「こんなことをして、雄大が手に入ると本気で思っているのかしらね」
くしゃくしゃになった写真を見て、澪さんが言った。
「バカな女」
「春日野さんは黛に利用されているんだと思います」
雄大さんを諦めきれない春日野さんにつけ入ったのは、黛。
そして、春日野さんは恐らく黛の企みを知りながら協力している。
雄大さんを取り戻すために——。
「どうかしらね?」と、澪さんが写真をもう一度くしゃくしゃに握りながら言った。
「案外、目的のために黛を利用しているのはあの女の方かもよ?」
「春日野さんが?」
「ああいう女って、馨ちゃんが思うよりしたたかよ。欲しいものの為なら形振り構わないでしょうね」
澪さんが真由と同じことを言った。
「友達にも、同じことを言われました」
「あら。その友達、私と気が合いそうね」
ワイングラスを傾けながら、にっこりと笑う。
「この写真を雄大に見せるかは馨ちゃん次第だけど、もし見せるなら言い訳を聞いてやって?」と、澪さんは少しバツが悪そうに言った。
「これは姉としてのお願い」
「お姉さん……」
「もちろん、許してやって欲しいっことじゃないの。とにかく言い訳だけは聞いてやって? その後で殴るなり蹴るなりするのは止めないから。何なら、私も加勢するわ」
澪さんがぐっと握りこぶしを作る。私は思わず笑ってしまった。
けれど、澪さんはまたすぐに申し訳なさそうに目を伏せた。
「ごめんね、馨ちゃん」
「お姉さん?」
「母親のことも、雄大のことも……。私も何も力になれなくて……」
「いえ……。私こそすみません。相手が私じゃなければ、ご両親も反対したりしなかったですよね」
澪さんがふふっと笑う。
「雄大も同じことを思ってるでしょうね」
「言われました」
「そう」と言って、メニューを開く。
「お姉さん」
「ん?」
「私と雄大さんは別れた方がいいと思いますか?」
澪さんが、メニューから顔を上げた。けれど、また視線を落とす。
「別れた方がいいって言ったら、別れるの?」
「それは……」
「なら、聞かない方がいい。それに、私がどう言っても、別れられないでしょう?」
「……」
澪さんがバーテンダーを呼んで、赤ワインのお代わりと、三種のチーズ、ミックスナッツを注文する。私の飲み物を聞かれて、ブラックルシアンとチョコレートを頼む。
キツイお酒を飲みたい気分だった。
「少なくとも、雄大は出来ないって言ってたわよ?」
「え?」
「だから言ったのよ。『限界まで足掻いて、ダメなら駆け落ちすれば』って」
澪さんらしい、と思う。
そして、そう出来たらどんなにいいか、とも。
「ねぇ、馨ちゃん」
「はい」
「始まりはどうであれ、今の馨ちゃんの望みは?」
私の、望み……?
「馨ちゃんが一番望むこと。妹さんを黛から守ること? 雄大と結婚すること? うちの両親に結婚を認めてもらうこと?」
私が『一番』望むこと…………。
「本当は、うちの両親に認めてもらって、雄大と結婚して、妹さんと立波リゾートを守れたらいいんでしょうけど、全てを望み通りにするのは難しいでしょうね」
わかっている。
「なら、馨ちゃんは何を諦められるの? 何が諦められないの?」
諦める……?
答えられなかった。
質問の意味はわかるのに、全く答えが思いつかない。
黛にも聞かれた。
『お前が守りたいのは立波リゾートか? 妹か?』
「とりあえず、雄大との結婚は諦められると言われなくて良かったわ」
間抜けな顔で考え込む私を見て、澪さんが嬉しそうに微笑んだ。
*****
出張から帰った雄大さんは、業務報告やら経費精算やらに追われて忙しそうだった。だから、お帰りなさい、と声を掛けるだけにした。雄大さんは、帰りは少し遅くなる、とだけ言った。
そう言った雄大さんはとても疲れているようで、とても私を求めているように見えた。
だからというわけではないけれど、今日は定時で帰って餃子を作った。
雄大さんが大きなスーツケースを抱えて玄関のドアを開けたのは、私が帰った三時間後だった。
「お帰りなさい」
「ただいま」
会社で見た時よりも更に疲れた顔をして、彼は私を抱き締めた。
「疲れた……」
「お疲れさま」
写真を見せようか、この瞬間まで迷っていた。けれど、抱き締められて、決めた。
真由には、写真を見せて、きっちり問いただした方がいいと言われた。
写真を突きつけて言い訳を聞くことは簡単だが、そうすることで雄大さんと気まずくなりたくなかった。
本音を言えば、少なからず怒っていたし。
どんな事情があったにしても、こんな写真を撮られるような隙があったのは、雄大さんの落ち度。
それに、何らかの事情があって春日野さんと会ったのならば、雄大さんの口から聞かされるだろう。
そして、澪さんの言葉。
『馨ちゃんは何を諦められるの? 何が諦められないの?』
その答えを出せない私に、雄大さんを責める資格はないような気がした。
たとえ、雄大さんが出張先で春日野さんと会ったことを話してくれなくても……。
私は雄大さんの背中に腕を回し、言った。
「今日は餃子だよ」
「マジ?」
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