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病室にいたはずの俺を、グリムリーパーがここに連れて来たことは、わかっている。
だが、何故、図書室なんだ?
吹き抜けの高い天井。
床から天井までの壁。正面の壁はガラス張りで、左右の膨大な図書が隙間なく並べられている。
正面のガラスの向こうは澄み渡った青空で、差し込まれる日差しで室内は眩しいぐらいに明るい。
螺旋階段の上に繋がったロフト。
そこにも図書が並んでいた。
階段下の地下室はまばゆい光と対照的に、仄かな灯りに照らされていて、膨大な図書があることがうかがえた。
戸惑う俺は、グリムリーパーを見たのだが——
奴は楽しげな表情で、図書を見ていた。
本棚の本の背表紙の上を指で引っ掛けて、斜めにしたところで、取り出さずに戻す。別の本にも同じように、出しては戻すを繰り返していた。
「……何故、此処に?」
「ん?」
グリムリーパーは背表紙に指をかけたまま、俺を見る。
「此処に連れて来た理由は、何なんだ?」
ぷっと吹き出して、グリムリーパーは笑った。
「人類の叡智と文明、歴史がつまった此処で探せばいい」
グリムリーパーは背表紙に指をかけていた本を取り出し、俺に放り投げてきた。
弧を描きながら落ちて来た本を、俺は両手で受け取る。
本のタイトルは人の名前だった。
「……?」
「中を見てみろ」
本を開くと一ページは出生時から一歳までが事細かく記載され、二ページは二歳までと、ページ一枚が一年の記載になっている。
「なんだ、これ? 育児日記ってヤツか?」
本から顔を上げた俺にグリムリーパーが、片方の口角をあげてニヤリと笑った。
「記載している最終ページを見ろ」
俺はページを捲り、文字が記載されたページと残りは白紙ページが数枚あったのだが……。
「え? 文字が出てきた?」
白紙のページに文字が浮かび上がって、自動筆記が進んでいく。
「タイトル名の名を持つ人間の今が、書き足されている」
グリムリーパーはニヤリと笑う。
「そして本のページが全て埋まれば、完結」
「完結……」
「人生終了だ」
「——ッ!」
この本は人間の人生ということか? それならば……
「俺と紗羅の本もあるんだろ?!」
俺が声を張り上げると、グリムリーパーは
「あるよ」と言って、手のひらから二冊の本を生み出した。
「見たいのかもしれないが、残念。
僕が貸出中。樹は見れないよ」
とケタケタ笑った。
「見せろ!」
俺が飛びかかろうとすると、グリムリーパーはヒョイッと俺を避けて、螺旋階段の中段に飛び移る。
「あのさぁ、樹はこの本を見たって仕方ないだろ?
紗羅の寿命は決まっているって言ったよね?
自分達の行く末は、今、僕との取引で変わる。そっちを最優先にすべきだろ?」
「……」
言い返せない俺に、グリムリーパーが蔑むように見て
「早くしないと紗羅の肉体、器が持たないよ」
梶原紗羅と書かれた本を、掲げて言った。
「助けたいんだろ? 早く七つの魂を集めろよ」
「集めろって……どうやって、誰の魂をとればいいんだよ」
歯ぎしりしながら、俺はグリムリーパーを睨みつけた。
「ここから、ランダムに選んでもいいし、じっくり選んでもいい。
あ、じっくり選んでたら、紗羅の器が滅びちゃうか」
ハハハと笑うこいつを、俺は殺せるなら殺してやりたい!
怒りが止まらない。
だが、こいつは死神だ。
こいつを殺る方法など、見当もつかない。
悔しいが、紗羅を助けるために……こいつに従うしかない。
俺は無言で本棚から薄い本を取り出した。
人名は見ていない。
誰かわからない人間、寿命が近い人間を選ぶことで、俺に課された事の罪悪感が薄まる気がしたからだ。
そんな俺を見ていたグリムリーパーは、深いため息をついた。
「ページ数が少ない本を、中身も見ずにむやみやたらに選ぶ。他人の生死を軽く見ているよね」
「なっ?!」
「その本の中身は、生きた人間なんだよ?」
——バサッ
床に落ちた本——掴んでいた本を、落としていた。
さっきまで本を掴んでいた手は、指先まで震えていた。
グリムリーパーは俺に近づくと、無言で俺の落とした本を拾った。
「選ぶなら、七つの大罪にあたる人間を選べ」
冷たく言い放ったグリムリーパーは本を本棚に戻すと、本棚下のキャビネット扉を開けてモバイルタブレットを取り出した。
「ほら、今の人間界で、よく使ってるだろ?
これで検索して、大罪にヒットする人間を選べばいい」
グリムは俺にタブレットを差し出す。
「ただ検索しても、膨大な数がヒットする。そこから振るい落としをしないとダメだけど……」
俺はタブレットを受け取り、グリムリーパーの顔をじっと見た。
銀色の瞳は何を考えているか、わからない。
ただ少し、こいつの瞳が揺らいだ気がした。
それは——
「昔から樹は……自分の意志で振るい落としはしない。ちょっと難しいか」
と少し目を伏せて、呟くように言ったからだ。
昔から……って、どう意味なんだ?
