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芙月みひろ
280
#普通
野々さくら
57
#女主人公
──それから数日後。
京太郎と咲子は、花園劇場からほど近い、神田すずらん通りにあるカフェ、フルールで、常連客から冷やかしを受けていた。
「なんですかねえ。恋人なら、もっと肩の力抜かないと」
斜向かいにある、西洋アンティーク店の主人ジェームズが、達者な日本語で言った。
「ああ、ジェームズさんの言う通りだな。京太郎まだどこか硬いぞ」
腕組みしなが、カウンター席で中村が睨みつける。
「いや、中村支配人。これくらいの方が、逆に恋人に見えるかも。あまり熟れているのも変に思われるんじゃないかい?」
その隣から、小説家の青山が口を挟んで来た。
「ですかねえ。青山先生」
「まあまあ、二人に任せるのが一番じゃないかしら?」
園子マダムこと、店の女将が楽しそうに笑った。
「いや、園子マダム!お咲の一大事ですからね!しっかりやってもらわないと!」
中村は、変わらず厳しい顔のままだった。
練習と言っても、咲子もそれなり面が割れている。ということで、花園劇場関係者行きつけの、このカフェを利用しているのだ。
店の客は、ほぼ常連のみ。女将も皆、おおよその事情を理解でき、練習場所にはうってつけだと中村が選んだのだった。
「わかったよっ!もういっぺんやってみる!」
一張羅姿の京太郎が、咲子へソーダを勧める。
「お、お咲さん。ソーダをどうぞ」
「まあ、う、嬉しい。あ、ありがとう。京太郎坊っちゃん」
たちまち中村の激が飛んだ。
「お咲!京太郎坊っちゃんじゃないだろ?!それに、京太郎もお咲さんって、なんだ?!人情物の時代劇かよっ!」
一斉に常連客が笑い出す。
「もうー!わかんねぇんだよ!恋人ってなんだぁ?!」
京太郎が頭を掻きむしる。
「や、やっぱり無理です……」
お咲も泣きそうな顔をした。
「あー!って言うか、あれこれ好き勝手に言われたら、調子もでねえよ!」
京太郎が、立ち上がる。
「お咲!行くぞ!」
それだけ言って、京太郎は店のドアに向かった。
「あっ!京太郎坊っちゃん!」
咲子も慌てて後を追う。
「京太郎!逃げる気か?!」
「違う!気晴らしだ!ここだと気が散って仕方ねぇ」
待てと静止する中村を振り切って、京太郎は咲子を連れて出て行ってしまった。
「……これ、実践ということですかね?」
ジェームズの言葉に、皆顔を見合わせる。
「中村さん。やっぱり二人に任せた方がいいんじゃないの?」
「あー、でも、園子マダム!」
中村は、口惜しそうに言った。
そして、京太郎と咲子は……。
すずらん通りの人混みの中を足早に進んでいた。
やはり、帝都で一ニを争う歌姫。咲子の姿に気が付く者もちらほらいたからだ。
「あっ」
咲子が声をあげた。
「お咲?!大丈夫か?!」
立ち止まり京太郎は、咲子を見る。
「すみません。ちょっとよろけてしまっただけです」
「……そうだな。お咲、今日は着物だった。俺が、早く歩き過ぎた。すまん」
「いえ……それよりも……」
咲子は、周囲を気にしている。
目立たないようにと、咲子はあえて月子の銘仙を借りて纏っていた。地味な物なら人目につかないだろうと配慮してのことだった。
とはいえ、目ざとい人間もいるもので、こそこそ耳打ちしながら咲子を伺っている者たちもいる。
「……やっぱり、バレるよなあ」
京太郎も周囲の様子に思案した。
「フルールへ戻るのも癪だし……」
言いつつ、京太郎が見やった先に劇場があった。活動写真館だ。
「おっ、あそこなら人の目を気にしなくても良さそうじゃねぇか?お咲、観て行くか?」
言われて咲子も目をやった。とたんにその顔に笑みが浮かぶ。
「あっ、『君恋し』だわ……。アメリカのお話なんです。私、一度観てみたかったんです」
京太郎が看板を見上げた。
「へぇ、メリケンの話か! よし、面白そうじゃねぇか!」
二人は楽しげに頷くと、活動写真館へ向かった。
コメント
1件
ああ、もうこの回すごく良かったです!カフェでの練習、周りの大人たちがわちゃわちゃ冷やかす感じが微笑ましくて、思わず笑っちゃいました。特に中村支配人の『お咲!京太郎坊っちゃんじゃないだろ?!』のツッコミ、めっちゃウケました😂 でも何より、京太郎が『わかんねぇんだよ!恋人ってなんだぁ?!』って叫んで咲子の手を取って飛び出すところ、すごく胸が熱くなりました。不器用だけど真っ直ぐな感じが良くて…。それで活動写真館に行く流れも自然で、『君恋し』を観るって咲子が言ったときの嬉しそうな表情が目に浮かぶようでした。 二人きりになってどう距離が縮まるのか、続きがすごく気になります!井川さんの描く不器用な恋の行方、これからも追いかけますね🌷