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「――買い出しと言っていたはずだが? なぜ、こいつがいる」
「吾輩は、コック長にお遣いを頼まれたんだぞ。たまたーま、行き先が一緒なんだぞい」
「クソ……」
雲一つない晴天、晴れやかな風が吹く王都。だが、不機嫌なデカいワンコはそれはもう、俺不機嫌ですと顔に張り付けて歩いていた。
フリフリのメイド服を着て、俺の隣を歩くツェーン。そして、俺の右隣、車道側をゼロは歩いていた。
俺を挟んで会話しないでほしい、そう思いながらも、口をはさんで、お前は黙ってろと言われたらいやなので、口を挟もうにも挟む勇気がなかった。
本当に相性が悪いなと、俺はツェーンを買ったのは失敗だったのではないかと思っていた。だが、ツェーンが演技にしろ、何だったにしろあの劣悪な環境に閉じ込められ続けられていたら……そう考えたら、やはりあそこで買ったのは間違いではなかった気がするのだ。あれに間違いもくそもないのかもしれないが。
その結果、ゼロの機嫌を損ねて、ポメ化してしまう回数を増やしてしまったのは、ゼロに申し訳ないが。
「まあ、まあ。ゼロ。仲良くしろとは言わないが、お前だけは起こさないでくれよ」
「何故、俺だけに注意する。さては、主、こいつの見た目に騙されているな?」
「いや、何で……」
ゼロはツェーンを睨みつけたが、ツェーンはまったく気にしていないように鼻歌を歌っていた。ゼロが狼だったとしても、ツェーンはライオンの獣人だから怖がらないのだろうか。そういう問題ではない気がしたが、図太いツェーンには俺も同声をかけるべきか迷ってしまう。
屋敷に馴染んでいるようだし、いまさら追い出すの気が引ける。遠回しに自由に生きるのもいいんじゃないかといったとき、ここがいいときっぱり言われてしまったから、もう言うことは何もなかった。ツェーンも、屋敷の奴らも彼のことを気に入った。俺への信頼はまだまだ薄いものだが、ツェーンはそんな障害なくすぐにも仲良くなってしまったのだ。元が、奴隷だったからそういう境遇を憐れんでみんなの警戒もそこまでなかったのだろうと思う。
「とにかくだ、主。主は、俺だけを見ていればいい」
「だから、なんでお前だけを見てる必要があるんだよ」
俺の胸ぐらをつかむ勢いで迫って、ゼロはそういった。なんで機嫌がそんなに悪いのか俺にはさっぱり理解できない。もちろん、ツェーンがいるからというのが一つの理由であったとしても、ずっと不機嫌なままだった。機嫌をとろうとあからさまに距離を詰めれば吠えられるし、とても世話の焼けるポメだと思う。
(こんな、デケェポメいねえけどな……)
はあ、なんてため息をついていれば、目の前にずいっと甘い何かが差し出された。見れば、真っ白なホイップと、暖かな色のカスタードに真っ赤なイチゴが乗ったクレープをツェーンが俺に差し出していた。
「旦那、甘いもの嫌い?」
「い、いや。嫌いじゃない。けど、どしたんだよ。それ」
「吾輩、お小遣いもらったんだぞ。それで、甘いものかおーってなって。あそこから連れ出してくれたお礼」
と、ツェーンは食べてというように俺に差し出した。
上目遣いに、緩く結ばれたムの字の口。ライオンの獣人とは言えど、こうやってかわいいしぐさに、かわいい言葉をかけてくれれば本当にただかわいい獣人なのに。一人称が吾輩で、雄で、語尾がぞいとかぞとか、あとはライオンの獣人でなければ。
いやいや、そんなこと思っているのは失礼だと俺は邪念を振り払って見せる。そして、善意で差し出されたクレープを前に、俺は一口もらおうかなと言って口をお顔を前に持っていく。だが、次の瞬間上に影ができて、パクっと誰かがクレープを食べたのだ。
「……ッ!? おい、ゼロ!」
「毒味だ。主、騒ぐと注目を集めるぞ」
まったく悪気がないというように、ゼロはツェーンが俺に差し出していたクレープを一口食べていた。しかも、一口がかなり大きいのでなんだかショックが大きい。ゼロだって、別に甘党じゃないだろうに。見れば、彼は見た目に会わず、その口元に生クリームをつけていた。気づいたら長い舌でべろりと舐め上げて、ふんとまた鼻を鳴らす。
一体何がしたいのか見えてこない。嫌がらせにしては、あまりにも幼稚だし。
ゼロに、注目されるといわれ、俺は怒鳴ることができなかった。奥歯をかみしめて鳴らすことくらいしかできず、ゼロの威嚇なんかよりもよっぽどしょぼくゼロを睨みつけることしかできなかった。
「せっかく、ツェーンがくれたんだぞ。自分のお小遣いだって、それで俺に……」
「そんなに感情的になることか? 毒味だといった。この下種が、主を殺そうとしているかもしれないだろう。甘いフェイスで近づいて、主の命を」
「ツェーンが? まさか」
俺はツェーンを見た。ツェーンは何のことやらと目を丸くしており、弾かれたように首を横に振った。
確かに、ツェーンは顔はかわいいけれど、そんなことをするタイプではない。それに、恨みを買うようなことはしていないと思う。もし、仮に恨まれているとするのなら、それは奴隷としてツェーンを買ったことだろう。だが、ツェーンは逃げようと思えばいつでも逃げられるような感じだし。ライオンの獣人だから、俺なんてとるに足りない存在だろう。
