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——ピッ—ピッ—ピッ—
機械の正確なリズム音が聞こえる。
——何の音だ? ここは……
俺はゆっくりと目を開けた。
目の前には白い天井。ゆっくりと目を動かすと、白いカーテンに、点滴ボトルが吊られている。
——シューッ—シューッ—シューッ—
空気の排出する音、蛇腹チューブに繋がる機械。
どうやら、ここは病室のようだ。
俺はベッドに寝ているのか……
無意識に身体を起こしたが、すっと身体が軽く起き上がれた。
あまりにも簡単に起き上がれた自分に、違和感を感じて振り返る。
——え? 俺が……いる?
俺の後ろに、なぜか俺がいた。
どういうことだ?
思わず飛び跳ねるように、もう一人の俺から離れた。
もう一人の俺は頭に布を巻きつけられ、チューブが2本出ている。
口には太いチューブが咥えられていて、俺がさっき見た蛇腹チューブと機械が繋がってた。
規則正しい空気の排出音——人工呼吸器。
俺……死んでる?
いや、これは幽体離脱ってヤツか?
呆然としながら、人工呼吸器や様々なチューブに繋がってたままベッドに横たわる俺の傍らで、俺は俺を見つめていた。
「こちらにどうぞ」
その声で俺はハッとして、我に返る。
声の方を緑色のガウンとマスクをした男と、その後ろにいるのは——
「紗羅! 樹!」
父親と母親が泣きながら叫ぶ。
そうだ! 紗羅は?
俺は親の視線を追うと、白いカーテンで隠れて見えていなかったが、俺のベッドの隣にあるベッド。
紗羅が俺と同じようにチューブや点滴、人工呼吸器に繋がれていた。
ただ俺と違って、紗羅の頭に巻きつけられた布やチューブはなく、胸の辺りに複数のチューブと機械が繋がれていた。
——紗羅! どうして?!
動揺したが、俺はすぐに思い出した。
坂道でブレーキが効かなくなった車。回避しようとして、視界に入ったガードレール。そして少年……
いや、今は少年のことなど、どうでもいい。
俺達は車の衝突で、今はベッドで横たわっているのだ。
紗羅と俺のベッドの間で、母は泣き崩れ、父は歯を食いしばったまま涙を流していた。
その傍に立つ医師が低い声で言った。
「……先程、ご説明したように、娘さんは外傷性心破裂、肺挫傷で人工心肺を使用しています。
また息子さんは外傷性脳挫傷の為、脳室と脳槽にドレーンというチューブを入れて脳の負担を減らすようにしています。
二人とも意識は戻ってませんが、出来る限りの処置はしました」
「後はこの子達の、回復力次第って事ですね」
父が涙で掠れた声で言うと、医師が頷いた。
しばらく父と母は俺達の顔を交互に見て、身体を摩っていたが、面会の制限時間となり出て行ってしまった。
横たわっている俺と紗羅のベッドの下方の床に、膝を立てて座った俺は、顔を項垂れた。
なんで……こんなことになったんだ。
俺だけで良かったのに、なんで紗羅までが……
意識がなく予断を許さない状態になっている紗羅。
——俺は自分はどうでもいいんだ。紗羅は助かって欲しい。
そう思い、涙が溢れていたのだが……
項垂れる俺の足元に、影が差し込んできた。
……?
顔を上げると、紗羅のベッドの傍らに黒いフードマントの人物が立っていた。
……なんだ? 医師? 看護師?
いや、違う。彼らの格好とは全く違う、異質の姿。
俺に背を向けるように立っていたそいつは、紗羅の顔を覗き込む。
見えた横顔は、骸骨のマスクをしていた。
俺は、咄嗟に立ち上がった。
それと同時に、骸骨のマスクから声がした。
「綺麗な魂だね、紗羅。ずっと、待ってたよ」
その言葉を発すると、そいつは左手のひらを天井に向けた。
手のひらから青い光が発せられて、真っ直ぐに上に伸びる。
長く伸びた青い光は、形を成していく。
その形は、長い杖のような棒となり、先端は大きな鎌を形成する。
俺は息をのみ、声にならない叫びをあげようとした時だ。
そいつが紗羅に向かって、大きく鎌を振り上げた。
「やめろぉお!」
俺は手を伸ばして、そいつに向かって突進した。
チラッと俺を見たそいつは、向かってきた俺を避けようと後ろに一歩下がった。
だが避けた事でそいつの顔に、俺の指先がわずかに触れた。
わずかに触れた指先だったが、顔を引っ掛けるようになってしまったことで、骸骨のマスクが宙に浮かび、飛んでいった。
外れた骸骨のマスクの下の顔は——
「おまえは……」
あの時見た、ガードレールに立っていた少年だった。
驚き目を見開いて見ている俺の顔を見た少年は、ニヤリと冷酷な笑みを浮かべると、鎌の柄を俺の腹に柄を突き刺した。
「グハッ」
俺は身体を屈強させて、口からくぐもった声を吐き出す。
少年は銀色の瞳で俺を見下ろして
「勝手に外すな」
と冷たい声を出す。
「死に損ないが、僕に簡単に触れようとするとか、ありえないよね」
「……」
俺が睨みつけると、少年は「ハッ」と鼻で笑った。
そして俺に顔を近づけて
「姉を助けようとしているの? ざーんねん! 紗羅は死ぬって決まっているんだよ」
銀の瞳で俺を見つめて嘲笑う。
「霊体になった身体では何も出来ないんだから、黙って見てろ」
「……ふざけんな」
「ん? 何か言ったか?」
「ふざけるなって言ってるんだよ!」
俺はそいつに掴みかかろうとしたが、そいつは上に飛び跳ねる。
ジャンプされたことで、俺はそのまま身体が前のめりに前に進み、横たわる紗羅にぶつかるようになったんだが
……え?
