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さっきまでわたしが寝ていた寝心地のいいベッドのうえに運ばれていた。
課長にはポリシーでもあるのか……横抱きで運ばれた。
おぼろげな記憶に頼ると昨晩もこんな感じで運ばれたと思う。
わたしをベッドに横たえると課長が伸し掛かる。
スプリングがぎしり、と鳴る。
「いいだろ、このベッド」と課長が笑う。わたしは寝たまま、
「……ひとりで寝るにしては大きすぎませんか」
「ひとりでも広いほうがいいの。寝心地、良かった?」
「そりゃあ、もう……」わたしの髪を手ですく課長の手を見る。彼は、わたしをリラックスさせようとしている。
「莉子」
「わ」まぶたにキス。瞬間的にまぶたを閉じないと駄目だからこれ結構大変だ。「い、言ってくださいよするときは」
「きみの、驚いた顔が、見たいんだ」
わたしのうえに体重を預ける男という存在の重み。
「……強いて言うなら、感じてるときの顔も……」
課長の手がわたしのワンピースに伸びる。……前開きではないので、いったんからだを起こしてからとなる。……意外にも冷静だな自分。
背中の、ワンピースのジッパーを下ろしていく課長の手。
肩から脱がされわたしは彼がしやすいように動く。すると自分の肌が空気にさらされる。
遮光カーテンは閉まったまんま。薄暗い室内。
すると、再び抱き寄せられ唇を重ねる。
課長は、わたしを、ゆっくりと後ろに倒すとワンピースを下ろし、完全に脱がせた。相手がしやすいように動いてしまうのは女の本性なのか。
それとも仕事で身についたスキルなのか。
ぷち、と胸の拘束が緩む。「――あ」
課長の、皮膚の厚い、体温の高い手のひらがわたしの乳房に触れる。感じたことのない感触、そして感覚。もしかしてこれが。
気持ちいいってことなのだろうか。
知らぬ間に目を閉じていた。わたしが薄目を開くと――
課長がわたしのことを見ていた。急に、恥ずかしくなる。
課長はなにも言わない。手の動きを強める。親指で刺激すると。
わたしの腰が揺れた。
その揺れた腰に手が添えられおしりの輪郭を確かめるようになぞり始める。
たまらず、声を漏らす。と課長は、
「莉子。
こっち向いて。
感じてる顔、もっとおれに見せて……」
そう。これが『感じる』ということなのだ。……本能的には分かっていたけど、理性が認めるのをためらった。だから課長は敢えて指摘した。課長らしい、やり方だ。
「まだなにか考えてる」
短くわたしは叫んだ。ぎゅっ、と握られたから……。
わたしが目で抗議してみせると、課長は、愛おしいものを見るように目を細めた。「莉子。その顔もいい……」
なにをしても駄目ってことか。
もう考えるのはよそう。課長に委ねよう……。
するとわたしの横で寝そべっているかたちだった課長は、わたしの肩を掴んでゆっくりと倒すと、ふたたびわたしに体重を預ける。
「重い?」と気遣わしげに課長。
重たくないといえば嘘になるけど……
「わたし。課長の重みを、感じていたいんです……」
「莉子……」頬を撫でられる。優しい課長の動き。わたしを見つめる課長の瞳は様々に変わる。情欲も露わなときもあれば怒りに震えるときもある。いまのように、愛おしさ全開のときもあって……。
わたしも、課長のいろいろな表情を見せて欲しいと待ち望んでいることが分かった。
課長は両手を使って、わたしの両の乳房に触れる。
そのやり方はとても慎重だった。でも見つけるとためらいなく攻める。課長らしいな、とうすらぼんやりしていく頭のなかで、わたしは思った。
こんなに自分のからだがやわらかくなってしまうことなどあるのだろうか。
自分のなかから自然に発生する情動。わたしは抗わずに委ねた。
と。課長の手が止まる。
どうしたんだろう、とちょっと顔を起こして見れば、
まさに課長がわたしの尖端に口づけようとするところだった。
がくん、と自分の膝頭が揺れる。「あ……」
どうすればいいのだろう。さっき、口内でたくさん味わった課長の舌が、わたしから快楽を引き出させるべく。
動く。
噛む。
ねじり、
ますますわたしを敏感にしていく。
