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〜如月風香side〜
『風香!今日早退したって聞いたけど大丈夫?』
下校直後だったのか、荒れた息のまま電話をかけてきたのは翠ちゃんだった。
「ああ、大丈夫だよ。ちょっと頭が痛くて。心配かけてごめんね。」
『そう?ならいいんだけどさ。』
心配して損したと言いながら息をととのえる彼女は、ガサツだけど本当に優しい子だと思う。
『あ、そうだ!今日ね、柊先生の爆盛れショット撮れたの!明日学校で見せてあげる。』
「ありがとう、楽しみにしてるね。」
また明日と言って電話を切ると、インターホンが鳴った。
今家にいないお母さんの代わりに、私が出ることにした。
頭が痛いと仮病をして早退した私のために、ドラッグストアで薬を調達してきてくれているお母さん。
嘘ついちゃってごめんね、なんて思いながら、自室から玄関へ移動する。
この日に限って、カメラを確認するのを忘れていた。
「はい、どちら様で……。」
扉を開けた途端、私は言葉を失った。
(なんで?なんでコイツがいるの?)
「久しぶり、如月さん。中学校はどう?」
そこには、小学校のときの教頭が立っていた。
「なんですか、まさかこんな世間話をするために来たわけではないですよね?」
「鋭いね。今日会いに来たのは……いじめのことで、話があったんだ。」
怖くて逃げ出したくなるのを必死にこらえて、教頭を睨みつける。
(怯むな。もう今の私は、”先生推し”の如月風香なんだ。)
教頭の話は、予防線があまりにも多くて聞けたものではない。
要約すると、市のホームページに公開しているいじめの調査報告書を取り消せ、と加害者の親から訴えが来ているという話だった。
「それで、如月さんの意思を確認したくて。」
「意思って……。調査報告書を公開するかは、被害者側が決めることですよね。なぜ、加害者の、雲雀さん側の訴えを跳ね返さなかったんですか?」
すると教頭は、わがままを言う子供に困ってしまったような、そんな表情をした。
「まあそうなんだけど、もし今如月さんが取り消したいと思っていたら、どっちにも良い結果になるかなと思って。それに、相手が嫌がっているって知ったら、考えが変わるかもしれないしさ。」
教頭の口から言葉が吐き出される度に、怒りと絶望で心が溢れかえっていく。
(やっぱり、被害者を守るつもりは無いんだな。)
まだ教頭は何か喋っていたけれど、もういい。
拳を固く握りしめると、勢いをつけて教頭の頬を殴った。
「おい!何するんだ!」
文句を言ってやる気力もなかった。
ただひたすらに、失意を拳に込めるしかなかった。
でなければ、今にも叫んで暴れだしてしまいそうだから。
馬乗りになって殴り続けていると、キキーッと車が止まる音がした。
「風香!何してるの!」
駆け寄ってきたお母さんに羽交い締めにされ、私は振りほどこうと手足をばたつかせた。
(お母さん、退いて。私は今、ソイツをやらないといけないんだ。)
「すみません。多分、急に教頭先生がいらしたので、パニックになってしまったんだと思います。」
頭を下げるお母さんに、教頭は偉そうにもったいぶって喋る。
「いじめで色々あったのは私達も知っていますけどね、手を出すのは違うでしょう。暴力は人を傷つける行為であることを、ちゃんとご指導くださいね。」
私は、どうしても今の発言が許せなかった。
「いじめだって、人を傷つける行為であることに変わりないんだよ!それなのに、あんたらは私のことを守ろうともしなかった!加害者の意見ばっかり優先しようとした!失格教師が私に説教しないでよ!」
「何だその態度は!」
頭に血を上らせた私と教頭とは反対に、お母さんは冷静だった。
「今回娘が手を出してしまったことに関しましては、誠に申し訳ありませんでした。ただ、もう私達には近づかないでください。」
そう言い切ると、泣き叫ぶ私を連れてそそくさと家に入った。
すすり泣く声が響く部屋に、ノックの音が飛び込んできた。
「……入っていいよ。」
お母さんに差し出されたホットミルクを受け取るが、口をつけるにはまだ熱そうだった。
両手で包み込むようにしてマグカップを持ちながら、視線を伏せる。
と、優しい温かさが私をおおった。
「お母、さん。」
「……風香は、本当に馬鹿だよね。でも、その分強いと思うよ。」
私は、さっきまでの悔しさとはまた違う涙を浮かべ、お母さんを抱きしめ返した。