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クレハ様は自室に到着すると、すぐにベッドへ横になられた。明らかに様子がおかしい主の側から離れるのは気が進まなかったけど、眠るのでひとりにして欲しいとお願いされては仕方がない。それが私たちを遠ざけるための方便だと分かっていてもだ。
私とルイスさんは渋々だが退室することになった。それでも何かあった時にすぐさま対応できるよう、クレハ様の部屋の隣にある控えの間で待機しながら、今後どうすべきかを話し合うことにした。
「さっきの食事の席で問題が発生したのは明白だよ。ボスに報告しないと……」
食堂の前で暴れる寸前だったルイスさん。一時的に収めていた怒りがまた溢れ出してきたのだろう。今にも部屋から飛び出して行ってしまいそうだ。私はそんな彼を宥めながら、クレハ様のためにどうするのが最善かを必死に考えている。
「ルイスさん、逸る気持ちは分かりますがレオン殿下に知らせるのは待って下さい。まず私がクレハ様とお話しをしてみますので……」
「どのみち報告はしなきゃ……だったら早い方がいい」
「分かっています。でも、お願いです……少しだけ時間を下さい」
クレハ様の身に何が起きたのかはまだ判明していない。無理やり笑顔を作って普段通りに振る舞おうとなさっていた姿から想像するに、私たちにあまり知られたくない内容の可能性が高い。
クレハ様本人は上手く隠し通せていると思っているようだけど、残念ながらその健気な努力が実を結ぶことはない。ある程度交流があれば、クレハ様の異変にすぐに気付くだろう。そのくらい分かりやすかった。でも、だからといって周囲の人間が先走って事を大きくして、クレハ様を更に追い詰めてしまうような展開だけは避けなければならない。
今のクレハ様をレオン殿下が見たらどうなるか……想像するだけで怖い。彼の部下であるルイスさんでさえ、一触即発の状態なのだ。英明と名高い殿下もクレハ様のことになると、我を忘れて怒り狂うのではないか。そして、その怒りが旦那様へと向かってしまったら……王家とジェムラート家の関係が悪くなってしまったらどうしよう。
様々な不安が一気に押し寄せてきて、頭がぐちゃぐちゃになりそうだ。とにかく、そんなことにならないように、まずは私が先陣を切ってなんとかクレハ様を慰められないだろうか。
「……クレハ様があのような態度を取られているのは、殿下を始め、皆に心配をかけないよう気遣っておられるからでしょう」
「だろうね……全然隠せてないけど。姫さんは嘘がつけないタイプだわ」
ルイスさんは切なげに眉をひそめた。クレハ様のあの感情のこもらない笑顔を思い出したのだろうか。私も今までみたことのない主の表情に背筋が震えたのだった。
「私はそれに加えて、食堂での出来事は我々に隠しておきたいという気持ちも強かったのではないかと推察します。父親と娘の間で交わされた……非常にプライベートな内容かもしれません。それでしたら、クレハ様の方からお話しして下さる前に、周りが騒ぎ立てるのは得策ではないかと……」
「ジェムラート家の内輪ネタかもしれないってことね……それって……」
「まだ分かりません。それを確認するためにも、殿下にお知らせする前に、私に任せて頂けないでしょうか。もし、私たちが想像しているやり取りがクレハ様と旦那様の間でなされたのなら……今クレハ様に寄り添うのは自分が適任だと思います」
旦那様がこのタイミングで、しかもクレハ様があんなにも衝撃を受けるような話といえば……私たちが今の今までひた隠しにしていたあの出来事が思い起こされる。クレハ様が王宮に滞在することになった本当の理由。そう、フィオナ様の……
「もし……姫さんの姉さん関連の話が原因なら、どちらの事もよく知っているリズが適任か。確かに……ボスはテンパって失言しちゃうかもしれないな」
私も正にそれを心配しているのだった。そしてそれはクレハ様の方にも言えることだ。殿下とお話しをする必要はあるけど、それはクレハ様がもう少し落ち着きを取り戻してからの方がいい。
「分かったよ。とりあえずリズに姫さんを任せる。でもそんなに長らくは待てない。ボスに勘づかれるのも時間の問題だからね」
「ありがとうございます、ルイスさん」
「それと……俺を止めてくれたことにも礼を言う。さっきの姫さんを見たら頭に血が上っちゃってさ。取り返しのつかない失態をするとこだった。後先考えずに姫さんの父親に詰め寄ろうとしたんだからさ……」
「ほんとです。こんな子供に大人の男性……しかも軍人さんを足止めさせるなんて無茶な真似は今後させないで下さいよ。巨大な岩に向かって体当たりしてる気分でしたから」
「ははっ……ごめん。これからは気を付ける。俺もボスのこと笑えないな」
口ではルイスさんを諌めるような言葉を吐きつつも、内心は嬉しかった。それほどクレハ様を大切に思って下さっていることの証明でもあるから。
会話をしているうちにルイスさんも冷静になってきたようだ。部屋を飛び出していくような荒々しい空気はなくなった。
ルイスさんの協力を得る事に成功したけれど、これからが本番だ。私に任せろだなんて大口を叩いたのはいいけど、心臓は緊張と不安でバクバクと激しく高鳴っていたのだった。