翌朝。
真夏の突き刺さるような灼熱がじわじわと薄らぐ眠気に溶けていく感覚をおぼえ、
アルベルトは重たい眉を挙げた。
…もう朝か、昨日はご主人様と…あれ?…俺は昨日何をしていたんだっけ。
アルベルトは体を起こして周囲を見回した。
いつもはしっかりとあるはずの記憶がからっぽで、彼はひとり眉間を指でもみながらもう一度頭の中を探る。昨日は、主人のルナと一緒に旅をして…それから…。
…だめだ、まったく思い出せない。どうしよう…。そろそろご主人様を起こす時間なのに…。
ん?そういえば、ご主人様はどこだ?
「ご主人様、いませんか?ご主人様ー?」
彼は立ち上がってあたりをうろついた。
テントはなく、ただ木々と、小鳥のさえずりがあるだけの静かな空間は彼をより一層不安にさせる。
いつも、自分が呼ぶとひよこのようにてこてこと気かづいてくる彼女の気配はまったくない。
「ご主人様…?ご主人様ー!いませんかー?」
彼は不安と寂しさを感じながらそう彼女を呼んだ。
すると、森の中から一匹の小鳥が現れ、ふわりと彼の肩に乗る。
「!?、な…なんだ貴様!」
いきなり小鳥が乗ってきたことに驚きアルベルトは牙を見せて小鳥に威嚇した。すると小鳥は、動じることなく小さなくちばしでこう返した。
「アルベルト。」
「!?」
アルベルトの表情が止まった。
「その声は…ご主人様!?」
「うんそうだよ、よかった。風水師の魔法、うまくいったみたいだね。」
そう言うと小鳥…いや、魔法で小鳥に姿を変えたルナはちちち、とかわいらしいさえずりをあげた。
「さすがですご主人様、今日はどうされたのですか?今はどちらに?どうして小鳥の姿に?」
「うん…あのね……えっと。」
「はい…?、ご主人様?
なんだか声が悲しげに…。」
「アルベルトにお別れを言いに来たの。」
「!」
その瞬間、アルベルトの耳からルナの声以外の音が消えた。
「は、はい…?ご主人様?今、なんと…?」
「お別れをいいにきたのって言ったよ。」
「!?、そんな…なんで?どうしてですか?
俺が何かご主人様に迷惑をかけるようなことでもしてしまいましたか?
それとも俺のことが嫌いなのですか…?」
「…ううん。私はアルベルトが大好きだよ。」
「!?、それならなぜ…!」
「それはアルベルトが魔物だからだよ。」
「えっ……俺が?」
アルベルトの頭は混乱した。
自分を呼び出したのはルナだ。
それなのに、ルナはアルベルトを
魔王が生み出した魔物と言い放つ。
「ユリアとジャックが村の人に聞いたって、
アルベルトみたいな魔物が魔王の軍神として
数百年前にいたって…それで沢山の村を燃やして、人々を…」
「待ってください、俺がそんなことを今までご主人様にしましたか?」
アルベルトはルナの声に噛み付く勢いでそう言った。
「アルベルト…」
「ご主人様、俺は…魔物でも
ご主人様達をずっとお守りしたいです。
この命に変えても、ずっと貴方だけを…
俺が、例え魔王に呼び出された存在だとしても、俺はずっとそばに置いてくださった貴方と一緒に魔王を倒します」
「……そっか。」
ルナの声がぽろり、と溢れるように落ちた。
「はい、ご主人様…俺の主人はご主人様だけです。」
アルベルトは小鳥を優しく手のひらに包み込み優しく撫でる。ツヤツヤの水色の翼が彼の褐色の指にとかされて、小鳥のルナは一瞬目を細めた。
それが可愛らしく見えてアルベルトは、
主人への忠誠と、心の奥底にある好意をあわせてそっと頭に口付けをする。
しかし、唇に頭が触れる寸前。
ルナはパッと彼の手から飛び立った。
「でも、ごめん。アルベルト
…もし貴方を連れていくと、
魔物を嫌う王子が
貴方を連れていた私たちと貴方を許してくれないんだ
………そして、そのことは王子と婚約した私にとって、とてもまずいことなんだ。」
「は…?」
…王子と、婚約?
アルベルトの体に突然重い衝撃が走った。
「私はアルベルトと出会った記憶を忘れさせ、
貴方と王子を離すために
彼の結婚を受け入れたの。
彼は…その、私にぞっこんだから、
今はなんでも言うことを聞いてくれてる、
もし、婚約がこのままうまくいって、私が妃になれば、
アルベルトと私達のことはずっと秘密にできる
…それで、私達が今いる場所は
魔王城とは正反対の位置ところにいて、これからはすごく遠回りして魔王城を目指すから、今離れれば、貴方と王子が遭遇することはない。
……だから、アルベルトはここで別れて生きてて欲しい。
勇者の一味として
許されない発言だとは思うけど、
私は貴方が、仲間として大好きだったから。
王子に捕まってほしくないの。
そのためなら、私はなんだってしてみせる。
貴方を危険な目には合わせない。
私が貴方を守ってみせる。
だから、貴方は安全な場所で生きるの、
ずーっとね。」
そう決意に満ちたルナの声は、残念なことにアルベルトの耳の中では霞んでしまった。
それはアルベルトの頭の中に自分の主人が
自分とは違う人間のものになるということだけが響いていたからだ。
…ご主人様が、誰かのものになる。
…結婚して、俺を置いて行く…。
なんで?なんで俺じゃない?
俺が魔物だから?ご主人様は俺のことが好きじゃなかったのか…?
アルベルトはルナの1番隣で冒険していたからか、内心でルナに愛されている自覚があった。
そして、彼女を大切に思ううちに、
気づけば彼女と自分が同じ想いだと
思うようになっていた。
そのため、アルベルトは今の状況を受け入れられなかった。
「ごめんね、アルベルト。どうか生きてね。」
小鳥のルナは黙り込むアルベルトの頭にぴょんと乗った後、小さな羽をパタパタと動かして飛んでいった。
彼女の水色の羽が青空と同化して、高く舞い上がる彼女は空に溶けて行くかのように見えた。