コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
両手を広げてベッドの上に寝転がり、ぼんやりと部屋の天井を眺めている。食事の直後にこのような体勢を取るのは良くないけれど、そんなことを気にする余裕が今の自分にはなかった。
時計を確認すると、もうすぐ15時になろうとしている。リズとルイスさんに席を外して貰い、部屋に篭ってからそろそろ1時間になる。
「ふたり共……変に思ってないといいけど……」
動揺を悟られたくなくて、必死になんでもない風を装った。大丈夫、いつも通りに振る舞えていたはずだ。みんなに心配をかけたくない。きっと……大丈夫。
「……だいじょうぶ、だいじょうぶ」
本当に?
声に出して言い聞かせてみても、言葉だけが上滑りしているように感じた。何の慰めにもなっておらず、説得力も皆無。本当に大丈夫なら人払いをして部屋に籠るなどしていない。現実は大丈夫とは程遠い。それなら自分は『悲しい』のか、それとも『辛い』のか……どちらも己の心情を表している言葉だと思う。その割には涙さえ出ていないけど。話を聞いた直後の衝撃が尾を引いており、感情に体が追いついていないみたい。
お父様から告げられた大切なお話。私には秘密にされていたというそれ。詳しく内容を聞いてみれば、なるほど……隠されていた理由がよくわかった。
フィオナ姉様が心を痛め、リブレールへと旅立つことになってしまった原因は私だったのだ。
「まさか、姉様がレオンのことを……」
姉様は私がレオンと婚約を結んだことに酷く取り乱して、絶対に認めないと激昂したのだそうだ。沸き立つ感情を抑えられず声を荒げるその姿には、普段の淑やかさは見る影も無かったという。
お父様とお母様……そして使用人たちはそんな姉様の豹変ぶりに驚愕し、屋敷内は一時混乱状態に陥ったらしい。私の王宮滞在が決まったのはこの時だ。
「姉様とルーカス様……仲良さそうに見えたのにな……」
内容が内容なだけに、お父様は言葉を選びながら慎重に話を続けた。途中で何度も私のせいではないと言い聞かせた。
姉様の主張はあまりにも自分本位であり、周りが見えていなかったそうだ。そもそも姉様に王太子の婚約について意見する権限など無い。実の妹を貶すような発言をしたのも印象が悪かった。いくら気に入らないからといっても、言っていいことと悪いことがある。姉様の失態だ。よって私が負い目を感じる必要は全くないのだと……でも――――
お父様の話を何度も反芻した。その度に胸の辺りにチクチクとした痛みが走る。皆が危惧していた通り、自分は間違いなくショックを受けている。それなのに、頭の中は靄がかかったみたいにぼんやりとしていた。
この話が嘘でも冗談でもないと理解しているけど、実際に自分で見たわけじゃないせいか、あまり現実感がないのかもしれない。それとも……姉様に限ってあり得ないと信じる気持ちが、この状況を受け入れるのを拒否しているのだろうか。
焦点の合わない瞳で天井との睨めっこを続けていると、部屋の扉をノックする音が耳に飛び込んできた。寝転んでいた体を起こして、扉の前にいるである人物に向かって返事を行う。
「……誰?」
「お休みのところ申し訳ありません。リズです」
訪問者はリズだった。勘の良い彼女のことだ。私の態度に違和感を覚えて様子を見に来たのかもしれない。
「もう起きていたから平気だよ。起こしにきてくれたの?」
本当は眠ってなどいなかった。疲れて休んでいるという設定だったので、リズに怪しまれないように演技を続けただけ。意識し過ぎて、変にはしゃいだみたいな声色になってしまったのは失敗だったな。
リズに部屋に入ってくるように促すと、ゆっくりと静かに扉が開いた。僅かに出来た隙間からためらいがちにリズが顔を覗かせている。
「あの、クレハ様……もし具合が悪いということでしたら無理はなさらないで下さいね」
「ちょっと疲れただけだって。心配しないで」
リズは舐め回すようにじっと私を見ている。嘘をついていないか探っているのだろう。そんな彼女に向かって私は笑顔で応対した。誤魔化されてくれるだろうか……
「クレハ様、差し出がましいとは思いますが、先ほど旦那様とのお食事の席で何かあったのではないですか?」
「えっ……!?」
「やっぱり……そうなんですね」
私の演技はリズに通用しなかった。あっさりと見破られてしまう。もしかして、最初からバレていたのかな。リズはいつも以上に私の表情を読み取ろうとしている。私とお父様の間でどんなやり取りがあったのか既に勘付いていそうだった。
リズはフィオナ姉様の件を知っている。お父様が口止めをしていたので、そんな素振りは一切見せなかったけど、鈍感な私に呆れていたのかもしれない。彼女はいつだって私の味方をしてくれる。でも内心は……フィオナ姉様の方がレオンの婚約者に相応しいと感じていたのではないだろうか。私たち姉妹の関係はリズの目にはどのように映っていたのだろう。
「あ、あの……リズ。ちがっ、ちがうの。わたし……」
呼吸が乱れて苦しくなってくる。言葉が上手く出てこない。リズの顔がぼやけている……視界まで霞んできた。
「クレハ様!!」
全身の力が抜けて倒れそうになったところを間一髪でリズに支えられた。彼女は私をベッドに座らせると、優しく背中をさすってくれる。気持ちを落ち着かせて、正常な呼吸ができるよう誘導を行なった。
「クレハ様……慌てないで、私と一緒に息を吸って下さい。……はい、次はゆっくりと吐いて。何も考えず、息を吐くことに集中して……」
リズの声に従って何度か呼吸を行うと、息苦しさが治まってきた。突然のことに混乱状態になっていた頭も冷静になり、気持ちも落ち着いてくる。
「ありがとう。もう平気」
「……平気じゃありません。クレハ様、もうしばらくお休みになって下さい。今度は私も側にいますから」
「うん……」
再びベッドに横たわる。眠くはないけど、休めというリズの迫力が凄くて逆らえそうになかった。
「迷惑かけてごめんね」
リズは首を激しく横に振った。迷惑だなんて思ったことはない。自分の体調のことだけを考えて、無理をしないで欲しいと懇願される。
「あのね……リズ。今日はもう眠れそうにないから、私のはなし、聞いてくれる?」