決めつけで、ツェーンを悪者にするのはよくないと思うのだ。
だからといって、毒味だって間違えじゃないわけだし。ここで、ゼロを責めて面倒になることだけは回避しなければと、俺はゼロをなだめるように言う。
「まあ、ゼロの言っていることは間違いじゃないと思うけどな。ゼロは心配性だなあ、も~」
「……別に心配などしていない。主が死ねば、呪いが解けるかもしれないしな」
「はあ!? 酷くね!? さっきと言ってること違うじゃんかよ」
ツンとした態度をとったゼロに、俺は抑えていた怒りが爆発した。それをぶつければ、自分のせいじゃないというようにそっぽを向くゼロ。
「はは~ん、ポメの兄貴は嫉妬してるんだな。吾輩に」
そう、口を開いたのはツェーンだった。ニマニマとこちらを見て、楽しそうに口元に手を当てている。嫉妬と自分の感情を称され、ゼロは青筋を立てながらツェーンのほうを見た。
ポメの兄貴なんていう呼び名には一切触れていなかったが。
「嫉妬だと?」
「だって、そうだぞ? 吾輩に、旦那がとられちゃうんじゃないかーって心配しちゃったんだぞい?」
「なわけないだろ。それに俺は、こいつのことそんなふうな目で見ていない。アンタこそ、主に色目使ってるだろ。雌ライオン」
「吾輩は正真正銘の雄だぞ。そういう、ムキになっちゃってるところが、動かぬ証拠ってやつだぞい」
くすくすといって、さらにゼロを煽り散らかすツェーン。ゼロは、腰に下げていた剣を今にも引き抜きそうな勢いで怒っており、俺はこれ以上ツェーンをしゃべらせたらいけないと、彼の口をふさいだ。それを見て、またゼロの気が立つ。
何をしても逆効果な気がして、だったらもう帰りたいとさえ思う。頭が痛い。
「ほほほ、ほら。ツェーン。お遣い頼まれてたんだろ。日が暮れる前にいけよ。暗くなったら危険だからな」
「まだ正午だぞ。旦那」
「うう~ん、まあ、そうだけど、な! 屋敷のみんなが心配するし」
ゼロのほうをちらちらと見て言えば、わかったというようにツェーンは納得してくれた。話の通じるやつでよかったとつくづく思う。俺は、ほっと息をつく。だが、次の瞬間また予想外のことが起こった。
ふにっと何か温かいものが頬にちゅっと音を立てて押し当てられ、そして一瞬のうちに離れた。ツェーンに、いわゆるほっぺにチュ! されたと気づくには、彼が俺に背を向けて走り見えなくなってからだった。
「おい、主」
そんな、ツェーンとは真逆にかわいくない声が俺の耳を貫く。その声に引き戻され、俺はゼロのほうを見た。やはり不機嫌で、その眉間にはしわがよっている。もうこれがデフォルトだとさえ思う。
「どうしたんだよ。ゼロ。また、眉間にしわがよってるぞ」
「あの下種に鼻をのばしていた主に言われたくない」
「お前さあ、下種とかいうのやめようぜ。獣人って差別しているようなもんじゃん」
「……そういうつもりはない」
「とにかく、仲良くしてくれないと困るんだよ。俺の胃が」
胃薬を頼むにもいろいろと理由がいるだろうし、胃薬が欲しいのは悪役令息だったころの俺の世話をしてくれていた使用人たちだろうし。
ゼロは、返事をせずにツェーンが歩いていった方向を見つめていた。気に食わない人間の一人や二人いてもおかしくない。ただ、俺の前では無理にでも仲良く……できなくとも、それなりの距離感で接してほしい。見ているほうの胃がキリキリするから。
「主はああいうのが好みか?」
「はあ? 好みって」
「俺は、別に気にしない。主が男を好きだろうが、年齢詐欺している合法ショタが好きだろうが。俺には関係ない」
「いやいや、つか、今お前なんて言った?」
合法ショタ? そんな言葉、ゼロが知っているのか?
俺は、言葉に引っかかりつつも、何か勘違いしていないかとゼロを見る。
「俺は別に、男が好きとかそういうんじゃないからな!」
「違うのか?」
「違うって。てか、いつそんな要素あったよ」
「……この間のパーティーのとき。主は、王太子とその隣に歩いていたやつを眺めていた。ツェーンとは似ても似つかないが、あいつもかわいい顔をしていただろ?」
あ、と俺は思わず言葉が漏れた。ネルケのことを言っているのだろう。
本来であれば、ラーシェ・クライゼルが好きになる相手であるから。俺がそういうふうな目で見ていると勘違いしたに違いない。どうにか、訂正しようとしたが、なぜか言葉が詰まって出てこなかった。
「別にどうでもいい。だが、俺にはそういう感情を向けるな。そういう目で見るな。迷惑だ。俺も別に男が好きなわけじゃない。それに、俺がアンタといるのは、アンタに呪いを解いてもらうためだ。約束を守ってもらうため」
「わかってるつーの……」
それでも、なぜか突き放されたようなその言葉に胸が痛んだ。
俺にとってゼロは別にそういうのじゃない。好きなわけでもない。ただ、目の前にはっきりと見えた心の壁にまたぶち当たって、自分のせいだってわかりつつもへこんでしまう。そんな自分が情けなくて、どうしようもない。
俺は気を紛らわせるために、ゼロに行こうとだけ言って彼に背を向け歩き出した。