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「ああおれ、いますぐ死んでもいい……」
幸せそうに呟いた課長。
「やっぱうそ。死にたくない」前言撤回。首を振るのがおかしくって、わたしはくすくす笑う。
「あ。笑った」
笑みを残した口角をなぞられる。「ずっと、その顔が見たかったんだよ」
唇が近づき、そっとまぶたを閉じる。
甘い感触。
ゆっくりと、離れていく……。
わたしは彼の顎先を見ながら、
「……ひょっとして、課長って女性にはテラ甘いひとですか」男性に触れる興奮を押し隠し、そんなふうに訊いてみると、課長は、「砂糖よりも甘いかもしれん」と言ってのけた。
ギャップ萌え……!
このひとがあのクールでポーカーフェイスの上司? 本当に、信じられない……。
わたし彼を知ることでむしろ人間不信になるかもしれない。と、おっと。
いくらなんでもこの発言は課長に失礼だ……。
「変なの」頭上から、声が降ってくる。「ひとりで百面相しておまえ、いまなに考えてる」
「内緒です」
「莉子」
「なんですか」
「んにゃ。ただ呼んでみたくなっただけ」嬉しそうに、目を細める課長。このひとのこんな顔を――
独り占め、したい。
それは突然、自然とやってきた感情だった。
わたしは彼の背中に回していた自分の手を、彼の肘の下を通してから、持ち上げ。
彼の頬に触れ、ぴたりと、隙間なく埋めてみる。とても触り心地のいい、男の人に特有の、薄い頬だった。
目が合う。すこし驚いた、やや明るい茶の瞳。
わたしは顔を傾け――
課長の唇はすこし乾燥していた。
重なることで鼓動が爆発的に加速する。
そっと、離す。余韻が二人のあいだに残る。
心臓が高鳴る。苦しいくらいに……。
どう、思っただろう。変な女だと思っただろうか。
課長の行動は、素早かった。
抱擁を解くと、わたしの頬を大きな両の手で挟み込み。
想いを、行動に変化させる。
彼の舌は、やわらかくて甘い――。
涙が滲んで、自分という存在が、とろけてしまいそう。
課長の手で上向かされ、もっと奥まで受け入れる。――こんな官能。与えられたことも感じたこともない。首筋をなぞるじれったい動きにぞくぞくする。やがて両の耳をふさがれ。
課長と世界ふたりだけ閉じ込められる。音が、聞こえなくなる。
激しく胸の鐘が高鳴り。
狂おしい静寂のなかで彼の本音がひしひしと迫る。
やわらかく舌を噛まれるたびにわたしのなかでなにかがうずく。それはとても熱くて――いますぐ課長に言葉で伝えたいくらいで。でもそれは叶わず、わたしは言葉にする代わりに彼の動きに合わせ伝わるだろうことを願い、彼の背中に手を回した。服越しに触れる彼の肌はとても熱く、その奥が知りたいという、こちらの欲求を加速させた。
唇が離れると自分が軟体動物にでもなった気がした。
力が、入らない。課長に支えられることでどうにか保っていた人間の有り様。
ぼんやりしていた課長の輪郭が、はっきりしていく。
薄い唇が動く。
「莉子。おれ――
止められない。
止めるつもりも、ない。
受け入れてくれるか、おれのこと」
真実をたたえる本能の瞳がわたしを捉える。
わたしの本能が叫ぶ。
わたしはこのひとを受け入れたいのだと。
欲求のままに。
おもむくままに。
わたしは、こくりと、頷いていた。
*