たまらず課長の頭を抱え込んだ。課長は、わたしの喉にそっと触れると、喉仏をぱくりと噛み、
「感じるままでいいよ、莉子。
莉子の声、もっと聞かせて……」
その言葉を受けて。
ふたたびわたしの感じるところにくちづけ、引き出すことにいそしむ課長に委ね。
喉の奥からこぼれ落ちる甘ったるい声と情動に従い。
開いて、開かれていく自分自身を、感じたのだった。
――頭の端にかろうじて残る理性で。
このままだとベッドを汚してしまうと思っていた。
自分の状態は薄々分かっている。
確かめてしまうのが怖かった。それをすると進むしかなくなる。
あの怖さを知るわたしが果たして向き合えるのか。
信じたい気持ちもある。快楽のさなかその両方の感情に引き裂かれ――
「莉子」
名を呼ばれ、顔を起こす。
課長はわたしの目を見据え、
「おれ、きみに触れていいか。
触れるとたぶん、引き返せない」
情欲の火にとらわれた彼の瞳がわたしを捉える。
愛したいという本能。抗えない情動。
いつかは、立ち向かわねばならない壁だった。課長は、そのことを言っている……。
「わたし……」わたしは自分のなかに残っている、なけなしの勇気を振り絞った。「わたしに、課長を、信じさせて」
「莉子……」課長がわたしを抱きしめる。課長に抱きしめられるたび、なにか大切な宝物にでもなった気がする。
「やさしく……するから。
おれを信じて」
わたしが頷くと。
ロマンチックな雰囲気とは裏腹に、課長はわたしの下着の下に手を滑りこませ、ためらいもなく、攻めてくる。
当然ながら、そんなところをまともに触ったことがない。
触ったのは薬を塗るためだけで屈辱的なものだった。
やり逃げされて性病も移されるっていう哀れな過去。男と関わらずに一生生きていくんだと思っていた。なのに。
男の手で、たとえようがないくらいに、いたらしめられている。
捕まるものが欲しい。頼れるものが。
自分が自分でなくなってしまうようで――
「……課長、わたし……」決めた道を突き進む彼にわたしはすがりついた。「……だめ、どうしよう、わたし……」
課長がわたしを見て言う。「……大丈夫だ、信じて、おれを」
その双眸に見守られながら。
頭のなかが白い世界に染まる感覚。
遅れて流れる清らかな電流。腰のほうから全身に広がり……
すがりついた腕をささえる彼のたくましさ。
わたしを導いていく彼の力強さ。
一連を感じながら――
初めての絶頂を迎えたのだった。
* * *
「……莉子」
はっと気がつく。
興奮の余波が、からだのすみずみにまで残っている……。
わたしは恍惚した状態のまま、目を開いた。
ようやく現実の音が自分の元へと返ってくる。
わたし……課長の手で……
「どうした」手で顔を覆うわたしに課長が尋ねる。
だって……。
いたたまれない。
だってまだ課長は全部服を着たまま。
自分だけパンツ一丁って、どうよ。
「課長。脱いでください」わたしが上体を起こすと、彼も起き上がる。手を彼のシャツに伸ばすと、戸惑ったようにわたしを見つめ返し、
「莉子。脱がされるとおれたぶん、制御できない」
それでも、いい……。
ありありとした欲がわたしのなかに現出した。
導いた者だけが漂わせる男の色気に魅せられ。
わたしはもっと彼を、知りたいのだ。
わたしがシャツを脱がせようとすると男の肢体が露わとなる。
はだかの上半身。
近づいて彼のベルトに手をかける。
……淫乱だと、思われるだろうか。
手が震える。怖いけど知りたい。
彼の開く扉の向こうの世界を。
開いて、下げると、輪郭が現れ、当然そういうことになっていた。
わたしは男の生理を知らない。でも――
我慢し続けることは相当辛いに違いない。「課長――」
「うん」
「触れても、いいですか」
わたしはそっと撫でた。怖いと思っていたはずなのに。触れてしまう自分が不思議だった。トランクスは一部しっとりと濡れていて
無性に、愛おしくなった。
どんなふうに触れるのが正しいだろう。わたしは課長の様子をうかがいながら――
ぴん、と屹立したそれが空気に触れる。
こんなものがからだに入っていったい大丈夫なんだろうか。
