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〜如月風香side〜
あの日からしばらく、学校は休んでいた。
”先生”と会うことが、とてつもなく怖くなってしまったのだ。
ため息が沈んでいく部屋に、薄暗い感情が溜まっていく。
そんな日々を思い返しては自己嫌悪に陥っていると、下からお母さんの呼ぶ声が聞こえた。
「風香ー、暁くんが来てくれたけど、どうする?」
少しの驚きを覚えながら、しばらく会っていなかった彼の姿に思いを馳せる。
「ちょっと待ってって言っといてー!」
部屋着の上にパーカーを羽織り、髪を結んで部屋を出る。
玄関の扉を開けると、暁くんがポケットに手を突っ込んで立っていた。
「久しぶり。体調は?」
「ああ、大丈夫だよ。明日には行けるはず、多分。」
固くなった表情筋をほぐすように笑顔をつくってみるが、いつもどうしているか思い出せなくて不安になった。
「それより、私の家教えたことあったっけ?」
「俺を誰だと思ってんだよ。飛鷹先生の個人情報を全部握ってる、日本一のストーカーだぞ。」
「あんまり誇らないでよ。」
いつも通りの推し語りを繰り広げながら、先生のことを話すことが怖くなっている自分をどうにかして抑え込む。
けれど、暁くんは思ったより鋭い人だったみたいだ。
「お前、なんか無理してねえか。」
「……え、?」
不意を突かれ、上手く誤魔化すことも頷くこともできないまま、彼から目をそらす。
暁くんは面倒くさそうに頭を掻き、つっけんどんに話し出す。
「別に如月が落ち込んでようが、俺はどうでもいいんだよ。ただ、お前が学校来ねえと仕事が進まねえの。」
「……ごめんね、色々迷惑かけて。」
「おー、すっげー迷惑。自分でも思うならさっさと戻ってこい。」
彼なりの優しさに、目頭が熱くなる。
この数日間、ずっと泣いていたというのに、まだ涙が枯れていないことが不思議だった。
「あ、俺に相談したいとか思うなよ。同情を求めるなら、神桜か東雲にしとけよな。」
そう言い残すと、暁くんはすぐに姿を消した。
それでもしばらく、胸に温かいものが広がっていた。
『もしもし。』
「あ、空。今ちょっといいかな。」
電話越しでも、緊張が走ったのがはっきりと分かった。
次に空が口を開くまでかかったのはせいぜい十秒程度だろうが、一分にも十分にも感じられた。
『……ごめん。空が、あんなこと言ったから学校来れてないんだよね。』
震える声は、今にも泣き出しそうに響いた。
「違う。違うんだ。その、……小学校の時の教頭が来たの。」
空が息を呑む。
私は、しどろもどろになりながらも、数日前に起こった出来事を話した。
きっと聞けたものではなかっただろうし、遮りたくもなるだろう。
それでも空は、頷きながら最後まで聞いてくれた。
すべて聞き終わってから、空は私に問いかけた。
『ねえ、改めて聞かせて。なんで風香は”先生推し”をやってるの?』
その言葉に、つい背筋がのびる。
家族にも友達にも言ったことがなかったが、今なら空に話せる気がした。
「あのね、私、あのいじめ以来、人と関わることがすごく怖くなっちゃって。でもさ、空たちが変わらず接してくれたから、同級生と話すことは克服出来たんだ。ただ、先生への恐怖心はどうしても消えなくて。」
『相当ひどい対応だったもんね、あいつら。』
空の言う通り、先生たちのずさんさには今でも腹が立つ。
最初にいじめを相談したときには勘違いだと言われ、加害者に謝罪を求めようとすれば「加害者のメンタルも考えてあげたい」と断られたりした。
加害者の子の家が市議会や幼稚園などと繋がっているのが関係している、なんて話も聞いたことがある。
空もいじめの証人として聞き取り調査に参加したことがあるため、先生たちの対応の粗さを知っているのだった。
「でも、学校は行かなきゃいけないでしょ。だから先生を”推し”ってことにして、私は先生を好きだって思い込むようにしたの。」
『……風香って、本当にお人好しだよね。』
空は優しい声色で語り始めた。
『だから、人を嫌いになっちゃう自分が嫌いなんだよ。あのさ、トラウマがあっても、自分の殻に閉じこもらず先生と話してるのは偉いと思うよ。でも、無理してほしくないの。怖いって思いを隠さなくていいし、もっと誰かに頼って欲しいんだ。』
その言葉は、暗闇にいる私にとって一筋の光だった。
「空、ありがとう。本当にっ、……。」
今日、体にあるすべての涙を流しきってしまおう。
そして、明日また笑顔で学校に行こう。