新しいやつ
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名門・鷹宮家に仕える執事、ルカは三十歳。
完璧な所作と冷静な判断力で知られているが、彼自身のことを知る者は少ない。
彼の主である鷹宮 恒一は二十七歳。若くして当主となったが、社交の場を好まず、屋敷の書斎で過ごす時間が多かった。
「本日は、少しお疲れのご様子ですね」
ルカが紅茶を差し出すと、恒一はわずかに目を細める。
「……君は、いつも分かっているな」
それは主従としての信頼だった。
しかし、夜が更けるほどに、二人の距離は言葉にならない感情で満ちていく。
ある日、恒一はぽつりと漏らす。
「当主である前に、一人の人間として扱ってくれるのは……君だけだ」
ルカは一瞬だけ沈黙し、それから静かに微笑んだ。
「それは、私の望みでもあります。——恒一様」
名前を呼ぶ声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
主と執事。
立場を越えることは許されない。
それでも、同じ夜を静かに分かち合うこの時間が、二人にとって確かな真実だった。
鷹宮家の朝は、いつも同じ音から始まる。
廊下を進む革靴の足音、カーテンを引くわずかな擦過音、湯気の立つ紅茶の香り。
それらすべての中心にいるのが、執事・ルカだった。
「おはようございます、恒一様」
ベッドサイドで声をかけると、若き当主・鷹宮 恒一はゆっくりと目を開ける。
彼は眠そうにしながらも、ルカの姿を確認すると、どこか安堵したように息をついた。
「……君がいると、朝が現実だと分かる」
「それは光栄です」
淡々と答えながら、ルカはカーテンを開ける。
差し込む朝日が、恒一の髪と、ルカの銀縁の眼鏡を淡く照らした。
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恒一が当主になって三年。
親族との確執、会社の重圧、表に出せない孤独。
それらを誰にも見せずに耐える彼の姿を、ルカだけが知っていた。
夜の書斎。
恒一は書類に目を落としたまま、ぽつりと呟く。
「もし、僕が当主でなければ……君は、今もここにいた?」
その問いに、ルカの手が一瞬止まった。
「……分かりかねます」
正直な答えだった。
それでも続ける。
「ですが、今の私は“鷹宮恒一の執事”であることを誇りに思っています」
恒一は顔を上げ、ルカを見つめた。
視線が絡む。
主と執事としては、ほんの少し長すぎる沈黙。
「……ありがとう」
その一言に、ルカの胸が静かに痛んだ。
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ある日、恒一は過労で倒れた。
医師の指示で、数日間の静養が決まる。
ルカは寝室に簡易のデスクを運び込み、恒一の代わりに書類を整理した。
夜、熱が下がった恒一が弱々しく声をかける。
「ルカ……そばに、いてくれるか」
「ええ。夜明けまで」
その返事に、恒一は目を閉じる。
その指先が、無意識にルカの袖をつかんだ。
振りほどくことはできなかった。
ただ、そっと覆うように手を重ねる。
「……眠ってください」
それ以上のことは、何もしない。
それでも、確かに心は触れ合っていた。
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数日後、恒一は回復し、いつもの冷静な当主に戻った。
だが、別れ際のように、彼は執務室でルカを呼び止める。
「君は……いずれ、ここを去るのか?」
「執事には定年があります」
「……そうか」
沈黙のあと、恒一は小さく笑った。
「その時まで、君を独占してもいい?」
その言葉は命令ではなく、願いだった。
ルカは一礼する。
「それが私の務めです。——そして、私の選択でもあります」
主従という枠の中でしか、共にいられない。
それでも二人は、同じ屋敷で、同じ時間を重ねる。
言葉にしない想いを、静かに胸に抱いたまま






