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しらなみ
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#主人公最強
杯雪乃
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桜咲かな
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「高瀬社長は、もう死亡したことになってるそうです」
社員の言葉を聞いても、高瀬隆志はしばらく動かなかった。
「……何を言ってる」
低い声だった。
「だから、警察から――」
「俺はここにいるだろ!」
高瀬が机を叩いた。
応接室の灰皿が跳ねた。
社員が肩をすくめる。
「すみません。でも、本当にそう言われたんです。死亡届が出てるから、確認したいって」
私は立ち上がった。
「どこの警察署ですか」
社員から署名を聞き、スマートフォンに入力する。
「水城さん」
高瀬が私を見た。
「役所の人間なんだよな」
「はい」
「なら調べられるだろ」
私は答えなかった。
職務上知り得た情報を私用で閲覧することはできない。
当然だ。
それでも。
目の前にいる男が、公的には死亡している。
そんなことが本当に起きているなら、放っておけなかった。
「役所に戻ります」
「俺も行く」
「来ないでください」
「なんでだ」
「あなたが窓口に現れたら、騒ぎになります」
「もう騒ぎになってるだろ!」
確かにそうだった。
私は一瞬だけ黙った。
高瀬は荒い息を吐き、椅子に座った。
「分かった。ここにいる」
「死亡通知も貸してください」
高瀬は紙を押さえた。
「嫌だ」
「照合するだけです」
「なくされたら困る」
「コピーします」
「信用できない」
私も高瀬も互いを見た。
結局、高瀬は死亡通知をスマートフォンで撮影させることだけ許した。
会社を出る直前、高瀬が私を呼び止めた。
「水城さん」
振り返る。
「三日後って書いてあったよな」
「はい」
「九月三日、十一時四十分」
高瀬は窓のない廊下に立っていた。
「それまで、俺は死者なのか」
答えられなかった。
*
市役所へ戻ったのは午後四時を過ぎていた。
私は自席に着くと、いつものようにパソコンを起動した。
戸籍住民課。
平日の午後。
窓口では転入届を持った家族が職員と話している。
隣では高齢の男性が印鑑登録について質問していた。
見慣れた日常だった。
だから余計に、高瀬の死亡通知が異物に思えた。
「水城さん、今日休みじゃなかった?」
隣の席の後輩、野村菜月が声をかけてきた。
「ちょっと確認したいことがあって」
「お母さんのこと、大丈夫?」
「うん」
嘘だった。
大丈夫かどうか、自分でも分からない。
私は端末を操作した。
高瀬隆志。
生年月日。
住所。
検索。
表示された情報を見て、指が止まった。
死亡。
私は画面に顔を近づけた。
間違いない。
高瀬隆志。
本人だ。
死亡年月日。
九月三日。
今日ではない。
三日後。
胸の奥が冷たくなった。
「未来の日付……」
思わず声が漏れた。
「何?」
野村がこちらを見る。
「なんでもない」
画面を切り替えた。
死亡届の受理日は今日。
なのに死亡年月日は三日後。
あり得ない。
死亡届は、人が死んだ後に提出する。
未来の死亡を届け出る制度など存在しない。
誰かが故意に登録した。
それ以外、考えられない。
私は届出人の欄を確認した。
空白。
「……そんな」
死亡届には必ず届出人がいる。
親族。
同居人。
家主。
後見人。
誰であっても、誰かが届ける。
それが空欄のまま受理されることなどない。
受理担当者を見る。
そこにも名前がなかった。
「水城さん」
背後から声がした。
私は反射的に画面を閉じた。
課長の佐伯だった。
五十代半ば。
私が新人のころからこの部署にいる。
「どうした?」
「いえ」
「顔色悪いぞ」
「母のことで、ちょっと」
佐伯はそれ以上聞かなかった。
「無理するなよ」
「ありがとうございます」
佐伯が離れてから、私は再び画面を開いた。
受付番号だけが残っている。
そこから紙の死亡届を探せる。
私は書庫へ向かった。
年度別に整理された届書。
今日受理されたものは、まだ一時保管棚にある。
番号を追う。
あった。
高瀬隆志。
封筒から死亡届を取り出す。
手が震えた。
氏名。
住所。
生年月日。
死亡年月日。
九月三日。
死亡時刻。
午後十一時四十分。
死亡場所。
市内。
死因。
転落による外傷性ショック。
私は息を呑んだ。
死亡通知と、同じだった。
ただ一か所だけ違う。
死亡届には、死亡診断書が添付されていた。
医師の署名もある。
当然、偽造だ。
三日後に死ぬ人間を、今日診断できるはずがない。
署名を確認する。
岸本総合病院 医師・柿崎修一。
私はスマートフォンで病院を検索した。
実在している。
柿崎修一も、病院のホームページに名前が載っていた。
胸騒ぎが強くなる。
書類を戻そうとしたときだった。
裏面に小さな付箋が貼ってあるのに気づいた。
手書きで、一言。
水城さんへ
私は固まった。
私の名前?
恐る恐る付箋を剥がす。
裏にも文字があった。
一人目を助けたいなら、三日後までに思い出して。
その下に、
十五年前、千佳が何をしたか。
と書かれていた。
母の名前。
私は紙を握ったまま動けなくなった。
十五年前。
私は十四歳だった。
そのころの母について、ほとんど記憶がない。
いや。
違う。
思い出したくないだけだ。
母が帰ってこなかった夜。
父が食器を壁に投げつけた音。
知らない女から何度もかかってきた電話。
そして――
玄関に立っていた、血まみれの母。
「澪」
背後から声がした。
振り返る。
課長の佐伯が立っていた。
私の手にある死亡届を見ていた。
顔色が変わっている。
「それを、どこで見つけた」
「今日の受理分です」
佐伯は近づいてきた。
「誰にも見せるな」
「課長?」
佐伯は死亡届を私の手から奪った。
「これは受理されてない」
「システムには入っています」
「今すぐ忘れろ」
「どういう意味ですか」
佐伯の目が私を捉えた。
その表情を見て、私は悟った。
この人は知っている。
「課長」
声が震えた。
「母を知ってるんですか」
佐伯は答えなかった。
ただ、小さく言った。
「高瀬隆志は三日後に死ぬ」
心臓が跳ねた。
「なぜ、それを」
佐伯は私を見る。
「前にもあったからだ」
「前?」
「十五年前」
そして続けた。
「そのときも、死亡日時は三日後だった」
コメント
1件
おお、これはめっちゃゾクゾクしたわ…!未来の死亡日付が登録されてるって時点で既に不穏すぎるし、しかも死亡届に「水城さんへ」って付箋、さらに十五年前の母親の話が出てくるって、伏線の張り方が上手すぎる。公務員視点のミステリーって新鮮で、水城さんのプロとしての線引きと個人的な衝動の葛藤がすごくリアルに描かれてて引き込まれた。課長の「前にもあった」ってラストの一文で鳥肌立ったわ。続きが気になりすぎる🔥