「……昭人……」
犯人の正体を知った私は、色んな感情が混じった声を漏らす。
彼は少し乱れた髪を整え、ゆっくりと歩み寄ると私の前でしゃがんだ。
「今ならまだ優しくしてやれる。俺のもとに帰ってこい」
あまりに身勝手な事を言われ、お腹の底からグワッと怒りが襲ってきた。
尊さんが来てくれるまでは、感情的になって相手を煽ったりしてはいけない。そう思っていたけれど、犯人が元彼で目的がよりを戻す事と知った今は話が違う。
「……バッカじゃないの。こんな事をされてよりを戻すわけがないでしょ」
私は怒りに震える声で言い返す。
かろうじて怒鳴るのを我慢したから、そこは褒めてほしい。
「……それより、なんで恵のアカウントを使えたの? 恵に何かしたの?」
ずっと気になっていた事を尋ねると、昭人は憎たらしく小首を傾げてから、コートのポケットから恵のスマホを取りだした。
「盗んだの!?」
思わず尋ねてから、今の昭人に恵との接点はないと思い出す。
同じ学校に通っていた学生時代ならともかく、今は別の会社に勤めているし、家だって離れて――。
その時、ハッとした。
(こいつ、恵の家を知ってるじゃない)
気がついたら、どんどん想像が嫌な方向に転がっていく。
「……まさか、恵の家に上がり込んで、無理矢理奪ったりしてないよね? 恵に暴力振るってないよね!?」
必死に尋ねた私の声が、ライブハウスに反響する。
昭人はしばらく黙っていたけれど、やがて「はっ」と嘲笑した。
「あいつ、朱里に連絡してくれるよう頼んだら、俺に向かって『生まれ変わってやり直してこい』って言ったんだぜ? 死ねって言われたのも同然じゃん。そういう態度をとるやつには、相応の目に遭ってもらったよ」
「…………っ!」
あまりの怒りに、全身が火に包まれたような感覚に陥った。
「恵に何かしたならあんたを殺してやる!」
「おー、こわ。言葉の暴力って知ってる?」
せせら笑った昭人は、片手で私の顎をとらえる。
「……お前、俺以外の奴にはこんなに感情的になるんだな。お前にとって俺は大切な彼氏でもなんでもなかったんだな。俺はあんなに大切にしてやったのに」
「あんたは私を何一つとして大切にしてなかった。連れ歩いて気分が良くなるアクセサリーとしか思ってなかったでしょ」
「だからやり直してやるって言ってるだろ!」
……だからもう、どうして上からなのかなぁ。根本的に分かってない。
「……あんた、自分が何したのか分かってるの? こんな事したら警察に捕まるよ?」
すると昭人は荒んだ表情でせせら笑った。
「会社はもうとっくに辞めてるんだよ」
「えっ?」
それは初耳だった私は、目を丸くして素の表情で尋ね返す。
「……あのブス、自分のしでかした事をバラされて喧嘩したからって、俺の会社まで来てわめき散らして……」
きっと彼の言う〝ブス〟は、加代さんの事だろう。
私の知らないところで泥沼化していたらしいけど、それは預かり知らない事だ。
「それが他の部署にいる女たちにまで伝わって、上司に呼ばれて大変な事になって、結局辞めざるを得なかったんだよ。……あのクソババア、既婚者なの隠しやがって」
…………はい?
私は目をまん丸にして、荒みきった昭人を見つめる。
ブツブツ言っている彼は、我を失っている感じがあって、よりを戻そうと思っている元カノを前に、何を言っているか自覚していない様子だ。
だからこそ、私は知らないところで昭人が何をしていたのか、うっすら把握してしまった。
(……多分こいつ、務めていた会社で色んな部署の女性に手を出してたんだ。私がエッチに応じなかった時の欲を、他で発散していたと考えたら納得がいく。その中には既婚者もいて、知らずに手を出してしまった昭人は責任をとる形で辞めた……。うわぁ……)
ドン引きして昭人を見ていると、彼は私を見てニタリと笑う。
「朱里、俺と一緒に逃げよう」
「やだ」
刺激を与えないようにと思っていたのに、思わず即答してしまった。
すると昭人は私を見て剣呑な目をし、立ちあがるとポケットからてるてる坊主を出した。
私はサッと横を向いて目を閉じる。
九年も付き合いがあるから、梅雨時期にてるてる坊主を見て取り乱した姿を見られ、昭人には私の弱点を熟知されている。
どうしててるてる坊主なのかは分かっていないようだけれど、苦手という事は理解しているのだ。
「……あーかり」
ざらついた声が耳元でし、頬を撫でられる。