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夜の住宅街、凌先輩の歩幅はいつもより少しだけ速い気がした。街灯の下を歩く二人の影が、離れたり重なったりを繰り返している。
「……凌先輩、さっき遥と何かあったんですか?」
私が恐る恐る尋ねると、先輩はふっと息を吐いて足を止めた。
「別に、何もないよ。ただ、あいつに真っ向から向き合う覚悟ができただけ」
「覚悟……?」
「そう。さっき再会した人に言われたんだ。自分の気持ちを押し付けるんじゃなくて、その子のことを一番に考えられる人になれって」
先輩は私の目を真っ直ぐに見つめた。その瞳は、暗い夜道でもはっきりと分かるほど強く、熱を帯びている。
「俺、今まではどこかで線を引いてた。遥の兄貴だからとか、嫌われたくないとか。でも、それって自分のことしか考えてなかったんだよね。紗南ちゃんのことを、誰よりも大切にしたい。そのために、もう逃げないって決めたんだ」
先輩の言葉が、ひんやりとした夜の空気に溶けていく。私は返事に窮して、握りしめたカバンの紐を強く指でなぞった。
その頃、一人残された遥は、リビングでじっとしていられずにいた。
松葉杖を手に取り、無理やり立ち上がる。ズキリと走る痛みを無視して、彼は窓の外、二人が消えていった方向を睨みつけていた。
「……勝手に完結してんじゃねーよ、兄貴」
焦燥感に突き動かされるように、遥は棚からテニスラケットを取り出した。医者からは絶対安静と言われているその足で、彼は暗闇の庭へと踏み出していった。