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《SIDE:ミア》
鑑定の儀で【空っぽな器】と告げられた瞬間、私の人生は終わった。
スキルのランクはDマイナス。保有魔力ゼロ。
どれだけ剣を振っても、魔力を持てない剣士に価値はない。
それが、教会と|黄金秤《リブラ》が私へ下した答えだった。
昨日まで私を褒めてくれていた人たちが、目を合わせてくれなくなった。
毎朝、誰よりも早く訓練場へ立ったことも、手の皮が破れるまで剣を振ったことも。
模擬戦で魔力を持つ相手に勝ったことも、すべて無駄だったと言われた。
──そうして残ったのは、五百万ドゥレの借金だけだった。
鑑定の儀を終えて|黄金秤《リブラ》へ戻ると、私はいつものように訓練場へ向かった。
剣を振っている間だけは、何も考えずに済むと思った。
けれど、入口で教官に止められた。
「鑑定結果が出た以上、もうここを使わせるわけにはいかない」
「邪魔はしません。端のほうで、一人で稽古をしますから」
「そういう問題じゃない。訓練用の剣も、ギルドの備品だからな」
手にしていた木剣を取り上げられ、扉を閉ざされた。
扉の向こうから聞こえてくる掛け声を、私は呆然とその場に立ったまま聞いていた。
やがて事務官が迎えに来た。
ギルド長がお呼びだと言われ、連れていかれた先は、幹部たちが集まる聴聞室だった。
中へ入る前に、手首へ鉄の枷を嵌められた。
「あの……逃げたりしません」
「規則ですので」
事務官の言葉は無機質だった。
気がつけば私は、罪人のような姿で円卓の中央へ立たされていた。
育成契約は今日で解除される。
五百万ドゥレの借金を清算するため、奉公契約はヴァルドール伯爵家へ譲渡される。
伯爵家の魔鉱山で、借金を返し終えるまで働くことになる。
事務官は、決まりきった手続きを読み上げるように、私の行き先を説明した。
「お願いします。もう一年だけ、稽古を続けさせてください。雑用でも、盾役でも何でもします。今まで以上に頑張りますから……!」
私はそう必死で訴える。
惨めでも、何でもよかった。このまま終わることだけは、どうしても受け入れられなかった。
けれど、誰も私の言葉を聞いていなかった。
円卓を囲む人たちは、みんな五百万ドゥレの損失の責任はどこにあるのか、そればかりを話していた。
私はもう、見込みの外れた投資対象でしかない。
何を言っても、これから何をしようとしても、すでに終わったものとして扱われている。
少しずつ、胸の中を諦めが満たしていった。
もう、何をしても無駄なのだと悟ってしまったのだ。
すべては終わってしまったことなのだと。
──ふと顔を上げると、シードさんだけが私を見ていた。
五年前、孤児院で木の棒を振っていた私を見つけてくれた人。
ここなら剣を学べると、|黄金秤《リブラ》へスカウトしてくれた人。
シードさんは、私がいつか剣聖になると言ってくれた。
冗談としか思えないような話なのに、まるで未来を見てきたかのように、その表情はいつも自信に満ちていた。
稽古がうまくいかず、自分には才能がないのではないかと思った日もあった。
それでも、シードさんだけは一度も私を疑わなかった。
その言葉に救われたことが、何度あっただろう。
私にとって、シードさんは恩人だった。
その恩人が、今度は私を見つけた責任を取らされようとしている。
パウエル様は、そこまで私の価値を信じるのなら五百万ドゥレを自分で払えとシードさんに迫っていた。
「もう、いいです」
震える声で、そう告げた。
うまく笑えていたかは分からない。
せめてシードさんだけは、私を見つけたことを後悔してほしくなかった。
私一人が魔鉱山へ行けば、それで十分なはずだった。
けれど、シードさんは懐から預金証書を取り出して、こんなことを言ったのだ。
「五百万ドゥレ。“それっぽっち”でいいんだな?」
──預金証書が円卓へ叩きつけられた音を、今でも覚えている。
シードさんは本当に五百万ドゥレを払い、私の契約を買い取ってしまった。
それだけではなく、私を切り捨てるギルドには残れないと、|黄金秤《リブラ》まで辞めてしまった。
シードさんが十年かけて築いた地位。
これまで蓄えてきたお金。
黄金秤の施設を使う権利も、取引先も、人とのつながりも。
すべて、私のせいでなくなった。
それなのにシードさんは、惜しいとも思っていないような顔で笑ったのだ。
「お買い得だったからな」
