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「三日後、俺は死ぬって」
電話の向こうで、高瀬隆志はそう言った。
私は母の家の畳に座ったまま、死亡通知を握りしめていた。
「その紙、どこから届いたんですか」
『郵便受けに入ってた』
「封筒は?」
『ある』
「消印は?」
短い沈黙。
『ない』
やっぱり。
私が見つけた七枚も封筒に入っていたが、差出人も消印もなかった。
「高瀬さん。今、どちらにいますか」
『会社だ』
「一人ですか」
『社員がいる』
だったら少なくとも、今すぐ何かが起こる可能性は低い。
そう考えた自分に気づき、ぞっとした。
私はもう、死亡通知に書かれた内容を少し信じ始めている。
「会えますか」
『……あんたに?』
「通知を見せてください。私も、同じものを持っています」
電話の向こうで呼吸が止まった。
『どういう意味だ』
「母の遺品から出てきました」
『何枚だ』
私は迷った。
「七枚です」
ガタン、と何かが倒れる音がした。
『七枚?』
高瀬の声が一段低くなった。
『七人分あるのか』
「はい」
『俺以外の名前は』
「それは会ってから話します」
『今すぐ来い』
電話が切れた。
私はしばらく画面を見つめていた。
高瀬は驚いていた。
でも、それだけじゃない。
七枚あると聞いた瞬間、明らかに怯え方が変わった。
まるで――
七人という人数に心当たりがあるみたいに。
私は死亡通知を封筒に戻した。
七枚目だけ、もう一度見る。
黒く塗り潰された名前。
九月二十日。
その日まで、あと二十日。
「水城さん?」
遺品整理業者がまた声をかけてきた。
「あの、本当にこのタンスも処分で……」
「すみません」
私は立ち上がった。
「今日はここまでにしてください」
「え?」
「残りはまた連絡します」
男は怪訝な顔をしたが、私はもう説明する余裕がなかった。
母の家を出て、車に乗った。
高瀬の会社までは十五分ほどだった。
運転しながら、母から最後にかかってきた電話のことを思い出した。
死ぬ二日前。
午後二時十七分。
着信時間は一分にも満たなかった。
私は出なかった。
留守番電話も残っていない。
あのとき出ていたら。
考えかけて、やめた。
母はいつもそうだった。
何かが起きると、私に罪悪感を持たせる。
子どものころから。
だから逃げた。
それなのに死んでからまで、母は私を呼び戻した。
七枚の死亡通知を使って。
高瀬隆志の会社は、古い三階建てのビルだった。
建設資材を扱う会社らしい。
受付で名前を告げると、すぐ二階へ通された。
応接室のドアを開けた瞬間、写真と同じ男が立ち上がった。
高瀬隆志。
生きている。
当たり前なのに、私はまずそこを確認してしまった。
顔色は悪かった。
額に汗が浮かんでいる。
机の上には一枚の紙。
私が持っているものと同じ死亡通知だった。
「座ってくれ」
高瀬は挨拶もせず言った。
私も向かいに座る。
「見せてもらえますか」
紙を手に取った。
氏名。
生年月日。
住所。
死亡予定日時。
九月三日、午後十一時四十分。
死因――転落死。
一字一句、同じだった。
「これ、本当に今日届いたんですか」
「ああ」
「誰かが入れたところは?」
「防犯カメラを確認させた」
高瀬は唇を舐めた。
「誰も映ってなかった」
「そんなはずは」
「俺もそう思った」
高瀬が立ち上がり、窓際まで歩いた。
二階。
地面まではそれほど高くない。
私は無意識に、窓から一歩離れた。
高瀬がそれを見た。
「転落死、だもんな」
乾いた笑いを浮かべた。
「俺も今日は窓に近づかないようにしてる」
冗談のように言ったが、目は笑っていなかった。
「母とは、どういう関係だったんですか」
高瀬の表情が消えた。
「千佳は何を残してた」
「質問しているのは私です」
「娘だな」
「何がですか」
「あいつに似てる」
私は反射的に眉を寄せた。
それだけで高瀬は小さく笑った。
「そういう顔だよ」
「母を知っていたんですね」
「昔な」
「いつ?」
「十五年くらい前だ」
私はメモを取ろうとスマートフォンを出した。
高瀬の手が伸びてきた。
「録音するな」
「してません」
「信用できるか」
「だったら何も話さなくて結構です」
私は立ち上がった。
高瀬が慌てた。
「待て」
私は座らなかった。
「母は、あなたに殺されたと書いていました」
高瀬の顔から血の気が引いた。
「……何?」
私は母の紙片を撮影した画像を見せた。
私は、この七人に殺されました。
高瀬は長い間、画面を見つめていた。
やがて、低く笑った。
「そう来たか」
「どういう意味ですか」
「千佳らしい」
「母を殺したんですか」
高瀬は私を見た。
「違う」
「では、なぜ母はこんなことを」
「逆だからだよ」
「逆?」
「あんたの母親に人生を壊されたのは、俺のほうだ」
私は言葉を失った。
「何をされたんですか」
高瀬は答えなかった。
代わりに机の引き出しを開け、一枚の古い写真を出した。
会社の慰安旅行だろうか。
十数人の男女が旅館の前で並んでいる。
その中に母がいた。
若い。
四十代半ばくらい。
母の隣には、高瀬もいる。
そしてもう一人。
見覚えのある男が写っていた。
「……父?」
父、水城雅彦だった。
高瀬が私の顔を見る。
「七枚の中に、雅彦の名前もあるのか」
私は答えなかった。
それだけで十分だったらしい。
高瀬は目を閉じた。
「やっぱりな」
「何を知ってるんですか」
「千佳は俺たちを恨んでた」
「七人全員を?」
高瀬は答えようとした。
そのとき、応接室のドアが勢いよく開いた。
若い社員が立っていた。
「社長」
息を切らしている。
「なんだ」
「警察から電話です」
高瀬の表情が強張った。
「警察?」
「はい」
社員は私をちらりと見てから言った。
「社長の死亡届が提出されたそうです」
部屋の空気が止まった。
高瀬は立っている。
目の前で、確かに生きている。
それなのに社員は続けた。
「今日付で――」
声が震えた。
「高瀬社長は、もう死亡したことになってるそうです」
コメント
1件
わあ、これは…一気に持っていかれましたね。最初の「あなたは三日後に死にます」という一文から、もう目が離せなかった。受付してないのに名前を呼ばれる不気味さ、母の名前が出た瞬間の北原さんの怯え方、そして最後の「人を♡♡♡たんです」――すべてが繋がる伏線の匂いがして、続きが気になって仕方ないです。設定の張り方が本当に巧い。
284
しらなみ
467
#主人公最強
杯雪乃
900
桜咲かな
627