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「あ~今日も終わった、終わった。おい、明智、また勉強教えろや」
「それが、人にものを頼む態度か……はぁ、でも言うだけ可愛い方か」
「だろ?」
午後の授業も受けきり、夕食を食べこれから就寝まで勉強会を、と俺達は並んで廊下を歩いていた。教官達とすれ違えば一列になって挨拶をする。ここに来て、そういう習慣が身についた気がする。
鼻につくヤツだなと思っていた明智は、以外と優等生で、そこが堅物真面目……なんだが、悪いヤツじゃないと分かってからは打ち解けるのは早かった気がする。
以外と負けず嫌いなところとか俺に似ていたし、空も懐いていたからただ此奴は本当に不器用なだけなんだと、と分かった。
まあ、それからは俺と空の餌みたいになったわけだが。すげえ絡みやすいヤツだった。
「つか、空お前本当に小食だな。ちゃんとくわねえと、伸びねぇぞ?」
「でも、ミオミオお腹空いてそうだったし」
「俺の事はいいって、食べろよ。倒れても知らねえぞ」
「いいや、本当にお腹空いていないだけだから」
と、空は両手と首を横に振っていた。
空の小食は子供の頃から知っていたし、そういう奴だって言うことは分かっていたが、決められた量の飯を俺によこすところを見ると本当にいつか倒れてしまうんじゃないかと思った。栄養が身体にまわらなければ、筋肉もつかないだろう。それをネタに、背が伸びないと言えば決まって同じような反応をしたため面白かった。そんなことを思い出しつつ、明智の方を見た。
「明智はその点、偏食しねえよな」
「まあ、栄養が考えられているこの学校の飯に関しては何も言わねえけど。あーでも、彼奴は刺身が嫌いだったか」
「彼奴?」
そう俺が聞き返せば、明智は慌てて「こっちの話だ」とはぐらかした。そういえば、授業が始まった一日目の昼食時に、恋人がいると聞いたことがあったと、今になって思い出した。その明智の言う「彼奴」とはきっとその恋人のことを指しているのだろうと察する。
可愛いところもあると、ニマニマ見ていれば、気づかれたと思ったのか明智は顔を赤くしていた。ウブだなあ、とつくづく思う。
俺は、隣を歩く空を見ながら目を細めた。
(明智の恋人は「幼馴染み」らしいじゃねえか。俺達も、そういう未来があるのか?)
スッと空の手に伸びていた自分の手を引っ込めつつ、俺はそんな未来は訪れるわけないと首を横に振る。
俺はそもそも、そういうことまで望んでいない。今の関係が崩れるぐらいなら、「親友」であることを選ぶ。そう決めたんだ。たった三年離れているだけでも胸がはち切れそうになったんだ。だから、考えたくもねえけど――――
「ミオミオどうしたの?」
「んあ!? 何でもねえよ」
「わぁ、キショい声」
声が裏返ったというか、喘ぎ声みたいになってしまい、空は勿論明智にも引かれてしまった。
空が心配そうに見てきたため、何事もなかったかのように振る舞うが、変なものを見るような目で見られたのは言うまでもないだろう。
だが、今はそれでいいと思う。
今の関係を崩さないためにも、俺が我慢すればいいだけの話だ。俺は今考えていたことは絶対に口にしないと決めつつ、胸元に違和感を感じ、服を撫でると制服の第二ボタンがなくなっていることに気がついた。
「ない……」
「何がだ? 高嶺」
「だから、ねぇんだよ」
「え? だから、何がないのミオミオ」
「制服の第二ボタン!」
俺がいきなり声を出したものだから、二人して肩を大きく上下させ、驚いていた。
しかし、二人の反応にいちいちリアクションを返している暇などない。第二ボタンがどこにもないのだ。確か、昼休みまではあったはずだ。それから、ずっと……いいや、誰も制服の第二ボタンがなくなったなど気がつかないはずだ。
