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サムネ:叉來あすか様
街のネオンがよく映える深夜。
53階建てのビルの屋上は、よく風が吹いていた。
男「ちゃんと狙えよ…」
黒いコートの裾をマントの様に翻し、そんな低くもない声で男は言った。
その言葉を受けたもう1人の人影は、身体を揺らす事無く口だけを動かす。
女「はい。分かってます」
イマイチ感情の読み取れない声音で返事を返すと、屋上の床に寝そべっている人影は指先に力を込める。
覗いたスコープの先には、だらしなくポケットに両手を突っ込んで歩く中年の男が居た。
男は何処か目的地があるのか、その歩行に迷った様子は見られない。
スコープを覗く彼女の横で、黒いコートの男も双眼鏡でその姿を捕らえていた。
男「ふむ。報告通り、例の場所へ向かうようだな」
女「見れば分かるでしょう。一々口に出さないで下さい」
男「最近ずっと思ってたけど俺に対して冷たすぎない?」
女「仕事中です。プライベートな質問は受け付けません」
一切振り向く事はせず、彼女は男へと言い放った。
男は「つれないなぁ」と肩を竦め、再び双眼鏡を目に近付ける。
中年の男は人通りの少ない路地へと入ろうとしているのか、キョロキョロと不審に辺りを見渡した。
そして男が路地へと片足を踏み入れた時、
女「撃ちます」
寝そべっていた人影は短く呟きながら、その人差し指に一層力を入れたのだった。
女「約束ですよ。分け前、8割」
男「分かってますよ〜」
トンッと耳に装着された機械をタップし、女は鋭い目線を男に向けた。
女の目の前に『HOME』と書かれた画面が映し出される。
画面と言っても実際に触れる訳ではなく、空気中に映像が浮き出ている感じだ。
見えるけど触れないボタンをタップしていくと、『譲渡』と書かれた画面まで辿り着く。
ポケットから薄い端末を取り出した男は、その画面を確認すると同じ画面まで端末を操作していった。
男「じゃ、今回の分け前8割ね」
女「早くして下さい」
男「ホント冷たすぎない?」
女「まだ仕事中なんで」
それぞれの画面に通信中と表示され、その文字の周りを黒い猫のシルエットがゆっくりと歩いている。
やがて画面は『受け取り完了』と『送信完了』の画面へと切り替わった。
女「…はい。確かに8割受け取りました」
男「うぃ、ご苦労様〜」
女「ぁー、疲れた。寝たい」
耳の機械をタップして画面を消すと、女は大きく伸びをして言った。
男も端末をポケットにしまい込み、ふっと一息吐く。
男「家帰ってゆっくり寝てくれ」
女「言われなくても。そもそも何で私を呼んだの?ぺぺ1人で良かったでしょ」
“ぺぺ”と呼ばれた男は、彼女の口調の変化を驚きもせずに答えた。
ぺぺ「まさかターゲットが中年オヤジなんて思ってなくってさ〜。俺のストーリーじゃ響かなそうだな〜って思って」
やれやれと首を横に振り、男はわざとらしく眉を寄せた。
そんな姿に、彼女もやれやれと呆れた様に溜め息を零す。
女「あのねぇ、私も最近はソッチ寄りなんですけど?」
ぺぺ「それでも俺のストーリーより、紗弓のストーリーの方が響きそうだったからさぁ」
紗弓「大体、自分で受けた依頼じゃん。どうせまた依頼内容ちゃんと読まなかったんだろうけど」
ぺぺ「わー、バレテラー」
紗弓「つまんな」
“紗弓”と呼ばれた彼女は、じとりと冷たい視線を男に浴びせた。
男は気にする素振りも無く、ニコニコと笑顔を崩さない。
紗弓「…まぁ、報酬貰えりゃ何でも良いけどさ。じゃあ帰る」
ぺぺ「助かった!お疲れ〜」
クルリと踵を返した紗弓の背中に声を掛けると、彼女は歩き出しながら右手を振った。
その背中を見送っていた男も、しばらくして紗弓とは反対方向へと歩き出す。
ネオンが映える夜の街の中二人の仕事は密かに完遂されたのだった。