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#切ない
雪代 真希奈
43
くろぬか
2,870
42
私とエルは汽車を降りた。そして、その眼前に広がる、軍隊という組織が織り成す光景に息を思わず呑む。
エレット海岸の美しい砂浜は、兵士と天幕に覆い隠され、見ることが叶わない。空に広がる星空に同化するように、地面に所狭しと並んだ叉銃が、月明かりにキラキラと光っていた。その合間に焚き火や松明の明かりが灯って、その規模の大きさを感じさせる。兵士達は焚き火を囲っていたり、酒保と思しき天幕に群がっていたりと、地面の上をぞろぞろと歩き回っている。自衛隊時代から見ても、こんな光景は初めてだった。これが男ならどんなにむさ苦しかったろうと考えると、エルフが女性だけの種族で本当に良かったと、胸をなで下ろした。
私達はひとまず所定の位置へ前進して、そこで分隊に合流、整列し、連隊長より訓示を頂くことになった。
「ねえミリア、この訓示でもしかして言うのかな?」
エルが小声で耳打ちしてきた。耳がふんわりと暖かくなる。
エルフの聴力は、こういう時によく聴き取れるのが大きい利点だ。
「かもなぁ」
私達はザクザクと、軍靴の音を響かせながら行進し、集結部隊の最左翼、東側へと移動した。
そこで各大隊ごとに整列し、点呼を取り、人員を掌握。
すると各大隊の代表である大隊長が号令を掛ける。
「連隊長殿に対し敬礼!」
「頭ァーッ、中!」
その号令に合わせて、頭を上げ、全員が連隊長を見る。連隊長が答礼し、
「直れ!」
これで私達は頭を戻す。軍隊に個人の個性なんてのは無いことがよく分かる光景だ。
そして連隊長が私達に訓示を行う。
「諸君、君たちの練度は、我々も目を見張る物がある。そして、その成果を発揮する時は、いよいよ到来をした。これは、演習を『模した』、乾坤一擲の奇襲作戦である。然るに、諸氏一人一人の奮闘が鍵を握る。精々、訓練成果を遺憾なく発揮して、諸作戦の成功に寄与する事を期待する。終わり。」
「……。」
私達は茫然とした。まさか本当に戦争なんて。来るかもしれないとは分かっていたが、こうもあっさり言われてしまっては、こちらとしてもどう受け止めれば良いか全くもって分からなかった。自衛隊時代は勿論のこと、こっちに来てだって戦争なんて経験したことが無い。全部伝聞だけだ。あーあ、というのか、え? というのか、よく分からない感情に襲われる。どっちかと言えば、あーあ、だと思う。言葉に表しようもない。
「…エル」
私は横目に、小声で話しかける。
「…始まっちゃったな。」
エルは整列中の、凛とした顔のまま、よく見ると焦点が合っていないような顔をして言った。
「…あぁ…。」
その返事は、彼女の、いや、私達全員の心境を如実に現したような声だった。
その訓示の後、私たちの分隊は銃を叉銃し、各人で個人天幕を張り、天幕露営の体制をとった。そして小隊長から開戦の日時を伝えられる。
「いいか、開戦は明後日、四月十二日、0500だ。0500に上陸だからな、覚えとけ」
「はい」
上陸。そう。私たちは敵と戦うには、上陸しなければならない。私が思うに、最初はこの海岸から約50キロの沖に位置する、ベルマ島に上陸するだろう。私が知る限り、確かそこに居る敵の兵力は2000弱だった筈だった。…もっとも、それを聞いたのはもう5年ほど前だが。
そしてその日は酒保で酒や嗜好品を買い込んでちょっとした宴会を開くことになった。
「ミリア、何買ったんです?」
ふと、後輩のメイア・ゼークト一等兵が聞いてきた。
「あぁこれ?フフフ、『ヴァリッタ』だよ」
ヴァリッタとは、前世で言うとウォッカみたいな強い酒である。