だが、俺は顔面蒼白になって二人をガタガタと見つめていた。俺は、怒られるのが嫌いだ。
「な、なあ……黙ってたらバレないよな」
「いいや、行ってこい。高嶺。一つのミスが、団体の行動を乱す原因になるんだ」
「……バレなきゃ」
「行ってこい、高嶺。お前のミスだ」
明智にいい方法はないかと助けを求めたが、彼は元より真面目だったことを思い出し、助けてくれるわけもなかった。助け船をと、空を見ても苦笑いをするばかりで、俺は逃げられないことをさとる。
言わなきゃバレない、そんなところバレない、と取り敢えず逃げ道を探すが、ここで報告しに行かなければ確実に怒られることが目に見えている。いや、いったとしても怒られるし、周りに迷惑がかかるのは十分承知の上だが……
「お、怒られる……ッ」
「高嶺」
「わかった、わーったよ、いってこればいいんだろ! クソォ……」
明智の睨みなど可愛いものだと思った。警察学校の教官は、高校時代の陸上の顧問よりも百倍怖い。明智の言う通り、一つでも行動が遅れたら全体が乱れてしまう。それは分かっている。
「ああ見えてね、ミオミオ怒られるのすっごく苦手なんだ。オレも何だけど、ほんと大人から怒られるのが苦手で、ああやって駄々こねて子供になっちゃうの」
そんな空の声を聞きながら、俺は大きく息を吸い込み、覚悟を決め二人に頭を下げて教官の元へ向かった。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫……いいや、逃げてえ!」
心の声は、表に出てくる。
冷や汗が止らない。ガタガタと震える足は止めようがなかった。この年になって、何をびびっているんだという話になるが、俺は空のいったとおり、大人に怒られるのが大の苦手だった。皆誰しもそうだろうが、いつまで経ってもこれに関しては子供のままだと思う。失敗を隠蔽しようとする。だが、警察学校ではそれは許されない。言わなきゃもっと怒られるのが目に見えているからだ。
姉ちゃんと教官、どっちが怖いか。いや、どっちも怖い――
俺は、これ以上先延ばしにするわけにはいかないと、背筋を伸した。
「――失礼いたします。教官!制服の第二ボタンをなくしてしまったため、報告に参りました」
もたもたしている間にも時間は過ぎていく、俺は震える手で扉を開けギュッと拳を握った。
「わ~ミオミオ泣いてる。ウケる~」
「っ……うっせ…………」
夜の暗闇の中、ライトを片手に俺達はグラウンド、校内をと周り取れた第二ボタンを探して歩いていた。
あの後、結局みっちり叱られ、校内放送にて俺のボタンが紛失したから探すようにと同期の仲間や他のクラスの奴にまでその捜索命令が出された。大体は、同期含め全生徒は名前と顔が一致する奴らなばかりなため、俺を見るなり「お前かああ!」といった感じに無言の睨みを利かせてきた。肩身が狭くなり、早くボタンを探さなければと焦って、階段から転げ落ちたりもした。
兎に角悲惨だった。
「警察は一つのミスも許されない。それが団体行動を乱す原因にもなる。現場であれば、犯人を取り逃がす、人質に危害が及ぶ」
「分かった、分かった。明智の真面目ちゃんは分かったからぁ……」
そんな感じで声が裏返りながら言えば、さすがの明智も呆れたのか「泣くな」の一言の後、俺の為に必死にボタンを探してくれた。
本当に迷惑をかけたと思っている。だが、第二ボタンなど取れてもいつ取れたかなんて気がつきもしないし、何処で落としたのかも全く身に覚えがない。それなのに、どう探せばいいのだというのだ。
「確か、お前剣道の後はまだ制服にボタンついてたよな……?」
「ああ? 覚えてねえし」
「俺の記憶が正しければついていたはずだ。それに、そんな簡単には取れないだろう」
と、明智は何かを推理するように口元に手を持ってき、人差し指を軽く咥えた。
