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序章:零のコード
命令(Code)__
それは秩序を守るためにある。
正義も、倫理も、時には命すらも、その一言で左右される。
この国では、そう在ることが当たり前だった。
西暦2056年、日本。
表面上の街並みは、二十年前とさほど変わらない。
だがその下には、一つの制度が根を張っていた。
《センスム(Sensum)》__
人間の潜在適応能力が、極限まで進化した現象。
火を吹いたり空を飛んだりはしない。
それは思考の速さで銃弾を先読みし、
空間の“揺れ”から音の発生を予知し、
他者の感情を、まるで風のように察知する。
目には見えず、けれど確かに存在する“異能”。
それがこの世界の根幹だった。
生まれながらにそれを備えるものは《Primus(プリムス)》、
後天的な影響で発現する者は《Altered(オルタード)》、
全く能力を持たないものは《Null(ナル)》。
そして、いずれの分類にも当てはまらない例外、つまりはそのセンスムの能力の希少性が高く唯一無二のセンスムを持ち合わせている者。それを、人々は《Singular(シンギュラー)》と呼ぶ。
これらを管理するのが、CNSA__国家認知能力運用庁。
公的には「国民を守る能力組織」。
だが、真の役割は異能の“統制”であり、
その内実は「選ばれた力をどう使わせるか」を決定する支配機構だった。
CNSAに所属するセンスム保持者は《コードホルダー(Codo Holder)》と呼ばれる。
命令(Code)を与えられ、その遂行を義務付けられた存在。
その階級は、訓練生Δ(デルタ)、実働任務のβ(ベータ)、
主力戦術級のα(アルファ)、戦術指揮のΣ(シグマ)、
そして__制度の外に立つ、ε(イプシロン)。
εは、命令を「超えて動く」ことを許された存在。
その中でも極めて例外にだけ与えられる名がある。
コードブレイカー(Code Breaker)。
命令に従わず、ただ“己の選択”を貫く者。
その名は、制度の限界と可能性を同時に孕む。
一方、αランクの中で高い今日協調性と成果を示した者には特別な称号が与えられる。
ナンバーズ(Numbers)
連携と才能の象徴、民間の憧れ。
彼らこそが「制度に選ばれ、誇らしく生きる力の模範」とされていた。
だがこれらのコードやルールに従えず、制度から外された者たちもいた。
第零局(The Zeroth Division)
本部の記録には「戦術的処理部隊」と記されるその部署は、
能力評価・規律・政治的問題など、
あらゆる意味で“制度に合わなかった者達”が集められた場所。
内部では、こんな俗称で呼ばれていた。
“墓場”
__あるいは“ゼロ地点”
だが噂に反して、彼らの戦果は正確で、迅速で、何より___美しかった。
ある日、都心で起きた暴走事件。
発生元は、過激思想組織《アムニス(Amnis)》が投下したセンスム実験体。
アムニスはセンスムを「神の祝福」と崇め、
CNSAの存在そのものを“冒涜”とみなす過激派組織だった。
現場に到着した本部部隊は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
制圧完了。制圧時間__六分二十三秒。
被害者ゼロ。物的損害、花壇と電柱、合わせて三箇所。
提出された報告書には、こう記されていた。
「通行の邪魔だったので排除。焼肉の予約が迫っていたため。」
会議室の空気が凍りついた。
悪ふざけかと思った。だが映像は事実を映していた。
戦場には、暴力の痕跡がなかった。
一つの拳派、構造を見抜いて無駄を避け
一つの剣は、誰も傷つけずに戦場を支配し、
一つの投擲は、空気そのものを制圧し“神経”を止めた。
そして__白い制服の少女が、最後に現れる。
名は記されていない。
だが、誰もがその姿を見て黙った。
Zeroの再来。
制度を壊す者ではない。
制度の“外”で静かに守る者。
彼女は、秩序に従うのではないく、“秩序を選ぶ”存在だった。
_____
その頃、CNSA本部・第六会議室。
大型ホロスクリーンに映る少女は、整った制服と沈黙を纏っていた。
名前は__久遠寺椿(くおんじ つばき)。
階級β、封鎖制圧型照準感覚能力センスムの保持者。
命令無視による単独行動。
それが、処罰会議の主題だった。
「規律に背いた点は明確だ。だが、結果として市民は救われている」
「降格は当然だろう」
「……いや今回は“移動”だ。」
全員が言葉を飲んだ。
「配属先は__第零局」
静かなざわめき。
「また、あの場所か」
「近頃、何かある。ナンバーズの彼や……あのコードブレイカーも、奇抜な動きをしている。」
名は出されない。だが誰もが察していた。
制度における“象徴”であり、“異常”でもある二人。
その目が、“ゼロ”に向けられることなど、あってはならない。
__はず、だった
____
制服の裾を整えながら、椿は静かに歩いた。
配属通知に記された住所は、都内の住宅街の片隅。
目の前に現れたのは____
花屋だった。
小さな看板に、柔らかな筆記体でこう記されている。
Zerofleur(ゼロフルール)
“忘れられない者達に花を咲かせる場所”
ガラス越しに見えたのは、彩り豊かな季節の花と、木の棚。
春の暖かな陽の光が椿を照らした。
椿はその店に、導かれるように足を踏み入れたのだった。
世界が音を立てて動き始めていた。
運命は、歯車を回し、物語を紡ぎ始める。
「Singular’s Code]
物語は___ゼロから始まる。