テラーノベル
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―四月十一日、一〇三〇時。エレット海岸の西120kmの洋上。
ちょうど、ミリア達がエラト港へ向けえっちらおっちら歩いている頃。
―私、宮崎宗太 …もとい、ノルデン海軍兵長・アルエットは、乗艦である防護巡洋艦「コートラー」に乗り込み、エラト港へ向けて、上下に広がる青色に白線を引きながら、滑るように航行していた。私はミリアと同じく、海軍で二十年ほど勤務しているけれど、陸に上がった後の乗艦では毎回、大いに堪える。
「…ウッ、ウォエエッ…」
「兵長殿…大丈夫です…ウッ、…か?」
私の向かいに座っているリル・エルファリン一等兵が、青ざめた顔で私に問いかけるが、そんな余裕が無いことは火を見るより明らか。
「…ちょっとごめん」
私は甲板に駆け上がって思いっきり吐き出した。酔っている時は大人しく吐き出すのが一番だ… 私は腹の中に清々しい物を感じて一安心し、艦内へ戻った。戻る間、甲板で吐いてる者や甲板に上がる者を見かけたが、実は海軍の水兵は思っているよりも船酔いする兵が多いらしい。三日もすれば慣れるので、活動に支障はないのだ。そして私たちは午前の課業を迎える。午前は、砲撃訓練だった。
「総員戦闘配置に就け!」
号令一下、艦内にラッパの音が響き渡り、私、アルエットの属する二番副砲の砲員達は一斉に副砲の砲室へと走り出す。途中、「ラッタル」と呼ばれる急な階段をカンカンと金属音を立てながら滑り落ちるように降りる。慣れない頃はよくここで転げ落ちて青タンを作ったものだった。ちなみにこの階段は新兵が良く転んでは青痣を作るので、「青タン階段」と通称されている。そこを過ぎた私は砲室に入り、持ち場である砲手の位置に滑り込む。続々と装填手であるリル一等兵、待機員にラナ・アルデス一等兵、弾庫員にメルダ・エルメット二等兵が就く。この日は波がいつにも増して高く、作業どころか配置に就くだけでいっぱいいっぱい。それも石炭、弾薬を満載にしての全速航行。快速で力いっぱいに高波を突き破って行くもんだから、艦の動揺は並み大抵のもんじゃなかった。私は必死になって砲の防護板を掴んで踏ん張った。
「砲手配置良し!」
「装填手配置良し!」
「待機配置良し!」
私達の叫びは私の隣にいる、二番副砲長であるエリー・ゼーレット一等兵曹に伝わり、続けて号令がかかる。
「良し! 弾庫用ー意!」
その声でメルダは弾庫につながる滑車のチェーンを握り、準備を整える。
「弾庫用意良し!」
これで私達の砲は射撃準備を整える。しかし問題はこの揺れだった。私含めほぼ全員が、射撃準備の間に酔い、ゲーゲーと吐き出してしまった。午前は戦闘配置と号令の訓練だが、最初の一、二時間で朝食をすっかり出し切り、出すものの無くなった腹から、物の代わりに嗚咽の声が漏れる。こんなにキツい思いをしたのは、自衛隊時代を顧みても滅多になかった。
午前の訓練を終える頃には、胃が空になったのか、それとも酔っているのか、判別がつかない、鉛のような気持ち悪さに押しつぶされそうになっていた。
午前の課業終わりのラッパが鳴り、昼食時。私たちはさっきの階段、「青タン階段」と隔壁に波の揺動に合わせて左右にもたれかかりながら、食堂へと入る。食堂内では早速腹を空かせたエルフ達が我先にと列に入り、トレーを取って飯を受領していた。私はあまりの気持ち悪さに耐え兼ね、装填手のリルに頼んで食事を持って来てもらった。
「うぅ…やっと飯だ…」
「今日の昼ご飯、いつもより美味しそうだよ」
リルがニッコリ笑いながら私にトレーを差し出す。
私は重い頭を持ち上げてトレーを覗くと、メインに、柔らかい焼いた豚肉に、トマトベースの赤みがかったソースがかけられた、いわばトンテキの様な肉が鎮座し、ソースに浮く油の輪と香りが食欲をそそる。付け合わせには茹でたニンジン、瑞々しいレタスに、山盛りのマッシュポテトが盛り付けられていた。そしてライ麦のパンが付いており、私はその食事を目にして居ても立ってもいられず、貪るようにして食べ始めた。とにかく何かこの気持ち悪さを紛らわすために腹に物を入れたかった。