「相変わらず強いですねぇ」
そう言って彼女ははにかんだような笑顔を浮かべる。
メイアとはもうかれこれ5年ほど付き合いがあり、良い後輩である。家族想いな所も可愛げがある。
私達の分隊も他に倣って焚火を囲んで酒盛りを始めた。
私はグッとヴァリッタの瓶を煽り、喉と胸の奥の暖まっていくのを感じる。メイアも隣に座り、ちびちびと小さい口で酒を吞んでいる。だがその表情はどこか虚ろげで、私は思わず声をかけた。
「…どうしたメイア、なんか顔が沈んでるぞ?」
「…いえ、何でも」
「何でもないわけないだろ。俺とお前の付き合いじゃないか、言ってみ?」
メイアは焚火を見つめたまま話し始めた。
「まだ…まだ、実家に姉さんが居て、挨拶ができてないんです…」
「手紙なら向こうで郵便が出せるよ?」
「…何を書いたらいいのか…。だって、生きて帰るとも限らないし。」
私は困った。確かに、そりゃあ至極当然だが生きて帰れる保証はない。そりゃあ最期の別れとも知らないんだから、手紙の内容も浮かばないはずである。
私は瓶を煽って、なんとか出てきた言葉をメイアにかけた。
「メイア、生きて帰れる保証なんてのは確かに無いが、『必ず帰ってきます』と書いてやるだけでも、向こうは安心すると思うぞ。それに、お前がそんなんじゃ、それこそホントに死んじまうかも知れないぞ?」
「…確かに、そうですよね」
「お前の姉さんはどうしてるんだ?」
そう聞くとまたメイアは虚ろになってしまう。まさか地雷を踏み貫いたかと内心焦る。
「…姉さんは今実家で農家をやってます。けど、顔を合わせたのはもう…結構前。」
エルフの感覚で言う”結構前”なんてのはおよそ十数年前のことだ。かなり長い事会ってないことには変わりないが、家族想いのメイアには辛かろうと思う。
「…仕送りも、出来なくなっちゃうし…ミリア上等兵殿、私達、帰れますよね?」
「…帰れる帰れないじゃない。『帰る』んだ。良いか?怖くなったら、俺に引っ付いてこい。『帰してやる』から。」
そう言うと、メイアは少し顔色が明るくなった。私は内心ホッと胸を撫で下ろした。
すると分隊一のお調子者であるエルが割り込んでくる。
「大丈夫だよー!訓練通りやってれば生き残れるって!そもそもその為の訓練なんだし、それに誰か一人だけでも生き残らないと、私達の家族に誰が戦死を伝えるのさ!」
こういう時、エルの天真爛漫な所には頭が上がらない。
「エルは絶対生き残るでしょ。すぐフラ~っとどっか行って遊んでるんだから、戦闘中でもどっか行って遊んで帰ってくるよ!」
「なにおう、そんなに遊んでばっかりじゃないし!」
分隊の奴に言われて、エルはムキになって反論している。微笑ましく見ていると、その分隊員がふと言った。
「…でも案外、ミリアはちゃっかり生き残りそうだよね」
突然私の名前が出て、少し驚く。
「えっ、俺? そ、そうかなぁ…」
少し照れ臭くなって、無意識の内に頭をポリポリと掻いた。
…私はこの時知る由もないが、この兵隊の言葉は後日、現実のものとなって、この分隊の中でただ一人、私だけがこの戦争を生き残ることになる。
コメント
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みぅです🤍🥀 第3話、読み終わりました。 戦争の足音が確かに迫ってくる中で、メイアとの焚き火の会話がすごく胸に残りました。「帰るんだ」「帰してやるから」っていうミリアの言葉、すごく強くて優しくて…涙が出そうになった。エルの明るさも、あそこにいるからこそ沁みるんですよね。最後の一文で、これから何が起きるのか想像せずにはいられません。続きも静かに読みに行きます🌙