中村さんは親友であり朱里を好きだからこそ、いずれ二人がうまくいかなくなる事を予測しているだろう。
そこを突くと彼女は悔しげな表情をしたあと、さらに尋ねてくる。
『篠宮ホールディングスに入社したら、立場を利用して朱里に迫るんですか?』
『しない。そうできない理由がある。ちゃんと上司として朱里と君を見守って、適切な距離を保つ』
中村さんは、俺がのらりくらりと躱し、煽った挙げ句「近寄らない」と断言したので面食らったようだ。
彼女は疲れたように溜め息をつき、髪を掻き上げる。
『……篠宮さんが何を考えているのか分かりません』
『朱里に幸せになってほしいだけだ』
中村さんはしばらく難しい顔をして考えていたが、やがて溜め息をついた。
『一旦持ち帰らせてください。……でも、第三者的に見ればいい話なのかもしれませんね。普通に就職活動をしたとして、二人で同じ会社に入れる確率はほぼゼロです。……もしも篠宮ホールディングスに入ったら、朱里と同じ部署に配属されます?』
『勿論』
『……今はまだ高校生ですし、就職活動はまだ先です。とりあえず今は、朱里が目指している四年制の大学に入れるように頑張ります。……あの子、頭がいいから大変なんですよ』
そう言って、中村さんは初めて素の笑顔を見せた。
『それだけは手を貸せないから、応援してるとしか言えない』
『ひとまず大学に入ってキャンパスライフをエンジョイしてから、またお話しましょう』
『君の言う通りだ』
そのあと、俺たちはカフェを出た。
今日話したのは、約束というより遠い日の予約みたいなものだ。
――少しずつ種を撒いていけばいい。
俺は自分に言い聞かせ、車を停めてある地下駐車場へ向かった。
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その連絡が中村さんから届いたのは、俺が二十五歳、朱里が十九歳の大学二年生の時だった。
うんざりするような暑さに参っていた八月上旬、彼女からメッセージが入った。
【今度、朱里と田村くん、もう一人の男の子と四人でお泊まりデートに行くんです】
「…………は?」
自宅で晩酌していた俺は、スマホの画面に胡乱な目を向ける。
【どこに?】
トントン、とメッセージを打ったあと、俺は舌打ちする。
考えてなかった訳じゃない。付き合っていればいずれキスもするだろうし、泊まりがけのデートだってするだろう。
朱里のビジュアルで、今まで手つかずだったのは奇跡と言っていい。
【教えませんよ。篠宮さん、邪魔しに現れそう】
【いかねーよ】
俺は溜め息をつき、つまみのチーズを食べる。
そのあと中村さんは本当にどこへ行くかを言わず、いつものように朱里の様子などを報告したあとメッセージを終えた。
(朱里が野郎と泊まりだって? その年頃の男が何考えてるか、分からない訳じゃねぇだろ。お前と付き合ったのだって、ソレ目的かもしれねぇし)
イライラした俺は、朱里が田村にヤられてしまうのか、気になって堪らなくなった。
その頃の朱里は芸能人のような美女ぶりに磨きを掛けていた。
周囲の男からは色目で見られているらしいが、人付き合いが苦手なのと、中村さん、田村の存在が防波堤になっているみたいだ。
だがバイト先の居酒屋では酔っ払いに絡まれる事も多いらしく、辞めたあとは客に顔を見られない、飲食店のキッチンスタッフになったらしい。
大学生になって朱里の行動の自由度が高くなってから、俺は常に彼女の事を考えてイライラするようになっていた。
キャンパスではすれ違う生徒が彼女を注目しているようで、密かな有名人になっているのだとか。付き合っている田村はさぞいい気分だろう。
そんな田村が、〝彼女〟とセックスしようと思わない訳がない。
今までは『がっついたら駄目だ』と我慢していたかもしれないが、大学生になればそういう関係になってもおかしくない。
『……くそっ』
吐き捨てるように毒づいた俺は、胸の奥に湧き起こる劣情に気づかないふりをした。
しばらくしてから、中村さんから聞きたかったような、聞きたくなかったような報告が送られてきた。
コメント
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もう、朱里ちゃんに相当に執着しているね…😂💕
なんだろ?????気になるよね〜尊さん🤭俺の朱里だもんね💝