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「……今、何とおっしゃいました?」
笑顔を消したリタが、副長へ問い返した。
リタの声は、いつもと変わらず穏やかだ。
それでもリタの怒気を察したのか、副長の後ろで馬が一頭、落ち着かなげに蹄を鳴らした。
「|黄金秤《リブラ》と比べれば、馬小屋も同然だろう。こんな場所に、何をむきになっている」
「私たちのギルドを、それ以上侮辱するのはおやめください」
「ギルド? 看板を一枚掛けただけでか」
副長は鼻を鳴らす。
それから、懐から封蝋の押された書状を取り出した。
「本題に入ろう。ギルド長パウエル様の命により、竜殺しを迎えに来た。もう、その男の不当な束縛に甘んじる必要はない」
「……束縛?」
リタが一度、目を瞬いた。
「肩代わりした借金を盾に、そこの男に従わされているのだろう。残額は|黄金秤《リブラ》が清算する。おまえには、竜殺しにふさわしい待遇を用意してある」
「おっしゃる意味が分かりませんね。……私としては、むしろもっと束縛してほしいぐらいですが」
「何を言ってるんだ、おまえは──」
思わず口を挟むと、リタは何がおかしいのかと言いたげに首を傾げた。
副長は眉をひそめたが、それ以上は取り合わず、手にしていた書状をリタへ差し出した。
「詳しい条件は、こちらに記してある。読めば考えも変わるだろう」
リタは差し出された書状を受け取ったが、封を切ろうともしなかった。
「これは、私の今後の所属についてのお話ですね?」
「そう考えてもらって結構」
「──でしたら聞く必要も感じませんね。私にはこの”馬小屋”の方が気が楽ですので」
リタは冷ややかに言って、書状を副長へ返そうとした。
呆然とする副長の返事すら待たず、リタは建物へ戻ろうと踵を返す。
「……待て」
副長が、反射的に口を開く。
「……ここを馬小屋と呼んだのは謝ろう。だが、こちらの話は聞いてもらいたい」
「随分と強引ですね。私としては聞く価値も感じませんが──どうしても、というなら条件があります」
リタが振り返り、ピンと指を立てた。
「ここの三人で話を聞きます。私たちは、|無銘《インノミネ》を始めた仲間ですから」
「……招いたのは竜殺しだけだ。その二人に用はない」
「なら、ここでお断りするまでですね」
リタは、そのまま建物の中に戻ろうとした。
「わ、分かった。そこの二人の同席も認めよう。……竜殺しに感謝するんだな」
「まだ伝わってないようですね。どうか仲間への失礼も、私への失礼とお考えください」
副長は苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、黙って頭を下げ、俺たちのために馬車の扉を開いた。
──俺は乗り込む前に、ミアを見た。
ミアは馬車の扉に刻まれた|黄金秤《リブラ》の紋章に目を奪われ、表情もこわばっている。
「ミア。おまえは残っていてもいいぞ。わざわざパウエルの顔を見て、嫌な思いをする必要はないからな」
ミアは迷うように、俺と馬車を見比べた。
やがて顔を上げると、俺ではなくリタを見る。
「……私も行きます。その……リタさんも、同じギルドの仲間ですから」
言い終えた途端、ミアは恥ずかしそうに目を伏せた。
リタは少しだけ目を見開き、それから今度こそ柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます、ミア様」
こうしてリタ一人を迎えるはずだった四頭立ての馬車に、俺たち三人が乗り込むことになった。
***
馬車は大通りを抜け、見慣れた巨大な建物の前で止まった。
冒険者ギルド・|黄金秤《リブラ》。昨日、俺が去り、ミアが切り捨てられた場所だ。
まさかその翌日に、今度はリタを連れて戻ってくることになるとはな。
俺たちは副長に先導され、最上階にあるギルド長室へ通された。
副長は案内を終えても退室せず、扉の脇に控えた。
机の向こうで待っていたパウエルは、リタの後ろにいる俺たちを見て眉をひそめた。
「私は、リタだけを招いたはずだが」
「三人でなければ、話は聞かないと伝えました」
「……いいだろう」
パウエルはすぐに表情を整え、革張りの椅子をリタへ勧めた。
リタは座らず、俺たちの隣に立ったままだ。
「時間を取らせるつもりはない。単刀直入に言おう」
パウエルは机の上で指を組み、リタだけを見た。
「これまでの名目だけの所属を改め、|黄金秤《リブラ》の幹部として正式に迎えたい」
「幹部として、ですか?」
「そうだ。年俸は三千万ドゥレ。専用の執務室も用意しよう」
「それで、私に何をさせるおつもりでしょう?」
「何も強制するつもりはない。受ける依頼は、すべて自分で選んでいい」
三千万ドゥレ。
名のある冒険者でも、まず提示されることのない破格の条件だ。
「竜殺しの名にふさわしい仕事だけを選べばいい。くだらん雑用や、誰かに命じられた依頼を受ける必要はなくなる」
そこでパウエルは、ようやく俺へ目を向けた。
「シード。おまえが肩代わりした借金は、あといくら残っている?」
「残っていない。六年前に貸した分なら、とっくに完済されている」
