蒼井拓真の自宅の裏には鬱蒼とした雑木林が広がっている。遠くに聞こえる小学校の下校時間の校内放送、黒いカラスがネグラへと帰りその頭上で慌ただしく羽ばたいていた。
「お邪魔します」
「どうぞ」
コテージの室内には暖炉があり、灰の中に火かき棒が刺されている。拓真と 青 は学生鞄をソファに置き、制服のブレザーをロッキングチェアに無造作に掛けた。
ギィギィ
繰り返し揺れるロッキングチェアの動きに合わせ、拓真の背丈ほどある柱時計の振り子が左右に時を刻んだ。静かな室内、廊下の奥には暗く閉ざされた部屋がある。扉の前には一脚の椅子が置かれサフランの花が一輪花瓶に活けられていた。
「 青 、出して」
「うん」
青 は制服のポケットからケースに入ったSDカードを取り出すと拓真の手のひらに乗せた。
「これで今月の写真は全部?」
「二週間分しかない」
「約束だろう!ちゃんと一ヶ月分撮れよ!」
「うん」
拓真は自分の一眼レフカメラを取り出すと、 青 から受け取ったSDカードをカメラ本体に差込み液晶モニターで一枚、また一枚とその画像を確認した。
「この細い花はなに」
「サフラン」
「あぁ、あの部屋の前の花と同じなのか、青くて分からなかった」
「良い出来だと思う」
「そう、だな」
拓真は吐き捨てるように 青 に問い掛けた。
「また、花言葉があるのか」
「ある」
「なに」
「《《過度を慎め》》」
「過度、なに、どういう意味」
青 は白いブラウスの襟から臙脂色のリボンタイを外し床に落とした。
「過度を慎め」
ブラウスのボタンを襟元から一個、また一個と外し始める。その姿を拓真はロッキングチェアに座り、組んだ脚に片肘を突いて無言で眺めた。
「サフランは沢山使うと感覚が敏感になるんだって」
細い指がブラウスの前をはだけ、袖を抜く。
「興奮」
「そう、興奮」
白い丸襟のブラウス、次にグレー系のタータンチェックの短いプリーツスカートが床へと落ちた。
カァカァ カァカァ
小ぶりの胸、華奢な腰を包んでいた下着は音もなく足元へと滑り落ちた。天窓から差し込むオレンジ色の光の中、全てを曝け出した 青 は無機質な声でそう呟いた。
「それで、 青 はどうするの」
「それは先輩が決めるんでしょう」
「そうだな」
拓真は 青 の細い腕を引き寄せると自身の膝の上に座らせた。
「サフラン」
「なに、黙れって」
「ーーー先輩のママは《《やりすぎたのよ》》」
この時期を境に拓真の|作品《写真》は印象が全く違うものになり、 青 の作品は<週間フォトコンテストユース部門>に出品される事はなかった。そして高等学校を卒業した拓真は多くのフォトコンテストであらゆる賞を獲得するようになった。