、ラファエルとアスモデウスは互いの存在を確かめ合った。
「まだ終わらせはしない。俺たちの物語は、ここからだ。」
初号機リリスの冷たい瞳が、静かにロンギヌスの槍へと吸い寄せられる。
その長い黒い槍は闇の中で鈍く光り、まるで命を宿すかのように震えていた。
「ロンギヌス…封印の鍵よ、我が手に。」
リリスはゆっくりと手を伸ばし、その冷たい指先でロンギヌスの柄に触れる。
槍はまるで彼女を認めるかのように軽く振動し、周囲の空気が一瞬凍りついた。
「この一撃で、全てを終わらせる。」
アスモデウスは険しい表情でリリスを睨みつける。
ラファエルは静かにアスモの肩に手を置き、言葉を紡ぐ。
「準備はできている。共に立ち向かおう。」
リリスがロンギヌスを掲げた瞬間、轟音とともに闇が裂け、戦いの幕が切って落とされた。
リリスの目は冷たく光りながらも、どこか柔らかさを帯びていた。
「アスモデウス、あなたの破壊は素晴らしい。だが、終わらせるのは私の役目。」
アスモデウスはその言葉に一瞬の躊躇を見せた。
「…お前が何を企んでいるか分かっている。」
だが、その言葉の裏に油断が潜んでいた。リリスはゆっくりと距離を詰める。
その瞬間、鋭く冷たいロンギヌスの槍を取り出すと、一気にラファエルの胸へと突き刺した。
「ラファエル!」アスモデウスの声が震える。
ラファエルの瞳は驚きと痛みで揺らぎ、ゆっくりと膝をつく。
その背後から、福音書たちの影が一斉に動き出し、ラファエルを覆い尽くした。
鋭い牙が、爪が、容赦なく肉を引き裂き、魂を喰らう。
アスモデウスは叫びを上げ、リリスに向かって怒りを爆発させる。
「お前たちの…狂気は…終わりだ!」
だが、運命は既に動き出していた。
ラファエルの胸に深く刺さったロンギヌス。
その瞬間、体内に凍りつくような冷気が走り、彼の肉体は徐々に動きを失い、まるで封印されていくかのように硬直していく。
「貴様ら、まとめて片付けてやる!」
アスモデウスは狭間を駆け抜け、凄まじい速度で敵を薙ぎ倒していく。
槍は凶器となり、敵の身体を貫き、福音書たちは次々と消え去っていった。
それでも数は多い。アスモデウスは何度も傷を負いながらも、ラファエルを守るため、食いしばりながら戦い続ける。
「ラファエル…お前を…絶対に…」
彼の怒りと愛が、破壊の嵐となって福音書たちを切り裂いた。
アスモデウスが一瞬でも気を取られたその隙に、残った福音たちがラファエルへ這い寄る。
封印により動けない彼の身体を、無慈悲に引き裂いていく。
鋭い牙が腹部を貫き、黒く濁った血液とともに腸が噴き出す。
生暖かい内臓が地面に飛び散り、踏みつけられて音を立てる。
「くっ…!ラファエル!!」アスモデウスは叫び、必死に駆け寄ろうとするが、福音たちは次々に彼を阻む。
残忍な一体がラファエルの胸を裂き、その内臓をむしり取る。
そのたびにラファエルの身体から黒い液体が滴り落ち、地面を染めていった。
「お前の愛は、ここで終わるのだ…!」
福音たちの無機質な声が戦場に響き渡る。
だがアスモデウスの瞳には、深い絶望と怒り、そして決意の炎が燃えていた。
「許さない……!!」
果実の物語は、血と破滅の闇の中で、激しく燃え盛っていった。
ラファエルの身体は未だ地に伏し、刺さったロンギヌスが彼女を封じ続けていた。だが、アスモデウスの手がその槍をゆっくりと握る。
「……これがお前らの“救い”かよ」
低く唸るような声が喉奥から漏れる。
リリスは一歩、アスモデウスに近づきながら静かに微笑んだ。
「救いでも、罰でもない。これは選定。神の意志を通したまで」
「……笑わせるな」
次の瞬間、アスモデウスはその細身の身体からは信じられないような速度で突進し、リリスの胸元に向けて全力で拳を叩き込んだ。
リリスの身体は宙に浮き、銀白の羽が舞い落ちる。彼女の手には再びロンギヌスの写し槍が握られていた。
「来るがいい。悪魔の王子よ。神に仇なす者として、今ここに消えよ」
リリスの足元に光輪が広がり、福音書たちの幻影が彼女の背後に浮かぶ。だが――
「消えるのは……てめえだ!!」
アスモデウスの背中から、黒き魔力が炎のように噴き上がった。
足元を砕き、彼は空を跳ぶ。宙に描かれる漆黒の軌跡が、リリスの胸を貫いた。
神の名を冠する存在が、初めて悲鳴を上げた。
槍が地に落ちる音はなく、代わりに響いたのは――
**ズン……**という、世界が軋むような、低い地鳴り。
「この槍……こいつが、全部の元凶か」
リリスが崩れ落ち、光の粒となって空へと昇っていく。
アスモデウスはその槍を拾い上げ、手の中で強く握りしめる。
「……さっきまで封印だったくせに……今じゃあ、何かが開こうとしてる」
ラファエルのもとに膝をつき、ゆっくりとその胸元へ槍を向ける。
「ラファ……。お前を、果実に変える……生きていられないけど、せめて……」
彼の瞳に、果実の幻影が宿る。
「ロンギヌス――封印を、破壊する!」
槍が砕けた。
いや、“封印”という機構だけが壊れ、その内に隠されていた“鍵”が露わになった。
その瞬間、ラファエルの胸に宿った種が――芽吹く。
空に向かって、緋色の葉が開いたーー