テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#Paycheck
ゆゆゆゆ
ゆゆゆゆ
チャンスの指に顎を軽く支えられたまま、
エリオットは息を浅く吐いた。
(……やば)
心の中で、小さく呟く。
(今日、調子悪い)
視線を逸らしたいのに逸らせない。
逃げたいわけじゃないのに、逃げ場がない。
(完全に、向こうのペースだ)
さっきからずっと。
カジノでもそうだった。
勝ってるはずなのに、主導権は取れなかった。
帰り道。
手の甲にキスされて、
“姫”なんて呼ばれて。
家に来てからも――
(……手、縛られて)
自分の手首に巻かれたネクタイを、わずかに動かす。
(お姫様抱っこまでされて)
思い出した瞬間、また少しだけ顔が熱くなる。
(何やってんだよ、ほんと)
小さく自嘲する。
普段なら、もっと軽くかわしてるはずなのに。
今日は違う。
(……なんで)
ちらっとチャンスを見る。
余裕の顔。
崩れない距離。
(崩せてない)
いつもなら、煽って、揺らして、
相手のペースを崩すのは自分の方なのに。
(全部、読まれてるみたいだ)
さっきの言葉が、ふと浮かぶ。
――“降りる勇気だ”
カジノで、チャンスが言っていた言葉。
(……降りる、勇気)
一瞬、思考が止まる。
(それって)
ゆっくり、息を吐く。
(今も、同じ?)
勝ち続けることじゃなくて、
引くタイミングを見極めること。
(このまま行ったら)
多分、負ける。
完全に。
この空気のままじゃ。
(……なら)
ほんの少しだけ、力を抜く。
抵抗するんじゃなくて、
張り合うんじゃなくて。
(引く?)
でも、それは――
(負けるってことじゃない)
考えが、静かに切り替わる。
(タイミングを変えるだけ)
チャンスの言葉を、なぞるみたいに。
(降りる勇気、ね)
エリオットはほんの少しだけ目を細めた。
さっきまでの焦りが、わずかに引いていく。
その代わりに――
いつもの、にこっとした笑みが戻る。
(……じゃあ)
小さく息を吐く。
(ここで一回、降りるか)
その選択が、次の一手になる。
そう思った瞬間。
エリオットの中で、何かが静かに整った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!