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「恨まれてる……って、どういうこと?」
ヒルデガルドが恨まれるとしたら、せいぜい逆恨みではないか。イーリスにしてみればそう思ったが、当人は恨まれても仕方ないと頬を掻く。
「彼女の父親を救えなかったことさ。私が言われたことを無視して戦っていれば、死なせることもなかったはずなのに、生態の調査だったし、多少の期待を向けたのが間違いだったと今でも後悔してるよ。あの娘からしてみれば、心底、腹の立つ話だ」
コボルトロードとの意思疎通など最初から不可能だった。なのに、今まで見てきた個体と違うというだけで興味を示したマックス・セルキアに、最初こそやめておくよう止めはしたものの、強くは言わなかった。
もしかしたらという希望を持っていたせいで、反応がわずかに遅れ、狡賢かったコボルトロードの不意討ちを防ぐことができず、大切な仲間を失うことになった。自分の判断の悪さと強欲さが招いた結果だ、と彼女は言う。
「まあ、感傷に浸ったところで、時間など戻らないんだが……。それよりも、どうしてわざわざ魔塔から出てきて闘技場なんかに参加しているんだ? マックスの娘はもともと有能な魔導師で、天候に関わる研究をしていると聞いていたのに」
「天候に関わる研究ってなに?」
空っぽになったプレートをアベルに渡し、椅子にどっかりもたれながら、ヒルデガルドは指をぴんと立てた。
「大陸の一部地域には雨がほとんど降らない。そういう場所に暮らす人々のために雨を降らせ、緑を増やし、大地を豊かにしようという試みだよ」
それはヒルデガルドが魔塔の最高位に就いたときにはじまった研究のひとつで、旅の最中にあらゆる土地を見てきた際、もっと資源を増やす環境を作っていかなければと思ったのがきっかけだった。
「ただ、魔力を膨大に消費し続けなければならないから、その供給源をどうにかしなくてはならない。私の魔力でも干ばつを癒すほどの雨は降らせられないし……定期的に雨を降らせる魔導器の開発の中心となっていたのが、カトリナなんだ」
莫大な予算を掛けて周辺地域の天候を操るための魔導器を作るのに、魔水晶も大量に加工して消費した。それでも今なお完成には至っておらず、森にいるあいだも定期的な報告は受けていたが、それほど進展は見られなかった。
それゆえカトリナが魔塔から出てきて闘技場に来る理由が分からない。彼女は、本来であれば、それこそヒルデガルドのように、こもりきりで研究をしていなくてはならなかった。それが研究チームのリーダーとしての役目だから。
「じゃあ、試合終わってから声でも掛けてみる?」
「えっ。いや……会うのはちょっと……」
そうこう言っているうちに試合は進む。ゴールドランク同士とはいっても、実力は圧倒的にカトリナのほうが上手だ。あっという間に決着はつき、選手がそれぞれ退場するのを見送ったが、ヒルデガルドは気まずそうに嫌がった。
しかし、イーリスは頑として譲らない。
「いいかい、ヒルデガルド。これは良い機会でもあるんだよ? 彼女が魔塔の人間なら、今ここで会っておいたほうがウルゼンに関して調べる隙を作れるかもしれない。それに誤解もちゃんと解いておかなきゃ……」
カトリナの父親が亡くなったのは、あくまで調査の結果。コボルトロードとの対話を求めて自ら歩み寄ったのに起因している。ヒルデガルドが救出に失敗したとしても、納得のうえでの調査だったはずだとイーリスは真剣な顔をする。
「うむ……。そうだな、たしかに君の言うとおりだ」
試合が終わり、まばらに観客が帰り始める頃、ヒルデガルドも席を立つ。向かうのは選手の控え室。場所が分からなかったので、まずは一般フロアの受付に道を尋ねることにした。食堂でプレートを返してから、飲み物を買って、選手の控え室を探す。差し入れでもすれば少しは気を許してくれるかも、というイーリスの作戦だ。
「たしか地下フロアだったよね。あ、こっちに階段あったよ」
階段の前には大きな篝火がふたつ。通路の上に盾のシンボルがあり、それなりに目立つように工夫がされている。降りて行くと広い廊下に出て、いくつも並んだ控え室の扉の前で、仲の良い選手同士の和気藹々とした雰囲気がある。
「みんな闘技場では真剣にぶつかりあってるのに、ここだと楽しそうだね。お互いが切磋琢磨してるって感じがあって好きかも」
「平和でなにより。……で、カトリナはどこだ?」
探しながら歩いていると人だかりが出来ているのを見つける。背の低いイーリスはぴょんぴょん跳ねて確かめようとするが、目の前の男たちのせいでまったく見えない。そこそこに背の高いヒルデガルドでも、やはり見えにくそうにする。
「すまない、ここで何かあったのか?」
目の前にいた男に尋ねる。
「ん? ああ、さっきの試合の結果を負けた奴がごねてんだよ。卑怯な戦い方をしたとかどうとかで詰め寄ってて……やめろっつってんのになあ」
「ほお。知り合いなんだ、ちょっと通してくれないか」
手に持ったコーヒーを飲みながら、人だかりを抜けて言い争っている二人の前に出る。やれ卑怯な魔法を使っただの、やれ弱いから悪いだのと暴言の応酬が起きており、舞台外での武力行使はご法度だというのに、騎士のほうは限界とばかりに腰に提げた剣の柄に手を掛けて「おのれ小娘が!」と怒り任せの行動に出ようとしていた。
だが、いくらやっても剣が引き抜けない。「んん!?」と驚いた騎士が目をやると、鞘と一緒に凍り付いていて、とても引き抜けない状態だった。
「ああ、すまんすまん。こんな人の多い場所で振り回そうとしていたものだから、つい手が出てしまったよ」
その声に振り返った騎士の瞳にヒルデガルドが映る。
「さて、闘技場の選手ともあろうものが、こんな場所で難癖をつけるとは実に醜い。怒りを収めて引き下がるなら良し、そうでないなら……まあ、ちょっとは反省をしてもらうことになるかもしれない。恥は掻きたくないだろう?」