俺に視線を向けたグリムリーパーは
「それに、ここは樹の無意識の構造だから、魂のピックアップが無理そうだな」
諦めたような声を出した。
「俺の無意識の構造? この図書室が?」
「そうだよ。図書室は存在する。
だけど、見る側によって光景は違う。
ここの光景、樹の無意識の構造から出来ているからなぁ」
クスっと笑うグリムリーパーに俺は聞く。
「それって……どういう意味なんだ?」
本当に全くと言っていいほど、グリムリーパーの言っている事がわからなかった。
「この図書室の構造は過去、現在、未来で形成されてるんだよ。だけど樹の無意識が反映したせいで、当の本人が取り扱いがわからなくなってしまった」
「……」
「実際にこのフロアが現在の時間軸でも、何をどう調べたり、どう扱えばわからないだろ?」
言われてみて、そうだと思った。
いきなりここに放り込まれても、俺は状況もわからず、何をどうすればわからなかった。
膨大な人名が書かれた本、人類の叡智、文明、歴史が書かれた本があると言われても、それをどのように扱えばいいか、わからない。
ましてや、このフロア以外のロフトや地下室からも、魂をピックアップするなんてことは、出来そうにもない。
待てよ?
このフロアが現在って言ったよな?じゃあ……
「上と下のフロアは……」
と言いかけた俺に、グリムはニヤッと笑う。
「人類の過去と未来」
俺は恐怖に襲われる感覚を感じながら、地下室を見た。
「心配するな。あそこにある人名本は必要がない。
樹がするべきことは、現在の生きた魂を刈り取ることなんだからな」
グリムリーパーはクスクスと笑い、
「このフロアから選ぶ本。その中身がわからなくても、見知らぬ人間を選択するにも、樹の無意識は……」
ガラスの向こうの青空に視線を向ける。
「青空……美しいな」
と言ってから、グリムリーパーは俺の方を振り向いたが、残酷な笑みを浮かべていた。
「本当の樹は、殺したい人間がいっぱいいるのにな」
「———ッ」
「抗いたいだろうけど、お前の深層心理、無意識の構造に刻まれた感情は正直だからなぁ。
それを呼び出す方が、手っ取り早いな」
グリムリーパーは、黒いフードマントの裾をなびかせると、マントは羽のように大きく広がった。
少年のような出立ちから醸し出した雰囲気は消えて、死を司る暗黒の神へと変貌を遂げるグリムリーパー。
かざした手のひらから蒼い炎が揺らめくと、炎は大鎌へと変わる。
その姿を見て俺は、畏怖と同時にペタンと尻をつけて座り込んでしまった。
大鎌の刃の背で、俺の顎を持ち上げたグリムリーパー。
「手助けしてやるよ」
銀色の冷たい瞳で、嘲笑する。
「過去、現在、未来。……お前自身、知る由が無い感情を、自らの眼で知るがよい」
パチンと指を鳴らしたグリムリーパー。
その瞬間に、図書室の光景は消えて、俺は鏡に囲まれていた。
「ここは……」
どこだ?と言う前に、大鎌を持って宙に浮くグリムリーパーが俺を見下ろしていた。
「迷路だよ」
「迷路?」
「お前の深層心理で形成された迷路。
梶原樹という人間が生まれてから、今までの軌跡を僕が作ってあげたよ」
グリムリーパーは、鎌を持つ反対の手から梶原樹と書かれた本を出して、本を上に掲げた。
「お前が生きてきたことを見つめて、迷うことなく進めば扉が開く。
過去の扉を開いて、また進めば現在の扉が開く。
そして未来の扉が開く。
どう? 面白いだろ?」
「何が面白いんだ!」
俺が立ち上がって言うと、グリムリーパーは大笑いした。
「面白いだろ? お前の恨みつらみが見えて、お前は刈り取る魂を見つけられる。
簡単だし、楽に探せるんだから、僕に感謝して欲しいね」
さっきまでの暗黒の神の姿ではなく、無邪気な少年として笑うグリムリーパー。
俺は心底こいつが怖いと、思った。
無邪気な少年と恐怖を司る暗黒の神の姿。
二面性を見せて、俺を支配する。
圧倒的な威圧感で、俺に逃げ場を与えない。
俺を絶望に叩き落とそうとするこいつに、俺は抗えないまま、恐怖に突き落とされる。
そして俺は見たくもなかった、自分自身と向き合わなければいけない。
これほどの絶望は他にあるのか?
いや、ない。
死よりも恐ろしいことになっている状況に、俺は思考が麻痺していた。
もう、俺には拒む選択肢は、最初から無かったんだと——わかった。