第一の鍵を手にした七人は、旧音楽室を後にし、足音を忍ばせながら廊下を進んだ。
懐中電灯の光が揺れ、壁に映る影が自分たちとは違う動きをしているように見えるたび、誰もが息を飲む。
「……“鏡の間”って、ほんとに理科準備室の奥?」
穂乃果がささやくように言った。
菜乃花は唇を噛みながら頷く。
「うん……物理の実験で“無限鏡”を置いた部屋。鏡を四方に並べて……入ると自分の姿が何重にも映るあそこ……」
「やだ……そんな場所で試練なんて」
里奈が声を震わせる。
香里は妹の肩を軽く叩きながら言った。
「泣いても出られないわ。進むしかない」
やがて辿り着いた理科準備室の奥。
鉄の扉を押し開けると、冷気が肌を刺した。
そこは確かに“鏡の間”――四方に鏡が並び、中央にはただ一つの机が置かれていた。
机の上には古いランプが置かれ、その明かりが鏡に反射して空間全体を怪しく照らしていた。
「……これ、全部で何枚あるの?」
瑞希が周囲を見回し、息を呑む。
無数の自分たちが鏡の奥から覗き返していた。
「ねえ……あれ、おかしくない?」
真綾が指差した。
鏡に映る“自分たち”の中で、一人だけ――“浜野里奈”の映像が数秒遅れて動いていた。
「ひっ……!」
里奈はその場に崩れ落ちる。
「わ、私じゃない……あれ、私じゃないっ!」
慌てて駆け寄ろうとする穂乃果の腕を、理沙が強く掴んだ。
「待って。下手に動くと……仕掛けに引っかかるかも」
その時、校内放送がまた鳴った。
――ジジジッ。
『……第二の試練。“本物”を見極めよ。偽物に触れれば、その者は……鏡の中へ』
七人の背筋に氷の刃が突き立つ。
「ど、どういうこと……? 本物を見極めろって……」
菜乃花が必死に鏡を見比べる。
瑞希は拳を握り、前に出た。
「つまり……里奈の偽物を探すんだよね。間違えたら……その人が閉じ込められる」
「で、でも……」
香里が震える妹の肩を抱く。
「里奈は“ここにいる”のに……じゃああの鏡のは……」
鏡の中の“里奈”は、ゆっくりと口角を上げ、不気味に笑った。
その笑みは現実の里奈にはできないほど歪んでいた。
「……わかった。あれが偽物だ」
理沙の声は鋭い。
「ほんとに……?」
穂乃果が不安げに尋ねると、理沙は鏡の前に立ち、手を伸ばしかけた。
その瞬間――
鏡の中の“偽物の里奈”が、同じ動作で手を伸ばしてきた。
ただし、その指先には長い爪のような影が伸びていた。
「違うっ! 触っちゃダメ!」
真綾が叫ぶ。
理沙は寸前で手を引き、心臓を押さえた。
次の瞬間、机のランプが激しく点滅し、床に一冊の本が落ちた。
それは古い日誌で、表紙に「第二の鍵」と書かれていた。
「これが……次の鍵」
菜乃花が震える声で手に取ると、日誌の間からまたしても小さな真鍮の鍵が転がり出た。
首元には「2」の刻印。
――だが、安堵は許されなかった。
鏡の中の“偽物の里奈”が、鏡を叩き割るようにして叫んだ。
「次は……誰……が……偽物……?」
七人は一斉に後ずさり、鏡の間を飛び出した。
背後で無数の鏡がガシャーンと音を立てて砕ける。
第二の鍵を手に入れた彼女たちは、恐怖と疑念を胸に抱きながら、次なる試練へ向かわざるを得なかった。