俺は横たわる紗羅の身体を、すり抜けてしまった。
「な……なんだ? どうして……」
俺が呆然として呟くと、少年がケタケタ笑った。
「どうして?って、当たり前だろ? お前は物質じゃなく霊体なんだから」
「いや、でも……お前に俺は触れた」
俺が混乱しながらいうと、少年は呆れた顔で俺を見た。
「お前と僕は同じだからだよ」
「同じ……存在?」
「肉体のない存在ってことだ」
「……なら、お前は俺と同じ霊体なのか?」
俺の言葉に少年は
「アーハッハッハ」
と腹を抱えて爆笑した。
「何がおかしいんだ」
俺はそいつを睨みつけた。
「同じ空間と次元に存在していても、お前は生存した肉体から切り離された、ただの霊体。僕は肉体から霊体を切り離し、魂を刈り取る者。お前と一緒にしないでほしいね」
銀の瞳で冷たく俺を見る少年。
「僕はグリムリーパー。死神だ」
両端の口角をニヤリと上げて笑った。
「死神……じゃあ、紗羅の魂を取るのか?」
「そうだよぉ。紗羅の寿命はここまで」
紗羅に顔をつけたグリムリーパーは、うっとりした表情で紗羅を見つめながら言った。
「魂の収穫祭の真っ只中で、紗羅のような汚れのない魂を刈り取れる。いい時期に寿命を迎えてくれたねぇ」
そして俺に振り向くと
「そうそう。お前の魂はまだ肉体の中にあるよ。
霊体を切り離してないのに、霊体になった死に損ないくん」
小馬鹿にしたような顔で薄笑いした。
「お前に……紗羅を殺させない!」
俺はグリムリーパーにタックルしようと向かって行く。
だが、ひょいと避けたグリムリーパーは、俺の後ろの首を掴み持ち上げて
「めんどくさいなぁ」
と、俺を床に叩きつけた。
「——ツ!」
俺は痛みで顔しかめた。
肉体で受けたような痛みを感じて床に転がる俺を、しゃがみ込んで見るグリムリーパー。
「そんなに姉を助けたいのか?」
「……当たり前だろ」
くやしがる俺にグリムリーパーは淡々とした声で言う。
「あのさぁ、さっきも言ったけど魂の収穫祭で、僕は清い魂が欲しい。紗羅は死ぬことが決まってるのだから、邪魔しないでくれるかな?」
「邪魔するなと言われても……」
俺は起き上がって立つと、グリムリーパーも立ち上がった。
俺が拳を振り上げた瞬間、奴は大鎌を逆手に持って柄で俺の腹を一撃した。
「ウグッ!」
鈍い声を出して、跪く俺にグリムリーパーは笑って言う。
「……剣道ってのをやってた割には、防御弱いね」
「何故……そんなことを知っているんだ……」
痛みを堪えながら、睨みつけて言う俺に
「知ってるよ。人間が生まれて死ぬまで、何をしてきたか、何を考えてたか、どんな感情があったのか。
全部知っている。
特にキミのこと……樹のことはよく知っているよ」
とニヤリと笑う奴の姿——薄気味が悪いと思った。
「樹が紗羅の事が大好きで、死んで欲しくないって感情もわかるよ」
「……」
「じゃあ、取引をしようか?」
「……取引?」
「生きながらえるまでの必要な魂、七つ集めたら紗羅の魂を取らないよ」
「七つ?」
「七つの大罪で業を担う。樹が業を担って、姉の紗羅を生かす。それでいいよ」
グリムリーパーは不気味に笑った。
「七つって……俺の魂は肉体にあるって言ってたよな?」
「言ったけど?」
だから、なんだ?という顔をするグリムリーパーに俺は言った。
「俺の魂をとってくれ! それで紗羅を生かしてくれ!」
そう言って俺は懇願した。
グリムリーパーの言う七つの魂を集めろなんて、到底出来るはずはない。
それをわかって、こいつは言っている。
だが、俺は紗羅を死なせるわけにはいかない。
いつも俺のことを考えて、弟の俺を助けようとしたきた姉の紗羅。
紗羅は結婚して幸せになるんだ。
俺が紗羅の代わりになればいい。
そう思った俺に対して、グリムリーパーは冷酷に言った。
「お前の寿命だけじゃ足りないだろ」
嘲笑う奴の顔を見て、怒りが込み上げた。
確かに、今の俺は生死を彷徨っている状態。
こいつは俺の寿命を言わない。紗羅より、少し後ってだけなのかもしれない。
そう思った俺は、決心した。
「わかった」
というと、グリムリーパーが愉快そうに笑った。
「そうと決まれば、早速、刈り取る魂を決めよう!」
パチンと指を鳴らした。
その瞬間、俺のいる場所の光景が変わった。
「え? なんだ……ここは……」
今いる場所、それは——巨大図書室だった。