「ならば、なぜ今も主人などと呼ばせている?」
「……呼ばせているんじゃない。俺だって何度もやめろと言ったさ」
パウエルの眉間に、深い皺が寄った。
「借金はないし、そもそも命令したこともない。こいつは最初から自由だ」
「はい。ご主人様から私を救う、と聞きましたが──」
リタは俺の隣へ進み、肩を並べてパウエルを見返した。
「そもそも六年前、私を救ってくださったのはご主人様です。あなたではありませんよね?」
──事実だ。
六年前、あの場にパウエルが居たとしても、リタを勧誘しようとはしなかっただろう。
「だが、所詮は六年前のことだろう。もう借金を返したなら好きに生きれば──」
「ですから好きに生きています。ご主人様のメイドとして」
笑みを浮かべて、リタがそう宣言する。
「……条件が聞こえなかったのか? 年に三千万ドゥレだぞ」
「浅はかですね」
リタはつまらなそうな顔で、そう切り捨てた。
「三千万ドゥレも、幹部の席も、専用の執務室も、私には必要ありません。申し出は、お断りしますね」
リタはスカートの裾をつまみ、非の打ち所のない一礼をした。
「そして、こちらからも一件。私は本日をもって|黄金秤《リブラ》を脱退します。名簿から、私の名前を外してくださいませ」
「ま、待て。どういうつもりだ? 条件に不満があるなら言え。年俸なら、さらに上乗せしてやってもいい」
慌てた様子で、パウエルがそう言い募る。
「そうですね、条件に不満があるわけではありません。ただ──」
リタは、俺に視線を向けた。
「ご主人様のいない|黄金秤《リブラ》に用はない。それだけです」
リタは、あっけらかんとそう宣言した。
パウエルが苛立ったように、机を二度叩いた。
「|黄金秤《リブラ》が必要ないだと?」
「はい。もともとご主人様が持ち込まれる依頼を受けるために、名前を置いていただけですから。ご主人様がギルドを立ち上げた今、その必要はありません」
リタが本気だとようやく分かったのだろう。
「待て──シードが辞めたからと言って、なにもお前まで辞める必要はないだろう。これまでどおり、籍だけは置いておいても不自由はないだろう?」
パウエルが机越しに身を乗り出す。
リタは興味もないのか、なにも答えない。
「そもそも、その男は目利きとして終わっている。そこのハズレの小娘を、大金を払って拾った男だぞ? 到底、ギルドを率いる器ではない」
パウエルの冷たい視線を受け、ミアの息が止まった。
右手が、服の裾をきつく握る。
それでも、ミアは目を逸らさなかった。
一度だけ強くまばたきをすると、まっすぐにパウエルを睨み返した。
「……この方には、ミア様というお名前があります」
「呼び方など、どうでもいい」
パウエルは苛立たしげに手を振った。
「鑑定の儀でハズレと出たんだぞ。大金を払う価値がどこにある?」
リタはすぐには答えなかった。
ミアの横顔を見てから、ゆっくりとパウエルへ向き直る。
「こちらはお返しします。それと──」
リタは、受け取ったままの書状を机の上に叩きつけた。
「ミア様をハズレの娘と呼んだことを撤回してください」
「断る。見込み違いの屑をハズレと呼んで、何が悪い」
「そうですか」
リタが顔を上げた。
その身に押し込められていた殺気が、ほんの一瞬だけ漏れ出す。
「ヒッ」
パウエルの喉から、引きつった息が漏れた。
椅子ごと後ろへ逃げようとしたのか、すてんと見事にひっくり返る。
しかも起き上がらない。床に尻をついたまま、ずりずりとリタから離れていく。
(やれやれ。腹を立てると殺気を隠そうともしなくなるのは、昔からのリタの悪いクセだな)
「リタ、気軽に殺気をにじませるな」
「あっ──つい、うっかり」
(うっかりって。絶対わざとだろ)
リタが一度目を瞬くと、張り詰めていた気配が消えた。
「失礼いたしました」
リタはエプロンの上で両手を重ね、青ざめたパウエルへ微笑みかけた。
パウエルはガクガクと震えながら、こくこくと頷いた。
「このギルドは──きっとご主人様を失ったことを、深く、深く後悔するでしょうね」
その声には、わずかな迷いもなかった。
「ミア様のことも、いずれは結果が証明します」
それはミアが結果を出すことを、微塵も疑っていない口調──ミアは大きく目を見開いた。
「それで……まだ何か用はありますか?」
「も、もういい。早く行け……」
パウエルは床に座り込んだまま、震える手で扉を指した。
「それでは、失礼いたします」
そう言い残すと、リタはパウエルから興味を失ったように踵を返した。
扉の脇に控えていた副長は、リタと目が合うと黙って道を開けた。
リタはその前を通り過ぎ、ギルド長室を出るまで一度も振り返らなかった。
コメント
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いや~、第7話めっちゃ熱かったわ!リタの「主人のいないギルドに用はない」発言、マジでかっこよすぎる。パウエルに殺気漏らして黙らせるところも最高だったし、ミアが自分から「行く」って言ったシーンでちょっとウルッときた。「無銘」のチーム感がどんどん固まってるのがいいな。次が楽しみ!