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真由とは長い付き合いだけれど、一緒に旅行するのは初めてだった。名目は仕事、だけれど。
温泉で部長が残した痕を冷やかされ、最近の真由の恋バナを聞いた。
年下の男性にアプローチされているらしい。最初は相手にしていなかったけれど、先週初めて二人で食事をしたと。
「馨を見てたら、恋愛したくなったのよ」と、真由が照れ臭そうに笑った。
相手のことは言いたくなさそうだったのは、私がその男性を知っているからだろう。
社内の人か、取引先の人か。
心当たりは、ある。
出張中、雄大さんとはメッセージのやり取りを欠かさなかった。
「部長って見かけによらず、マメなのね」と、真由が意外そうに言った。
「——と言うより、心配性なのか。でなきゃ、すっごい独占欲が強い?」
全部、とは言えなかった。
本来の目的である宇宙展に関わる視察も、無事に済んだ。
会場の下見と交渉、出展企業への挨拶。
私たちは上機嫌で東京に帰った。
だから、雄大さんが帰る前日の社内で黛と鉢合わせしてしまった時、一瞬で現実に引き戻された。
「お疲れ」
私の乗るエレベーターに黛が乗って来て、逃げられなかった。
「お疲れさまです」と、私は最低限の礼儀を見せた。
もちろん、視線は合わせない。
扉が閉まり、鉄の箱が上昇し始める。
「出張土産、渡そうと思ってたからちょうど良かった」
胡散臭いこと、この上ない。
「結構です」
「まあ、そう言うなよ」
扉の上の現在階を点滅で知らせる表示板を睨みつけながら、ゆっくり静かに呼吸を整える。
本心では、黛と同じ空気を吸うのも嫌でたまらない。
たった二階上がるだけの数秒が、数時間にも感じた。だから、営業部のある四階で扉が開いた時、心底ほっとした。
「写真写りのいい婚約者殿だな」
そう言って、黛はエレベーターを降りて行った。私が抱えていた分厚いファイルに、はがきサイズの真っ白な封筒を差し込んで。
封筒の中身が何であれ、デスクで見るべきではないことは確か。
私はファイルをデスクに置き、化粧ポーチと封筒を持ってトイレに向かった。
ドアの前で田中さんとすれ違った。挨拶を交わす。
個室に入り、荷台に化粧ポーチを置いて、封筒を開いた。
雄大さん——!
中には写真が五枚、入っていた。ご丁寧に日付入り。
二枚は先週の日付で、どこかのホテル。一枚は、部屋の前で春日野さんが雄大さんに抱きついている。もう一枚は、バスローブ姿の雄大さんがホテルの従業員にビニール袋を手渡している。
どういう状況下にあったのかは、知っている。見て、気分のいいものではないけれど、泣いたり怒ったりするようなものではない。
後の三枚は一週間前の日付で、どれも雄大さんと春日野さんが一緒にいる写真。
どうして春日野さんが……?
一枚は二人が食事をしながら笑っている写真。一枚は二人が肩を並べて歩く写真。そして、もう一枚は二人がホテルの部屋に入って行く写真。
ショックだった。
もう会わないと言っていたのに、雄大さんは春日野さんに会っていた。ホテルで。それを、私は知らされていない。
同時に違和感を持った。
雄大さんはこの日、京都にいたはず。
春日野さんが追いかけて行った?
そうだとしても、雄大さんが彼女を笑顔で受け入れるとは信じられない。
そんなことより、これを撮ったのは誰——?
私は気丈な女だと、思う。
婚約者の浮気現場とも見える写真を見せられて、泣くでもなく怒るでもない。自分が怖くなるほど、冷静だった。
誰が撮ったにしても、どうして黛が持っていた——?
雄大さんが置かれている状況を考えると、答えは簡単に導き出せた。
雄大さんは罠に填められた。
春日野さんと黛によって。
この写真が、二人が共犯者であることの証拠。
思わず、持っていた写真を握り潰す。掌に紙が食い込んで、痛い。それでも、力を込めずにはいられなかった。
どうして、こんなことに————!
雄大さんを共犯者にしてしまったことを、心の底から後悔した。
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