意味が分からなかった。
私にはもう何の価値もないと、あれだけ多くの人が言っていたのに。
「あまりにも安すぎた」
それでもシードさんだけは、自分の目のほうが正しいと言い切った。
外套を私の肩へ掛け、鉄の枷を外し、手を差し出してくれた。
冷え切っていた指へ触れた手は、驚くほど温かかった。
本当は、その手を掴んではいけなかったのかもしれない。
私のようなハズレは、誰にも迷惑をかけず、ひっそりと消えていくべきなのかもしれない。
それでも、このまま終わりたくなかった。
もう少しだけ頼ってもいいのなら。もう少しだけ夢を見ていられるのなら。
やっぱり私は、この手を掴まずにはいられないのだ。
──これからは、シードさんのためにすべてを捧げよう。
今日、一度は終わった命だ。
私のせいで、シードさんは文字どおりすべてを失ったのだ。
それなら私が手にするものは、すべてシードさんに捧げよう。
返しきれない恩を、一生をかけてお返しするのだ。
そんな強い決意をこめて。
おずおずと、それでも離すまいと、私はその手を強く握り返した。
***
その翌日。
左腕に包帯を巻いた私は、昨日シードさんの手を握り返した右手で一本の太い筆を持っていた。
目の前には、表面を白く塗った一枚の板。
これから始めるギルドの看板を、三人で作ることになったのだ。
「……候補はある。だが、俺だけで決めるのも違うだろう。何か案はあるか?」
シードさんの言葉に、リタさんが真っ先に手を挙げた。
「はい! 『ご主人様を末永くお支えする会』はいかがでしょう」
「ギルド名はおまえの決意表明の場じゃないぞ?」
「では、『ご主人様のヒモ化を願う会』で」
「解散してしまえ、そんな会!」
シードさんはすぐに却下してしまった。
──良いと思うんだけどな、ご主人様のヒモ化を願う会。
そんなことを思うと同時に、リタさんにも奇妙な親近感を覚える。
きっとリタさんも、シードさんに助けられて、すべてを捧げることを決めた人なのだろう。
「ミアは?」
「えっ、私ですか?」
当たり前のように、ギルドの立ち上げ人の一人として、意見を求められる。
それがほんのりくすぐったかった。
「……リタさんの案、素敵だと思います」
リタさんに同意したら、すっかり呆れられてしまったけれど。
それから語られたギルド名は、私の胸を打つものだった。
無銘──インノミネ。それは、まだ誰にも名を知られていない人のためのギルドだ。
実績も値打ちも認められず、誰にも見向きもされない人。
そんな原石を見つけて、必ず名を知られるところまで育てるという決意。
──そんな話を聞いて、私は思わず泣きそうになった。
空っぽな器。一度は捨てられた私でも、これから世に名前を刻めばいい。
都合の良い解釈かもしれない。それでもこの名前は、私にもう一度剣を振ってもいいと後押ししてくれているようだった。
私は筆を握り直し、白い板へ最初の一画を入れた。
シードさんに任せられた初仕事だ。
決して失敗しないようにと気合いを入れていたけれど、
「……少し、曲がっちゃいました」
「気にするな。そういう癖が残るのも、手書きのいいところだ」
シードさんは、私の書いた文字をそのまま受け入れてくれた。
私は、看板の余白に小さな石を描く。
ちっぽけな石っころだ。それでも、シードさんに見出された原石であることが、私の誇りだ。
いつかはリタさんのように、シードさんが正しかったことを証明してみせる。
「|無銘《インノミネ》……」
少し不格好なその二文字が、私の新しい居場所の名前だった。
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お読みいただき、ありがとうございます!
【読者の皆さまに大切なお願い!】
1章完結です!
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コメント
1件
いやー、冒頭から胸が苦しくなったわ…。ミアが「空っぽな器」って言われて、訓練場すら追い出される流れ、めっちゃ切なかった。でも、シードさんが「五百万ドゥレ。“それっぽっち”でいいんだな?」って預金証書叩きつけるシーンでガチで鳥肌立った。十年築いた地位も金も全部捨ててミアを買い取るって、重すぎる恩だよ…。最後の看板づくりで「無銘」って名前に込められた想いが沁みた。ミアが石っころ描いたところ、不器用さが逆にいい味出してて好き。続き、めっちゃ気になる🔥