テラーノベル
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スクリーンには、涙ながらに分かれる恋人の姿が映し出されている。
楽団が切ない旋律を奏で、珍しい女弁士が、切々と訴えるように熱く語る。
活動写真館の場内は、『君恋し』の物語に惹きつけられていた。
観客のすすり泣きが響く中、京太郎は隣に座る咲子を見る。
咲子もまた、ハンカチを目頭に当てていた。
涙を拭いながら、それでも真っすぐスクリーンを見つめる横顔に、京太郎は思わず目を奪われる。
なぜだろう。
胸の奥が、少しだけ苦しくなった。
そして、終焉、恋人の再会で、場内にどよめきが起こった。
あぁと、ため息のような声を出す咲子がいる。
京太郎は、いつしかスクリーンではなく、咲子を見つめていた。
女弁士の熱弁と、晴れやかな音楽と共に『君こいし』は幕を閉じる。
終了を知らせる拍子木が鳴リ響き、観客が一斉に玄関ホールへ流れ出た。
「お咲、面白かったか?」
「はい。とても!素敵なお話でした」
咲子は弾んだ声で答えた。
そりゃ良かったと京太郎は応じながら辺りを見回す。
「いや、しかし、なんだか人が多いな」
「そうですね。京太郎坊っちゃん」
京太郎は、立ち止まると咲子の手を取りしっかりと繋いだ。
「ついてこい。これならはぐれねえだろ?」
「え?坊っちゃん!」
戸惑う咲子のことなどお構い無しで、京太郎は手を繋いだまま出口である玄関ホールへ向かった。
途中目ざとい客たちが、咲子に気が付く。そのたび、京太郎は、咲子の華奢な手をぐっと握り引っばった。
そうして、なんとか出口にたどり着き、二人は無事に劇場から外へ出た。
「さてと、そろそろフルールへ戻るか。いい加減戻らないと中村のおっさんの機嫌も悪くなるだろうしなぁ」
「ふふふ、そうですね。支配人のことだもの。きっと大目玉ですよ」
「ははは。だよなあ」
「あ、あの……坊っちゃん」
咲子が恥ずかしそうに言った。
「ん?」
「あの、そろそろ……」
咲子は、ちらりと手元へ視線を移す。
「あっ、これは……」
京太郎は、なぜかそれ以上言葉がでなかった。
手を繋いだまま、二人に沈黙が流れる。
そこへ──。
「お咲ちゃんじゃないか。奇遇だね」
秋山男爵が立っていた。
「活動写真かい?言ってくれたら貸し切りにしてあげたのに。わざわざ庶民に紛れなくても」
「あ、いえ、そこまでは……男爵様こそこのようなところで……」
「ちょっと知り合いに挨拶を……」
言って男爵は、劇場を見た。
「……ああ、女弁士か」
京太郎が、半ば馬鹿にしたように言う。
中村から聞いた女芸人をものにするという話を思い出したのだ。
「おや?」
男爵が、値踏みするように京太郎を見た。視線は、繋がれた手に定まっている。
「お咲ちゃん、そちらは?」
「あっ……それは……」
咲子は、一瞬言い淀む。
その瞬間、繋がれた手がぐっと握られた。
咲子は、答えるように握り返す。そして、きっとした面持ちで男爵を見ると、
「私の婚約者です!」
そうはっきりと告げた。
「婚約者?……どういうことだい?」
柔らかな声色で言う男爵だが、その目は鋭く細められている。
「ですから、婚約しているんです。申し訳ありませんがお話はお受けできません」
「……それは、断りかね?」
「はい」
咲子は挑むように返事した。
「ははは。面白い冗談だなあ」
笑いながら、男爵は京太郎を見た。
「ふん、どこの若造か知らんが、私なら、お咲ちゃんにもっとふさわしい格好をさせるよ。なんだいその地味な銘仙は……」
素性のしれない男のどこがいいのかと、男爵は京太郎を見下した。
「お言葉ですが男爵!京太郎さんも、男爵家のご子息です!音楽家の岩崎京介様のご嫡男ですよ!」
「男爵?岩崎……京介……」
同じ男爵と聞いてか、思い出そうとしているのか、男爵は少し宙を見た。
「そういう訳ですから、お話はなかったことに」
「ふん。何を今更。お咲ちゃん、あなたは、騙されているんだ。良く現実を見なさい。誰が、本当にお咲ちゃんを支えたのかな?」
男爵は、静かに口角を上げた。
「まあ、いいでしょう。すぐにわかる時が来ますよ。お咲ちゃんを幸せにできるのは誰かね」
ふっと、どこが腹黒い笑みを浮かべた男爵は、言葉なく踵を返した。
「……お咲……」
「はい」
「大丈夫だ」
それだけ言うと、京太郎は再び咲子の手をぐっと握った。
コメント
1件
第7話、拝読しました。活動写真館での『君恋し』、咲子さんの横顔に見惚れる京太郎さんの胸の苦しさが、とても甘く切なかったです。終盤、秋山男爵との場面で咲子さんが「婚約者です」と宣言する強さと、それに応えるように手を握る京太郎さんの「大丈夫だ」の一言に、じんわりときました。お互いを信じる気持ちが滲む、素敵な回でした。
芙月みひろ
280
#普通
野々さくら
57
#女主人公