前話に多くの反応をいただき、ありがとうございます。
本作は嘔吐描写・口移し・精神的な暴力表現などを含みます。苦手な方はご注意ください。
言葉にできない気持ちや、心の奥底に触れるような、
静かに狂っていく朝を描いています。
無断転載・通報はご遠慮ください。
また、参考・インスパイア等の際には、ひとこと添えていただけますと幸いです。
――どうか、この異常な朝を見届けてください。
「……ん」
目が覚めたとき、まず感じたのは――
空気が、異様に“綺麗すぎる”ことだった。
埃も、匂いも、温度さえ感じない。
音もなく、何かに包まれているような静けさ。
ここは、あのボロアパートじゃない。
けれど、身体は重くて、指先に力が入らない。
皮膚が、異物の湿気に染み込まれているようで、 吐き気が込み上げる。
ぼやけた視界の先――
「おはよ、よいちチャン♡」
声が背筋を削った。
耳の奥が、反射的にギィィと軋むように痺れた。
それと同時に、視界の隅にあの笑顔が現れた。
作り物のような微笑み。
貼りついた優しさの下に、冷えた狂気が透けている。
「ちゃんと寝れた? 空気清浄機3台つけたから、喉も痛くないでしょ?」
「……いらねぇ、」
「え〜、せっかく整えたのに〜」
その声は甘く柔らかく、
けれど、冷蔵庫の中みたいに体温がない。
機械に優しさを学習させたら、こんな声を出すのだろうか、と思った。
「ごはん、作ったんだ。食べよ?」
テーブルの上に並んだ白粥、スープ、スクランブルエッグ。
どれも、見た目だけは優しい。
でも、そのやさしさが逆に“毒”のように見えた。
「……いらない」
「えぇ〜、せっかく作ったのに。よいちチャン痩せすぎだよ?」
士道がスプーンを握らせようと手を取る。
けど、手が震えていて、力が入らなくて――
カチャン、と金属が床を打つ音。
それがやけに長く耳に残った。
「……ごめん、震えてて」
「ううん、大丈夫。怒ってないよ」
拾ったスプーンを丁寧に拭く指先は、
無機質なほどゆっくりしていて……恐ろしく静かだった。
その目が笑っていないことに、ようやく気づいた。
「じゃあ……しょうがないなぁ」
「え……?」
「口移しで、食べさせてあげる」
――言われた瞬間、
心臓が、皮膚の奥から爪を立てられたように跳ねた。
スプーンを咥えた士道が、こちらへ傾く。
唇が触れたときの感触は、
熱くて、湿っていて、ねっとりと“舌を舐める何か”が流れ込んできた。
「っ……やめ……」
息を逃がそうとした口が塞がれる。
耳元で士道の熱い吐息が、くちゅりと音を立てて漏れた。
「んっ…ふぁっ…ぅっ、く♡…んん、♡」
くちゅくちゅ、ぐちゅ……
耳が、脳が、内側から濡れた音で満たされていく。
ぬるい粘膜が舌に絡み、
喉の奥へ何かが押し寄せてきた。
味が……甘いのに、どこか鉄のような味がする。
「んっ……あ♡ぅぐ…ひゃ、ぇ…ッ」
身体の奥に、生理的な拒絶反応が走る。
「う…ッッ”、は…ぐ、ッッ…おえっ……」
喉を焼くような胃液が逆流して――
俺は、吐いた。
床にびちゃりと広がる音。
涙と鼻水と胃液と、汚物の全てが、
俺の尊厳をぐちゃぐちゃに溶かしていく。
「よいちチャン……ちゃんと、俺の味、届いた?」
目を上げると――
士道が、俺の吐いたものを、
指ですくって――ゆっくり、口へ運んだ。
「…はッッ、?」
思考がうまく動かず、カラカラと乾いた音が喉で鳴る。
「な…ッッ”、して…」
士道は、唇を裂くようににやりと笑った。
その表情は、自分に酔った笑顔なんかじゃない。
純粋に、底なしの喜びで満ちていた。
ぞわり、と。
空気が反転するような気配。
次の瞬間――
肩をつかまれて、ベッドに押し倒された。
視界がねじれ、天井が歪む。
シーツの軋む音。
背中に沈んだ布団の重み。
頬に触れた何かが、ぬめっとしていた。
あらゆる感覚が、人肌じゃないものに変質していく。
全身が、犯されるわけでもないのに、
ただ存在しているだけで、精神が崩される。
「…………」
もう、何も考えられなかった。
ただ――
心の奥底から、誰のものかわからない声が、どこか遠くでこう叫んでいた。
助けて
……それは自分の声じゃなかった。
けれど確かに、耳の奥に張り付いていて、
体温も、記憶も、呼吸さえも、それに蝕まれていくようだった。
⸻
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
拙い物語ではありますが、もしほんの少しでも、
あなたの心の深い場所に何かを残せていたら幸いです。
……もし、また続きを覗いてみたいと感じていただけたなら――
次も、静かに、お待ちしております。
「じゃあ、今度は喉じゃなくて、心臓に直接入れてあげる」
そう言った士道の目が、ゆっくりと脈打っていた。
NEXT→♡100⤴︎
コメント
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やっぱりるとちゃん天才。