そんな感じのサイズだった。
血管が浮いているのが妙に生々しかった。
わたしはそれを手で掴んでみる。すこし、
上下させてみる。
「莉子、ちょっ、それ」
「へ?」課長が敏感に反応する。
「……そこまでしてくれるわけ?」
「……やり方知りませんけど、教えてくれるなら……」
えっ、と課長は目を剥いた。「……なんだこの急展開。おれ……そういうつもりじゃ」
「舐めたほうがいいですか。それとも手のほうがいいですか」
突然課長が、自分の顔を手で覆った。「莉子! おれを悩殺するな!」
……課長の期待に応えたかっただけなんだけどな。
『両方』と見た。
わたしは握りしめたまま、唇を近づけ、キスをする。
ん! と課長があえいだ。やっぱりだ。
ならどんなやり方がいいだろう。
わたしは課長の目を見た。
「……根元を持って、こんな感じで……」言われたとおりにやってみる。びくびくと反応する。「ああおれ……死ぬ……」
「口はどんな感じですればいいですか」
「痛いから歯だけは立てないで。……含んで、吸いあげるとか舌で転がすとかなんか刺激加えて」
「……さっき課長がわたしの口にしてくれた感じでですか」
「あーそのとおり。頼む」
「……分かりました。痛かったら、すぐに言ってください」
わたしは髪を耳にかける。課長が痛くないように。
ミッションを、遂行する。
課長は、大きいけれども、口のなか手のなかではとても小さな存在だった。
とても、可愛いひとだった。素直な反応を見せ、いじらしいくらいだった。
課長の感じている顔こそ、とても綺麗だった。わたしは行為のさなか彼を盗み見る。我慢しているような、こらえているような、なんともいえない顔をしている。
男の美しさを、わたしはそこに見た。
「ちょ、まずい」ある程度のところまで来ると、課長はわたしを制止した。「それ以上やられたら、……もう無理。がまんできない」
「わたしは別に構いませんけど」
「そうじゃない、ああ、なんて言えばいいんだ」一瞬額を押さえたかに見えた課長が、手を外すと、雰囲気を変えた真顔で、こう言った。
「おれはきみのなかでいきたい」
* * *
「あれ。……ここだっけ」
「ちがっそれ違う穴!」
「……すまん。ここ?」
「あ。ん。た、ぶん……」
「すまんおれ。久しぶりすぎて全然分かんないんだ」それでも狙いを定め。
ず、ず、と課長がわたしのなかに入ってくる。
さっき口で愛した質量。
わたしのからだのなかに刻み込む。
『もっと力抜いて、ほら』
全然濡れなくって唾棄された。
屈辱的なセックス。
違う、とわたしは目を開いた。
目の前の彼がそんなはずあるわけない。
目に涙が滲む。
いや。
怖い……。
「莉子」動きを止めた彼がわたしの肩を支えた。「おれのことが分かる?」
「課長……」
「『遼一』ね。今度ベッドのうえで課長って言ったら百回キスの刑」言いながら、課長は。
わたしにキスをする。
唇を離すとふっと笑い、至近距離を保ったまま、
「おれの目を見ていて、莉子。おれを信じて――」
「遼一、さ……」
わたしは知っている。
職場で課長の仮面をかぶる男。
寿司屋で砕けた話し方をする男。
三年も待っててくれた男。
わたしは彼のすべてを――
受け入れたい。
自分から彼を抱きしめに行った。彼は、わたしの頬に手を添え――
すべての質量がみっしりと入ると、胸の奥から泉のように感情が湧いてきた。
いまわたしの胸を満たすのは悲しみじゃない。
喜びだ。
彼という性を受け入れることの悦びを――
全身に、感じていた。
「ああ、莉子……
愛してるよ、莉子」
気持ちよく彼がわたしを撫でる。わたしはその動きに身をくねらせ、
「わたしも、大好き。……遼一さん」
彼の目を見て、笑ってみせたのだった。
すると彼、ぺちんと額を叩き、うえを向き、
「いぎででよがっだ」
課長。涙声です。てかほんとに泣いている……?
圧迫感に少々苦しみながらも、わたしは案外冷静に彼のことを見てしまう。なんて純粋なひとなんだろう。
大切にしよう……。
と、こころに決めたのだった。
なお、冷静でいられたのはこのときだけ。あとは。
最奥を突かれ声が枯れそうなくらい叫んでしまった。
*