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ちろりーぬ
164
なーさん。です
200
カラーガードの練習
咲茉たち吹奏楽部の生徒は、野球部の応援を終えてひと息つく間もなく吹奏楽コンクールに向けての練習で大忙しだ。咲茉は昨年、課題曲も自由曲もパーカッションパートのメンバーとしてコンクールに出場したが、今年は課題曲をフルートで、自由曲はまたパーカッションでステージに乗った。
結果、今年の森ノ宮学園高等部の吹奏楽部は初めて金賞を獲得し、帰りのバスの中でも部員たちは大はしゃぎだった。
吹奏楽コンクールが終わると、次は体育祭のマーチング練習だ。しかも今年は、ただ全体の入場行進や部活動紹介の入場行進だけでなく、1つの種目としてマーチングを披露することになり、その練習でもてんやわんやだった。
今年も吹奏楽部員が完全防備でグラウンド練習に出てくる。そこには時々、大きな旗を持った部員が数名。彼らは入場行進では各々の楽器を演奏しているが、種目としてのマーチングの際には旗を振ったり踊ったりする“カラーガード隊”として華を添えるのだそうだ。
「お疲れ様〜!」
「今日もお世話になりました…」
拓馬と数馬の母、奇凛の母が子どもを迎えに来た。
「あっ、先生たち。お疲れ様です!」
「ままーっ!」
「まま…」
「まま、おかえりなしゃい!」
子どもたちが勢いよく母親に飛びつく。
「あれ?今日は高校生は竜一くん1人?」
「はい。狼谷も結城さんもそれぞれの部活のほうに出てて」
「そっか〜。…竜一くん、エマちゃんは身体痛めたりしてない?そういう話聞かないかな?」
「えっ?」
咲茉はマーチングの練習とドラマの撮影で、最近彼女が帰宅するのは竜一や虎太郎が森ノ宮邸に帰ってきたその1〜2時間後だ。夕食は一緒に食べられないことのほうが多いが、課題は時々一緒にしている。身体のどこそこが痛いとか、そんな話は聞いていない。
「エマちゃん、カラーガードになったでしょ?カラーガードって、技術の高さはもちろんだけど身体の柔軟性がものすごく大事なのよね。吹部の子たちに頼まれて柔軟体操とか小物使いの練習も見てあげてるんだけど、エマちゃんもとっても頑張ってて」
「そうなんですね。華やかに見えてその裏では大変な思いをしてるなんて知らなかった…」
そこへ、帰る子どもたちの連絡ノートを持った兎田がやって来た。
「あー、そういえば、俺がここの在学中、身体の硬い子がカラーガードを志望して、入れたのはいいけど柔軟がめちゃくちゃ痛くてわんわん泣いてたことあったな〜」
「えっ…」
話を聞いて青ざめる竜一。高校生が声をあげて泣く程の痛みとは……。
「エマちゃん、身体は全然硬くないの。寧ろ柔らかいほうに入るんだけど、もっと柔らかくするって言ってすんごくストレッチ頑張っててね。でもあんまりやり過ぎると筋を痛めちゃったりすることもあるから心配してるの」
「そうなんですか…」
「結城さんのことは…、私も気に掛かっているの……」
今度は奇凛の母だ。
「ドラマの撮影の為に演技指導をして欲しいって言ってきてくれて。でも私が訂正してお手本を見せる必要が殆どないくらい、とても自然で素敵な演技をするの。…ただ、熱心なのは素晴らしいと思う反面、頑張り過ぎじゃないかと心配な気持ちもあって……」
驚いた。咲茉は授業や部活や撮影と、演技の練習も同時に進めていたらしい。
「…確かに、身内の贔屓目無しにしたとしてもエマちゃんめちゃくちゃ演技上手いッスもんね〜。そりゃエキストラからレギュラーにランクアップするわってくらいに」
咲茉が出演するドラマを欠かさずチェックしている兎田も頷く。
「エマちゃんすんごい頑張り屋さんなんだけど、適度に息抜きもして欲しいって、竜一くんからも言ってあげてくれるかな?」
「私からもお願い…」
「分かりました!結城さんのこと、ちょっと気をつけて見ておきます!」
竜一の返答に、母たちは安心したように微笑んだ。
次の日。辺りが大分暗くなった頃。子どもたちを兎田や隼に任せて保育ルームのゴミ出しに行っていた竜一。その帰りに校舎裏から不可解な音が聞こえてくるのに気付いた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ…
ガランッ
何の音だろうか。前者は規則的に、後者はバラバラのタイミングで聞こえてくる。
「…!結城さん……」
そっと覗いてみると、咲茉がカラーガードで使う大きな旗を持って1人で練習していた。
旗を振り、ターンして、投げて、キャッチして、時々落としてしまって。同じ動きを何度も何度も繰り返している。
『…はあ……』
大きな溜め息が聞こえた。
「結城さん」
『あ、鹿島くん』
こちらを見た咲茉は汗でびっしょりになっていた。
「カラーガードの練習?」
『うん。難しいとこがあって。鹿島くんはどうしたの?』
「俺はゴミ出しに行ってきたところだよ。なんか音が聞こえたから見に来てみたら結城さんが練習してた」
『そっか』
タオルで汗を拭う咲茉。
「…結城さん。学校に部活に仕事で忙しいのに、加えてカラーガードの練習って大変だよね。頑張り過ぎないで欲しいって、狸塚先生と熊塚先生が心配してたよ」
