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#Paycheck
ゆゆゆゆ
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(……ここで一回、降りる)
そう決めた瞬間、エリオットの中の力が、すっと抜けた。
張り合うのをやめる。
勝とうとするのをやめる。
その代わりに――
ほんの少しだけ、目を細める。
「……ねぇ」
小さく、呼ぶ。
チャンスの視線がそのまま落ちてくる。
「なんだ」
いつも通りの、余裕の声。
エリオットは一瞬だけ迷って――
でも、やめない。
そのまま、少しだけ視線を逸らしてから、
また戻す。
「……助けて」
静かな一言。
部屋の空気が、止まる。
チャンスの目がわずかに動く。
「……は?」
低い声。
予想してなかった、というより――
想定の外に来た反応。
エリオットは小さく息を吐く。
手首のネクタイを軽く持ち上げる。
「ほら」
少しだけ困ったみたいに笑う。
「これ、解けないし」
いつもの挑発じゃない。
強がりもない。
ほんの少しだけ、素直な声。
「……」
チャンスは何も言わない。
ただ、じっと見ている。
その視線を、エリオットは受け止めたまま――
ふっと、もう一歩近づく。
「物語だとさ」
ぽつりと呟く。
「お姫様って、キスで助けられるじゃん」
少しだけ照れたように笑う。
でも、目は逸らさない。
「だからさ」
一瞬だけ間を置く。
「助けてよ」
静かに、もう一度。
沈黙。
長くはないのに、やけに重い。
チャンスの表情が、ほんの少しだけ変わる。
余裕が――揺れる。
「……お前」
小さく、息を吐く。
それから、ゆっくりと手を伸ばす。
エリオットの顎に触れる。
さっきと同じ位置。
でも、今度は少しだけ違う。
強引じゃない。
確かめるみたいな触れ方。
「ほんとに、そういうの使うか」
低く呟く。
エリオットは小さく笑う。
「効くでしょ?」
一瞬の沈黙。
チャンスは目を細めて――
そのまま、距離を詰めた。
触れる。
ほんの一瞬。
やわらかく、静かなキス。
さっきまでの駆け引きとは違う、
余計な力の入ってない、優しい温度。
エリオットの呼吸が、わずかに揺れる。
離れる。
ほんの少しの距離。
「……これでいいか」
低く、静かな声。
エリオットは一瞬だけ目を閉じて――
ゆっくり開く。
「……うん」
小さく頷く。
そのまま、チャンスの指がネクタイにかかる。
くるり、と結び目をほどく。
今度は迷いなく。
するり、と拘束が解ける。
手首が自由になる。
「ほら、“姫”」
少しだけからかう声。
「解放だ」
エリオットは自分の手首を見て、
それから、チャンスを見る。
ほんの少しだけ沈黙。
「……ありがと」
ぽつり。
珍しく、素直な声。
チャンスは一瞬だけ目を細めて、
それから、ふっと笑う。
「今日はやけに大人しいな」
「たまにはね」
エリオットも笑う。
でもその目は――
もうさっきとは違う。
落ち着いて、整っている。
(……これで、戻った)
心の中で、静かに呟く。
(次はこっちの番)
ほんのわずかに、空気が変わる。