焼き上がったケーキを持ち、自室へ戻ると部屋の模様替えは終わっていた。
カーテンが真っ白なレースのものに変えられており、壁には真珠や砕いてキラキラと輝く貝殻がちりばめられた美しいブルーの光沢のある布が張られ、天井には白と水色の美しいレースが波打つように装飾されていた。
チェストの上には壁と同じ布がかけられその上に白や水色、スカイブルーの大小様々な浮き玉のようなガラス玉が置かれており、その中央に白いレースと真珠でラッピングされた花が飾られていた。
その他にもランプや鏡、蝋燭立てなどの小物すべてが真珠や珊瑚で装飾されたブルーを基調とするものに変えられている。
そして中央にセッティングされているテーブルにも、壁に使用されている布と同じものがかけられているのだが、その上にはガラスの天板がのせられており、その天板の厚みが不均一でそれを通して布を見ると、まるで海を上から覗き込んでいるように見えた。
アルメリアはあまりの美しさに言葉を失った。
「どうだろうか? 本当は君と実際に海へ出掛けたかったのだが、それは今のところ叶わないからここに海を再現することにした」
「あまりの美しさに言葉を失っていましたわ。本当に素晴らしいですわね、私の部屋ではなく、まるで海の中にいるようですわ」
そう言って、満面の笑みをムスカリに向けて見せた。すると、ムスカリはそんなアルメリアを見つめて言った。
「ならば君はさしずめ、人魚姫といったところか」
アルメリアは人魚姫と例えたことに驚く。この世界には人魚姫の物語はないはずだからだ。
「殿下、人魚姫をご存知ですの?」
その質問にムスカリは苦笑する。
「リカオンから聞いたことがあってね。君は不愉快に思うかもしれないが、リカオンには君の行動を報告させていた。監視する意味ではなく、意中の女性のことはなんでも知りたかったというか……。まぁ、そんな中でその物語を君が話していたと聞いたんだ。聞いたことのない物語で、とても印象に残った」
「そうでしたの、なんだか恥ずかしいですわ」
「そんなことはない。それに、本当に君は人魚姫のようだ……」
そう言って、ムスカリはアルメリアの髪を一束手に取るとそこにキスを落とした。
「私ならその物語に出てくる王子のように、自分を救ってくれた相手を間違えるようなことは絶対にしない」
熱のこもった眼差しでアルメリアをしばらく見つめると、アルメリアが手に持っているケーキに目を落とし我に返ったように言った。
「さぁ、二人で作ったケーキをいただこう」
そうしてムスカリの誕生日は二人でゆっくり過ごすこととなった。
ケーキに蝋燭を年齢分の蝋燭を立てると、ムスカリは楽しそうに吹き消す。
「これは、思っていたより楽しいな」
「よかったですわ。ちゃんとお願いごとはしまして?」
すると、ムスカリはアルメリアの顔を見つめる。
「私がどのような願いをしたか知りたいか?」
「えぇ、殿下なら叶えられないことはないと思いますし、なにをお願いするのか知りたいですわ」
するとムスカリは声をだして笑った。
「そんなことはない、私にも叶わないことはある。例えば意中の女性を振り向かせることは、権力ではどうにもならないからな」
アルメリアは、ムスカリがダチュラとうまくいっていないのだと思った。
そして、今日アルメリアの屋敷にきたのはダチュラとなにかあったからなのだろうと理解した。
「そうなんですのね。でも、殿下の気持ちはいつか絶対に伝わりますわ」
その返事を聞いて、ムスカリはアルメリアの顔を穴が空くほど見つめるとため息をついた。
「気持ちを伝えるのが、これほど難しいと感じたのは初めてのことだ」
そう言って微笑むと、気を取り直したように言った。
「とにかく今日は、この二人きりの時間を有意義に過ごすことにしよう。恐らく二人きりで過ごせるのは、今日だけかもしれないしね」
それを聞いてアルメリアは、ムスカリが今日までに用事を済ませたとは言っていたものの、やはり最低限やらなければならないことが残っているのだろうと思った。
「殿下はお忙しいでしょうから、仕方のないことですわ」
すると、ムスカリはゆっくり首をふり苦笑した。
「そうではない。私の意図に気づいたものたちが、私と君を二人にさせまいと明日からここにくるに違いないからだ」
「まさか、そんなことはないと思いますわ」
「明日になればわかるさ」
ムスカリはそう言って残念そうに微笑んだ。
次の日、アルメリアはムスカリが言っていたことが正しかったと知った。リアムやリカオン、スパルタカスまで屋敷を訪ねてきたのだ。
アルメリアは彼らを客間に通すと、そこでアブセンティーをすることにした。
「まさか、殿下まで麻疹に罹るとは思っていませんでした」
リアムのその台詞に、リカオンが大きく頷く。
「なにか考えてらっしゃるとは思いましたけれど、そうくるとは」
ムスカリはつまらなそうに答える。
「だが、お前たちを追い払えないのだから、私もまだまだだな」
「でも、久しぶりにこうして集まれたのですもの、それだけでも楽しいですわ。それに、殿下もせっかくの誕生日だったのですし、たくさんの方にお祝いしてもらえる方がよろしいですわ」
そんな話をしていると、ペルシックがアルメリアの視界に入り目配せする。何事かと思いながら、ペルシックの視線の先をたどるとそこにアウルスが立っていた。
「失礼、君が麻疹に罹ったと聞いて、心配になってきてみたのだが……これはどう言うことだ?」
そこでリアムが口を挟む。
「君は確か帝国の特使の方でしたね。いくら帝国の人間とはいえ、公爵令嬢の屋敷に訪問して挨拶も抜きに不躾な質問を投げ掛けるのは失礼ではありませんか?」
アルメリアは慌ててリアムを止める。
「いいんですの、アズルとは懇意にさせていただいてますから、公の場以外では挨拶もいりませんわ」
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