『…ん、まあ…。きつくないって言ったら嘘になっちゃうけど。どれも中途半端にはしたくないから…』
「そうかもしれないけど……」
『今練習してるとこがね、いつもタイミングが合わなかったりフラッグを落っことしちゃったりするの。苦手な部分は一刻も早く克服して平気にならないと、どんどん苦手意識が出てきてその部分が近付くにつれ失敗のイメージが湧いちゃうから』
「そうなんだ……」
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ…
これはメトロノームの音だったらしい。この音に合わせて咲茉が練習を再開する。
「おい、鹿島」
隼の声だ。
「あ、狼谷…」
「なかなか戻って来ねえと思ったら。ミイラ盗りがミイラになってんじゃねえか」
「ごめんごめん。…結城さんが1人で練習してるの見つけてさ」
「あー…」
隼も竜一の視線を追って咲茉を見る。
一連の流れを練習してから、咲茉が隼に気が付いた。
『あれ?狼谷くんもいる』
動き過ぎて頬を紅潮させ息を切らした咲茉。一旦メトロノームを止めに来る。
『どうしたの?』
「鹿島がゴミ出しから戻って来ないから見に来たんだよ。ミイラ盗りがミイラになってたわ 」
「ごめんってば」
2回もミイラと言われ、竜一が苦笑いする。
『…鹿島くんは心配して見守ってくれてたんだよね』
「あっ、えっと……。うん…」
『“無理しないで”って思ってくれてるんだよね。分かってるの。でもやっぱりできない自分が許せなくて』
ブンッ
くるくるくる
ガランッ
上に投げたフラッグが数回回転して落ちてくる。それを咲茉がキャッチし損ねて地面に落としてしまう。
『カラーガードはべつに自分から立候補したわけじゃないの。人数が足りないからって推薦されて。しかもソロで動くとこあるし。断れず仕方なく引き受けて、大変な思いをするのは分かってるんだけどね。結局自分で自分の首を絞めてるだけ』
「結城さん…」
『でも、やるからには完璧にしたい。ドラマのお仕事だってそう。カラーガードも。みんなの足を引っ張るのはごめんだから。他の人が10回連続で成功することは、自分は50回やっても100回やっても成功するくらいまで仕上げなきゃって思うの。本番は1回しかないんだし、失敗して悪目立ちしたくない』
話しながら、また空中にフラッグを放る咲茉。
「…負けず嫌いの完璧主義かよ」
『そうだよ』
咲茉がフラッグをキャッチして、にっ、と笑って見せた。
「汗がすげえぞ。一旦水飲めよ」
隼がそこに置いてあった咲茉のペットボトル飲料を差し出した。
『あ、そうだね。熱中するとお水飲むのも忘れちゃうんだ』
「普通に危ねえだろ」
「そうだよ。ちゃんと飲まないと」
『はーい…』
汗を拭って水分補給する。
「結城さんが頑張り屋さんなのはすごくいいことだけど、やっぱり心配だよ。適度な息抜きも必要だって、先生たちも言ってたよ」
「手ぇ抜けとは言わねえから。根詰めてやったってそれが必ずしもいいとは限らねえだろ」
『…うん、そうだよね』
2人の言葉に咲茉も素直に頷いた。
『…よし、次で今日の練習は最後にする。成功しても失敗してもそれで終わり。2人はまだ保育ルームに戻らなくて大丈夫?』
「どうせ次で最後にすんだろ。見届けてから戻るわ」
「うん、俺も」
『そっか。ごめんね。ありがとう。…じゃあ、最後の1回集中してやりますかね』
そう言って、咲茉がスマホで音楽を鳴らした。本番の曲の合奏を録音してきたらしい。
フラッグを上下左右に振り、回転させ、投げて、ターンして、キャッチする。今度は上手くいった。
「やった!成功した!」
目を輝かせる竜一。
『できたー!』
咲茉も嬉しそうに笑って竜一とハイタッチしている。
「よかったじゃねえか。最後の最後で成功して」
『うん!でもまぐれかもしれないからまた同じとこ練習しなきゃ。もう1回ちゃんとできるか試したいけど、今日はこれで終わりって決めたから』
「そうだね。もうかなり暗くなってきちゃったし、そろそろ先生たちもみんなのお迎えに来る頃だろうから。結城さんも一緒に帰ろ」
『うん!片付けてくるね。2人とも、付き合ってくれてありがとう!』
汗を拭い、フラッグを纏めて、咲茉は部室へと駆けていった。
ミイラになってしまった2人のミイラ盗りもようやく保育ルームに戻り、弟たちと帰る準備に取り掛かる。そして、片付けを終え制服に着替えた咲茉と合流して、すっかり暗くなった道を並んで歩いて帰った。
つづく
コメント
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第20話、読み終えたよ🌙 咲茉ちゃん、ほんとに頑張り屋さんすぎて胸がぎゅっとなる……。カラーガードの練習、一人で何度も旗を投げては落として、それでも「やるからには完璧にしたい」って言う姿、めっちゃかっこいい反面、無理してないか心配になっちゃった。竜一くんと隼くんがちゃんと気づいて見守ってるのが優しくて、最後に成功したときの「できたー!」にはこっちも笑顔になったよ🤍 阿部まりあさんの描く、頑張る女の子の繊細な心の動きがすごく好きです。続きも静かに読みますね🌙