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◻︎指輪
アスレチックを使った宝探しゲームをする時には、自然と何組かのカップルができていた。
私は年が近い三木と行動している。三木は一緒にいて楽だったから。吊り橋効果を狙ったらしいコースでは高所恐怖症だという三木は、私のリュックの肩紐をグッと掴んで震えながら橋を渡った
「ちょ、ちょ、ちょ、だ、大丈夫かな?この、うわっ!橋!うっわっ、揺れる!落ちる!あーっ」
他の誰よりも騒いでいたので、落ち着かせるために声をかけた。
「三木さん、この橋は落ちません。揺れているのも気のせいです。さぁ、私に捕まってください」
「は、は、は、はい、あ、あぁーっ」
三木の額には、汗が噴き出していた。橋の手すりと私のリュックにすがりつきながら、やっと橋を渡り切った。
「ひゃあー、もうダメかと思いましたよ。森下さん、強いですね」
「普通ですって。でも普通なら反対ですかね?男女」
「すみません、どうも高くて不安定な場所は苦手でして。助かりました、森下さんがいてくれて」
三木は、私の両手を両手でがっちりつかんでくる。
「あの、ちょっと!俺もそちらの女性と話したいんだけど!」
どこからか、結城がやってきた。
「結城さーん、こっちでいいじゃないですかぁ!」
離れたところから、若い女の子たちが結城を呼んでいる。
「ほら、あっちから呼ばれてるから、行ったら?」
「イヤです。俺は森下さんと話したいです」
「じゃあ、3人でどうですか?」
三木が提案を出す。
「なんで?俺は森下さんと2人で、話したいの。だいたいさぁ、あんた結婚してるんだろ?」
結城の語気が荒くなってきたようだ。
「いいじゃない、3人で」
「そうじゃない、婚活にきてる森下さんのことをどうしようと思ってるんですか?既婚者でしょ?その指輪は!」
指輪のことを問い詰められても、慌てることもない三木。指輪は気にはなっていたけど、本気で結婚を意識するようになったら確認すればいいか、くらいに思ってた。
「これ?これは、そう結婚指輪です。でも、今は独身です、が、10才になる娘もいます。これでいいですか?」
「バツが付いてるってこと?ならなんでそんな指輪なんかしてるんだよ?」
「……妻は…3年前に亡くなりました」
結城も私も何も言えず、三木の次の言葉を待った。
「ここに参加したのは、亡くなった妻と、家で待っている娘の後押しがあったからです。半年まえ、娘の10才の誕生日に、娘に宛てた妻からの手紙が届いたんです。そこには、お父さんに新しい奥さんを見つけてあげてねと書いてあったそうです。それで、娘に言われてここに参加したのですが、指輪を外すことができなくて。そのまま来てしまいました」
右手で結婚指輪をそっとさする三木。
「まぁ、いいんじゃない?結婚詐欺をはたらいたわけでもないし」
何だか、そんなことはどうでもよかった。ただ、この人は愛する奥さんを病気で亡くし、その娘を育てている、それだけの人だ。
「だけどさ、結婚相手を探しに来てる森下さんに失礼だろ?森下さんは本気の結婚相手探しなんだから。その気がないなら離れろよ」
「はぁ…」
「離れろって言ってんの、俺が森下さんと話したいんだから!!」
苛立った結城が、とん!と三木の肩を押した。その勢いで、あっけなく三木はバランスを崩した。
「え、あ、うわぁーっ!」
ずざざざざざ…とぬかるんでいた坂道を滑り落ちた三木。5メートルほど落ちて、最後は木の根っこに引っかかって派手に倒れた。
「うそ、大丈夫?三木さん。ちょっと、結城くん、何てことするの?早く助けないと」
まさか、それくらいで落ちていくなんて思ってもいなかったらしい結城は、慌てて勢いよく降りていく。さすがに若い子は身のこなしがちがう。
「…あいた、たたた…」
三木が履いていたスニーカーは、木の根っこの所に落ちていた。リュックも外れて頭まで落ち葉と泥が付いている。やっとの思いで私も追いついた。
「怪我は?」
落ち葉を払ってあげながら、怪我をしていないか確認する。
「だ、大丈夫、か…な?あ、あれ?」
立ち上がった三木は、そのまま反対側に倒れた。
「え?ちょっと…大丈夫?」
「すみません、右脚、やっちゃったみたいです」
靴が脱げていた右足首をよく見ると、腫れてきているようだった。
「まさか、折れたとか?」
「いえ、捻挫だと思います、あいたっ!」
地面について体重をかけようとすると、痛むようだ。どうしようかと辺りを見回した。上には戻れそうもないが、ここからあと少し降りれば遊歩道がある。
「俺、おんぶしますから、背中に」
結城がしゃがんで、おんぶ待ちのポーズを取った。
「いいんですか?」
「俺の責任なんで、お願いします、おんぶさせてください。それと、森下さんは三木さんのリュックと俺の荷物を持ってくれますか?」
「うん、わかった」
3人でゆっくり下って、遊歩道から街コンの集合場所まで戻った。私たちを見つけて、係員の女性が走ってきた。
「あらあら、どうしたんですか?」
「すみません、不注意で転んでしまいました」
すぐに答えたのは三木だった。三木をおんぶしたままの結城はバツが悪そうにしていた。
「応急処置といっても、消毒液と虫刺され薬くらいしかなくて…」
係員は、オロオロしている。
「あの、これでもう失礼しますので、大丈夫です。タクシーを呼んでくれませんか?」
三木は、帰るつもりらしい。
「でも、この後は隠れ家カフェでランチをとりながらブレイクタイムですが…」
「いえ、もういいです。今日は帰ります」