明智は洞察力に優れているし、記憶力も俺達とは比べものにならない。さすが成績トップ優秀者なだけあると思った。普通なら、そこまで周りに気を遣っていないだろう。自分の事で手一杯だ。
「購買に行く前……教官に挨拶するために、廊下の端に寄ったときか。あの時、歩き始める前に颯佐とじゃれてたよな?」
「あ? そうだったか?空」
「多分……あー何か、ミオミオ絡んできたきがする」
「その時、ドアノブに服引っかけてただろ。なんでああなったかは知らねえけど……お前、あの時飯のことしか考えてなかったみたいだから、その時はずれたのかも知れねえな。となると、二階の階段付近、あの教室の前だろう」
明智はそう言うと、方向転換しついてこいとでも言うように歩き出した。
俺達は黙って後をついていくことにする。本当に良く覚えていると思いつつも、明智には感謝しかなかった。
明智が言った通り、確かにあの時は空とふざけて肩を組んで、バランスを崩してどっかの教室のドアノブに変な風に服が引っかかった気がした。きっとその時に外れたのかもしれないと思うと、余計申し訳なく思えてくる。あの時、気づいていればこんなことにならなかっただろう。まあ、手先が器用な奴がいて縫ってくれなければあれなのだが。
しかし、明智はこんな夜遅くまで付き合ってくれるあたり(強制的に付合わされているのもあるが)、俺の事を少なくとも心配してくれているのだろう。
「あり……がとな、明智」
「は? 聞えねえ」
「だから、ありがとだっつってんだろ!? 耳つまってんのか!?」
「夜に大声出しちゃダメだよ、ミオミオ」
俺は、空に宥められつつも、明智の背中を追いかけた。ちらりと見えた明智の顔は、嬉しそうで、結局俺の感謝の言葉は聞えていたんだろうなと思った。二回言わせる辺り趣味が悪いと思う。だが、本当に感謝している。
そして、二階の階段を上がり、俺達が夕方歩いた廊下の隅の方で第二ボタンが見つかった。少し誇りかかっており、軽いそのプラスチックの素材は吹き飛ばされやすいんだと思った。もし、掃除があったら捨てられていたかも知れないとヒヤヒヤした。
俺はホッとして、その場にしゃがみ込む。
見つかった第二ボタンを握りしめ、俺は立ち上がりそれを二人に見せた。
「あった」
「良かったな、高嶺。これで、泣かずに寝られるな」
「うっせぇし、泣いてねぇよ!」
ニヤニヤとしながら言ってくる明智に対し、俺はムキになって言い返す。すると、空はそのやりとりを見てケラケラと笑っていた。
なんだか恥ずかしくなり、誤魔化すように咳払いをして、ズボンについた埃を払う。
ボタンも見つかり、俺達は教官の元へ戻り、頭を下げた。教官は俺の姿を見て、次からはないぞと圧力をかけ就寝時間が過ぎるから部屋に戻るようにと強く言われた。あの教官、俺の事嫌ってるんじゃないかと思うぐらい恐ろしい目つきをしていたため、俺は夢に出てきそうだなあと思いながら、二人が待つ部屋に戻った。
「おーい、戻ったぞって、電気消えてんじゃねぇか」
部屋に戻れば、いつもより就寝時刻が遅くなったため、完全に電気を消して各自のベッドに入り寝ている二人の姿が見えた。暗闇には目が慣れている方で、空も明智もしっかりと定位置で寝ている。空は二段ベッドの上だからはっきりとは見え無かったが、時々寝返りを打つ音が聞えた。ベッドが狭いためによく壁にぶつかるのだ。
「ふぁあ……俺も寝よう」
俺は、先ほど不器用ながらに縫い付けた制服を脱いでハンガーに掛ける。
この学校に入ってからは、規則、規則、規則、規則とやかましいが、慣れてくればそこそこに楽しいと思う。怒られるのは別として、空と明智がいるのは本当に心強いというか、楽しい感じがした。
ギシィ……とスプリングの音がうるさいベッドの上で寝転びながら、俺は再度欠伸をする。
早起きは慣れているが、少しはゆっくり休みたいものだと、俺は目を閉じた。瞼には黒い闇が広がった。