コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
翌朝。
鳥のさえずりが心地よく響く王宮の庭園に、ひときわ静かな緊張が漂っていた。
その中心には、白銀の髪が朝日にきらめく少女と、金の髪をなびかせた王子の姿。
「……少しだけ、時間をもらえるか」
アルベールの低く落ち着いた声に、オリビアはきょとんと目を瞬かせた。
「……はい、もちろん。何か……?」
「これを、お前に」
王子は、ゆっくりと懐から小さな箱を取り出す。
美しい黒いベルベットの外装。
そして中には、水色の宝石が繊細にあしらわれた髪飾りが――
まるで、オリビアの瞳と髪に合わせて作られたかのような、美しい逸品。
「……これは……?」
「……髪に、合うと思った」
「…………」
オリビアは、しばらく声を出せなかった。
綺麗、とか、嬉しい、とか、ありがとう、とか――そのどれもが陳腐に思えてしまうほど、胸の奥が熱かった。
けれど――
「……これは、“フリ”の一環……ですか?」
それでも、どうしても確かめたくて。
言葉にすれば壊れてしまいそうな気がして、それでも……訊かずにはいられなかった。
アルベールは少し黙ってから、目を細めて言った。
「……違う。“俺の気持ち”だ」
「…………え……」
その瞬間、オリビアの胸の鼓動が跳ね上がる。
(え? 気持ちって……え? 今……え?)
混乱の海に沈みかけるオリビアの前で、王子はほんの少しだけ微笑んだ。
「いつもお前を見ると、何かがうまく言えなくなる。……それでも、これだけは渡しておきたかった」
「…………」
その言葉はまっすぐで、どこまでも不器用で、けれど――
(……優しい)
「……ありがとうございます。とても、嬉しいですわ」
気づけば、オリビアの頬はほんのりと紅を差していた。
受け取った髪飾りを、そっと胸元で大事に抱きしめる。
そして――
「王子様、私も……お伝えしたいことが――」
そう言いかけた瞬間。
「オリビア様ーっ! 大変ですっ!」
ミーナが駆け込んできた。
「っ……ミーナ!? 今、ちょっと大事な――」
「セリーヌ様が倒れられたそうで……王子様に、お見舞いのお言葉をお願いしたいとのことで!」
「…………」
空気が、変わる。
オリビアの手が、ぴたりと止まり、王子の表情からも温度が抜けた。
「……セリーヌは?」
「熱を出されて、部屋から出られないと……」
「…………そうか」
アルベールは短くそう答えると、再びオリビアの方に向き直った。
「……すまない、続きは、あとで」
「……はい。もちろんです」
笑顔を貼り付けたオリビアの声は、少しだけ震えていた。
(……“あとで”なんて、続きなんて、あるのかしら)
彼女の手に残ったのは、宝石の髪飾りと――言えなかった想い。
***
その夜。
オリビアは自室の鏡台の前で、あの髪飾りをそっと髪に差してみた。
似合う。あまりに似合いすぎて、涙が出そうだった。
「……どうして、こんなに嬉しいのに、こんなに苦しいのかしら」
王子の不器用さは、もう理解している。
けれど――あの場で立ち去られたことは、やっぱり胸を刺す。
「私のこと、本気だって言ってくれたのに……まだ“他の誰か”に呼ばれたら、そっちへ行くのね……」
彼女はそっと、髪飾りを外した。
(……こんなの、ただの希望じゃ、もう耐えられない)
***
一方その頃、王子は――
セリーヌの部屋の前で、立ち尽くしていた。
中から聞こえる侍女の声と、微かに漏れる咳。
だが、王子は部屋に入らなかった。
「お見舞いに来てくださったのでは?」
「……俺は、オリビアに会っていた」
「はい?」
「オリビアと過ごしていた時間を、途中で切ってまで来るほど、俺は親切ではない」
「……王子様、それはあまりに……」
「……オリビア以外のために、気持ちを使いたくない」
その言葉に、扉越しのセリーヌの目に涙が浮かぶ。
けれど、それは報われることのない恋だった。
王子は、はっきりと知っていた。
――今、自分の感情は“計算”の外にある。
この国の第一王子として、何もかも読み通せると思っていた。
けれどオリビアだけは、違った。
予測不能で、思わず心が動く。
そして気づけば、
もう目を離せない存在になっていた。
「……俺は、もう、オリビア以外に興味がない」
その夜、王子は初めて、自覚的に“恋”を知った。