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洋風の白い木枠の窓に小雨が降っている。蒼井 真希《あおいまき》は自然風景を主に撮るフォトグラファーで数年前、田畠が続山間《やまあい》の鳥越村《とりごえむら》に一人息子と共に移住した。
「あっ、あっ」
緩んだ臀部に引き締まった肌が前後し、喘ぎ声は次第に激しく息遣いは荒くなった。女の手はベッドのシーツを皺が寄る程に掴んだ。
「た、拓真」
「・・・・」
パンパンと下腹が打ち付けられ女の身体は前後した。
「あ、あ」
女は腕を伸ばしてシーツの波を掻き分け、枕元に設置してあったカメラを録画モードから撮影モードへと切り替えた。カメラのファインダーを覗き、腰を振り続ける若い男の顔を見上げた。
「いい顔、良い顔よ」
カメラの革のストラップが前後しシャッター音が続いた。
「くっ」
眉間に皺を寄せ口元が醜く歪んだ。
「たく、まっ」
女はカメラのレンズ越しにその若い男を拓真《たくま》と呼んだ。
カシャ
カシャ
カシャ
「いい、その顔、堪らないわ」
結合部分に体液が滴る。
「・・・んぅ!」
若い男は腰を震わせると身体を仰け反らせ女の膣内から萎んだそれを抜いた。シャッター音が続く。
「今夜も、良かったーーぐぅっ!」
満足げな声が一瞬にして人間のものでは無くなった。蟾蜍《ひきがえる》が車に踏み潰された音に近かった。
ゆっくりと振り向く。
「蒼井先輩」
「佐原、さん」
そこには少女が茫然となり見下ろしていた。窓ガラスに激しく雨が打ち付け始めた。
土砂降りの雨、白々と明ける夜は青い朝を連れて来る。シャベルを手に雨合羽を羽織った袖から見え隠れする制服のブレザー、校章が刻まれた金色のボタン。息を切らし涙を流す少年に雨は容赦無く打ち付けた。
「おまえも手伝えよ!」
「で、でも」
「佐原!」
掘り返す泥は腕に重く、ガクガクと膝が震えた。
「佐原!」
茶色く染まったタータンチェックのスカートから伸びる白く細い脚、くるぶし丈の紺色の靴下はびしょ濡れで合皮のローファーはガポガポと音をたてた。
「佐原、|佐原 青《さはらあお》!」
「せ、先輩」
「青、しっかりしろよ!」
ドス黒い赤が点々と染み付いたブラウスの袖が青いビニールシートを雑草の中から引き摺り出し、それは太い線を作った。
カァカァカァ
覆い被さる黒い雑木林を照らす灯りは懐中電灯がただ一つ、その傍らには革のストラップが付いたカメラが落ちていた。
ーーーーーーー
「なぁ、おまえ最近なんだかおかしくないか?」
拓真の椅子の前に腰掛けたのは唯一無二の親友である羽場 勝己《はばかつみ》だ。彼はバスケットボール部に所属しダンクシュートを決める事に優れていた。拓真はその躍動感を切り取り作品《写真》にした。前回の<週間フォトコンテストユース部門>で入選を果たした作品も羽場勝己がゴールを決めたその瞬間を捉えたものだった。
「なにがだよ」
「上手く言えないけどさ」
「勝己の脳味噌は筋肉で出来ているからな」
「うるせえな、とにかくおかしい!」
「おかしいか?」
「ボーーっとしてるし、写真もおかしい」
「そうか?」
そう惚《とぼ》けながらも拓真にはその理由は分かっていた。《あの》土砂降りの夜、二人は越えてはならない一線を安易に飛び越えてしまった。
二人
もう一人は写真部部員の佐原 青 だ。
あの夜から 俺 は自身を封印した。
あの夜から 青 は息を潜めた。
「とにかく最近の拓真はおかしい!」
「はいはい、おかしい、おかしい」
「俺の写真、撮りに来ないじゃねぇか!」
「もう飽きたんだよ」
羽場勝己はしなを作って上目遣いに見た。
「酷いわ!もう私に飽きただなんて!」
「気持ち悪ぃから止めろよ」
「とにかくおかしい!青い花の写真ばっか撮りやがって」
「おかしいか」
「気持ち悪ぃよ」
真剣な表情で机に肘を突いた。
「そうか」
「なんか暗い、おまえそんな陰気な奴だったか?」
「真実の俺が開花したんだよ」
「なんだよそれ!厨二病かよ」
そう笑いつつも心の中には雨合羽から滴る雨が水溜りを作っていた。
ーーーーーーーーーー
「ねぇ、 青 ちょっと変わったね」
昼の掃除時間、清掃モップを片手に体育館の床を走り回りながら、 青 の唯一無二の親友、大崎 奏《おおさきかなで》が振り向いた。演劇部らしく秋の天気のように表情がころころと変化しとても快活だ。
「そうかな」
「青 、三年の蒼井先輩に告白したんだって?」
「誰から聞いたの」
「風の噂ってーーー本当に告白したの!?」
写真部部長の蒼井拓真の顔面偏差値は金沢高等学校の五本の指に入ると言われている。やや神経質そうな面立ちはどこか掴みどころがなく謎めいて見えた。
「うん」
「うんって、一年女子が三年男子に!勇気あるわね」
「そうかな」
「やっぱ美人は違うわ」
「そうかな」
「そこは違うって否定しなさいよ!」
大崎奏はモップの棒に顎を付けて 青 の三つ編みを掴んで引っ張った。
「正直に白状しなさい」
「なに」
「青、先輩とキスしたでしょう」
「なんでそう思うの」
「なーーーーーんか雰囲気が変わったのよね」
「そうかな」
そう誤魔化しながらも 青 はその変化の原因が何か分かっていた。《あの》土砂降りの夜、二人は越えてはならない一線を安易に飛び越えてしまった。
二人
もう一人は写真部部長の蒼井拓真 だ。
あの夜から 私 は自身を封印した。
あの夜から 彼 は自身を無くした。
(私が先輩の秘密を知らなければーーーーーー)
「で、もう写真は撮らないの?」
「写真?」
「写真部も辞めちゃったんでしょ?」
「もう写真は撮らないと思う」
大崎奏は 青 の手からモップを取ると体育館倉庫へと向かった。
「勿体なーーーい」
「もう私は良いのよ」
そう微笑みながらも 青 の脳裏にはあの夜の淫靡な世界が横たわっていた。