「あぁ…旨い!」
無意識のうちに言葉が漏れる。自衛隊時代は、陸自だったのもあり、演習前日にボイルされて渡され、冷え切ったレトルトパウチを食っていたおかげで、普段の食事から十二分に美味かったが、空腹は最高のスパイスとはよく言ったもんで、とびきりだった。身体に英気が漲り、視界に色が戻って来た。ふと顔を上げると、リルがニコニコ微笑みながら私を見ている。たちまち頭に血が昇り、恥ずかしさで頭が吹っ飛びそうになる。
「見、見ないでよ…。 …恥ずかしい」
「いやぁ〜、あんまり美味しそうに食べてるもんだから、つい」
「旨いもんは旨いんだから、しょーがないでしょぅ」
私は口を尖らせつつも、リルと一緒にその食事にありついて、すっかりと元気を取り戻した。幸い、船酔いにも慣れていたようで、午後の課業までには吐き気も収まっていた。そして課業始めのラッパが艦内放送に響き、私達は2番副砲へ、軍帽を頭に押さえながら、ラッタルを駆け降りて走った。
「砲手配置良し!」
「装填手配置良し!」
「待機配置良し!」
「弾庫用ー意!」
「弾庫用意良し!」
私達は午前とは打って変わってサッサと配置に付き、砲撃準備を整えた。午後は、実弾を使用した岩礁への砲撃訓練である。
「二番副砲用意良し!」
エリー砲長が叫び、左舷直の砲術士に伝えられ、そこから諸元が私たちに返ってくる。
「一、二、三、四番副砲試し撃ち方、静止目標! 距離、三四〇〇!撃ち方始め!」
号令が逓伝によって艦内にこだまして、私は砲のハンドルをガラガラと回して仰角、つまり距離を合わせる。
「照準よし!」
高波で艦が大きく動揺する中、照門の先に見える照星の、さらにその先に岩礁を捉えた。用心金の中に人差し指を滑らせ、準備をする。実弾発射の興奮か、武者震いか、体の芯からゾクゾクと込み上げてくる。
そして砲術士に続けて砲長が発砲を下令する。
「ッ撃ェーッ!!」
砲長の怒号に合わせて私は引き金を引き絞った。その刹那、照準の先に炎が閃き、砲の周囲は光と影の両極端なコントラストに包まれ、瞬時にして硝煙の香りが鼻を抜ける。続けざまにこの十五センチ砲から砲弾を吹き飛ばすエネルギーが、凄まじい轟音となって轟き渡る。この音の凄まじさたるや、普通にエルフが射撃するとその音量の為に鼓膜を損傷しかねない。しかしそれも憚らずに発砲した砲弾は飛翔音と共に空を駆け抜け、岩礁へと飛び込む。
そしてそれを待つこと無く直ぐにラナ一等兵が砲の閉鎖機を開放し、加熱した栓を濡れ雑巾で冷却。ジュウジュウと音を立てて湯気の立つ穴に、リルが次弾を叩き込み、ラナが砲を閉鎖し、メルダはチェーンを引き揚げて次弾を揚弾し、リルに手渡す。
その発砲から約4.5秒後、岩礁の十数メートル後方に水柱が4本、ドドーンと立ち上がった。
初弾は、「遠弾」、ハズレである。
「…ウオオオォォォォオッ!!」
砲室に歓声が上がる。一体何故かといえば、当時の私たちの艦砲操法教範にはこんな記述がある。
〈初弾ハ遠弾ヲ良トス。遠弾ヨリ諸元ヲ修正シ近弾、次射ニテ挟叉弾ト成ルヲ最善トス。〉
これは近弾だと目標が水柱に隠れ、修正が困難になってしまう為である。
その後私達は三射目にして岩礁に命中させ、午後の課業を終えた。防護巡洋艦「コートラー」は、他の艦艇と合流しつつ、一路エラト港沖へと突き進む。
私は直接でないにしろ、友との再会に胸を躍らせていた。
コメント
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おお、第4話!船酔いでゲロゲロのアルエットさん、めっちゃ人間臭くて親近感湧きました(笑)。自衛隊時代の話もチラッと出てきて、転生者設定がちゃんと活きてるのがいいですね。砲撃訓練の描写が細かくて、臨場感がすごい。初弾は遠弾良しって教範の解説も「なるほどな〜!」って思いました。ミリア達と合流するのかな?楽しみです!
くろぬか
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