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夜明け前の薄闇の中、ランドルフ公爵家の屋敷は息を潜めるように静まり返っていた。その中央にある“閉ざされた塔”――そこが、セレナの住む場所だ。


彼女は窓辺に立ち、まだ青い空を見上げていた。

手袋越しに握りしめた指先から、黒い霧のような魔力がわずかに漏れ出す。


「……また、抑えきれない」


彼女の吐息は白く、部屋の空気は凍るほど冷たい。

魔力は喜怒哀楽に反応し、制御を失えば周囲の生命を吸い尽くしてしまう。

そのため、公爵家の者は誰一人として彼女に近づこうとしない。


――コン、コン。


扉を叩く音。

セレナの瞳がわずかに揺れた。


「セレナ、おはよう。入ってもいいか?」


聞き慣れた声。

扉の向こうに立つのは、唯一この部屋を訪れることを許された人物――ルシアン王子だった。


「……どうぞ。けれど、あまり近づかないで」


「わかっているよ。君を傷つけるつもりはない」


彼は微笑んだが、その表情の裏に痛みが走るのを、セレナは見逃さなかった。


「予言が下されたんだ」

静かな声でルシアンは言った。

「“黒薔薇によって王国は沈む”――と」


その瞬間、セレナの胸がひどく強く脈打った。


わたしのこと……?


そう思ったが、声には出さない。

出せば、魔力が暴れる。


ルシアンは続けた。

「だから君を守りに来た。誰よりも早く、君に伝えたかった」


その瞳はまっすぐで、決して彼女を疑っていない。

だがセレナは分かっていた。


――彼は、王子としての使命を背負っている。

――そしてその使命は、いつか私の命を奪うことかもしれない。


それでも。


「来てくれて……ありがとう、ルシアン」


微笑んだ瞬間、黒い魔力が周囲を包み、床に落ちていた白薔薇が音もなく枯れた。


二人は言葉を失った。


王国崩壊の運命は、すでに静かに動き始めていた。


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