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2階なのにも関わらず窓から侵入してきた男が、懐から刃物を取り出して、教室内の生徒たちに向けた。彼らはドタドタと、転げそうな勢いで逃げ惑い始める。廊下は混乱した生徒たちでごった返し、足音と悲鳴で溢れていた。男が生徒たちを追って廊下に出ると、彼らは余計に混乱し始め、男からなんとか遠くへ行こうと押し合う。その中で海斗は、小柄な体で波をかき分け、男の方へ真っ直ぐ進んでいた。
男の方へ行くにつれ、窮屈感はなくなり、やがて完全に人の波を抜ける。男が海斗を目視した瞬間、海斗はいつもの調子でにっこりと笑いながら、男の方へ駆け出した。咄嗟に出された刃物を余裕で躱し、海斗は「失礼」と声をかけてから、鳩尾に肘を入れる。
男は苦しそうな声をあげた。その隙に手から刃物を奪い、海斗はそれを、なんの躊躇もなく男の腹に刺す。そのまま男を突き倒し、慣れた手つきで足の骨を折った。
一瞬だった。思わず目を奪われている様子の生徒たちに、海斗は返り血で染まった手で廊下の向こうを指さす。
「みんな、慌てないで、静かに体育館に逃げて。ここら辺にいた人達は全員倒したから、今のうちに。でも走っちゃだめだよ、冷静にね。」
今、目の前で、この男が人を殺した。その事実が海斗の笑顔をより一層不気味にうつし、生徒たちは誰からともなく、静かに歩いていく。海斗はそれを見届けてから、次の教室に急いだ。
「カイト!」
「コンくん。」
紺は海斗の顔を見て少し安堵したような表情を見せるが、少し視線を落としたら見えた返り血に、驚いて固まる。
「……いつかやると思ってた。」
「そんなことを言ってる場合?」
「ごめん、冗談。俺もだし。」
海斗は紺の足元に目をやった。犬の口周りが赤く染まっている。
「まあ……お喋りしてる余裕もないよね。僕はこの階をもう1周するから、コンくんは1個下に行って。最上階からササメくんが毒を撒いてるから。」
「確かに、それが確実だね。」
「あと、コンくんの口の固さを見込んで、共有しておきたいことがあるんだ。」
間髪入れず、海斗が発した言葉を聞いた時。紺の頭に浮かんだのは、
「どうして?」
の一言だけだった。そう言われることをわかっていたのだろう、「あまり時間がないから端折るけど」と続いた説明に、紺は信じられない気持ちを抱えながらも、頷く。そうするしか無かった、海斗はこんな時に、こんなおかしな嘘をつく人間ではない。
「わかった、気をつけて、カイト。」
「うん。コンくんも。」
2人はそれだけ言って、別の方向に駆けていった。
「何が起きているの……!?」
颯希は左手に鉄球の縄を握りしめながら、そう呟いた。授業中にどうしても我慢できなくなって失礼を承知ながらも手洗いに行き、そこで放送を聞いて飛び出してきたところだ。
(侵入者……敵襲ってこと?まさか、オトギリ……!?私のクラスにはミズナくんがいるから、クラスメイトの避難誘導はやってくれてるんだろうけど……そもそも、避難って、みんなどこに行ったの!?)
右往左往していると、曲がり角の向こうから、こちらへかけてくるような足音が聞こえてきた。敵かも知れないと、颯希は咄嗟に身構える。しかし、角から顔を出したのは、よく知っている顔だった。
「……アマミヤさん?」
「ササメくん!」
「あっ、アマミヤさん、鼻と口を塞いで。」
「えっ、あっ!」
颯希は息を止めて、手を口に当てる。ささめは小さく謝ると、廊下の向こうを指さした。
「みんな体育館に逃げてる。他の特待1年生たちも、そこにいると思う。自分の助けが必要?」
不安ならばついていく、という意味だろう。颯希は首を横に振った。
「私1人で行けます!」
「うん。気をつけて。」
颯希はささめに別れを告げると、少し苦しかった肺を空気で膨らませ、走った。少し毒を吸い込んだのだろうか、目眩がするが、大した問題ではない。ささめもまさかまだ逃げていない生徒がいただなんて思わなかっただろう、まともに息を吸い込んでいれば、颯希はすぐに失神していた。
(ウエポンと同時に毒を散布するって、すごいなぁ……。)
階段を駆け下りて、体育館までの長い廊下をただただ走る。学校の廊下を走ることには、少しだけ抵抗があるが、今はそんなことを言っている場合ではない。体育館の扉が見えると、その前には、桜人が立っていた。
「サクラくん!」
「サツキくん。良かった、無事だったんだ!中に入って。」
「サクラくんは見張り?」
「うん。校庭に面してる扉の前にはカイト先輩がいる。体育館の中は安全だよ。」
中に入ると、そこには、1年生から4年生まで、一般生徒が詰められていた。彼らは顔を不安に歪ませながら、静かに座っている。それでも決して狭くはない、緊急時になって改めて、縷籟警軍学校の設備の充実さを体感させられる。
「……サツキくん………!」
空に声をかけられた。
「ソラくん!これ、何が起きてるの?」
「そ、それはまだ、わからないんだけど……………多分、オトギリじゃないかな…。残りのメンバー全員で、奇襲を仕掛けた…………とか?わ、わからないけど。」
「外はどんな感じ?」
「え、えっと……かなり押してるよ。3年生の先輩方と、あとはユウ先輩のハムスター、ミズナくんの梟が、一通り校内を見回って殺して周ったから……中はもう平気なみたい。だからササメ先輩以外はみんな、校庭に集まってて………カイト先輩が、体育館の門番をできるくらいには、余裕があるって。」
「そっか!まあ……この世代が負ける訳ないもんね。」
「うん………一応、リクくんも応戦してるし。」
そう言いながら空は、かなり上の方を指す。颯希が見上げると、高いところについた体育館の窓枠に腰をかけ、左手と口で弓を引く陸がいた。
「僕たち、近接武器には、出る幕もない………下級生は危険だから外に出ちゃダメみたい。」
「そんな、学校が危険なら、戦いたいのに……!」
「あ………そ、それなら、門番をしてみたらどうかな。この中で……いちばん戦えるサクラくんが、廊下側の入り口を、見張っているんだけど。
先輩たちが、外でどんどんのしてるから、平気だとは思うんだけど……もし大勢で攻めてこられたら、大変かも………。サクラくんは、ここに来るのが凄く早くて、ずっと見張りをしているから………僕が一緒にするって言ったんだけど、中の生徒たちの安全のためにって、断られちゃって…………。」
空はガックリと肩を落とした。断られたのがショックだったのだろう。颯希は少しだけ空を慰めてから、礼を言って、外に出た。
体育館内で、光は、翔空とみずなと一緒に、端の方に立っていた。
「こういう時全然活躍できねぇと……ソワソワすんな。」
「まあ、トアとミズナはともかく、おれのウエポンは役に立たないしな。いたところでだ。」
「ミツルのウエポンが活躍するような事態になったら、それこそ終わりじゃん。」
「ごもっとも。………ミズナ、黙り込んで、何考えてんだ?」
光は先程から、下を向いたまま微動だにしないみずなに声をかけた。
「ああ、僕は……この襲撃の目的について考えてた。暇なら、聞かせてあげても良いよ。」
「ミズナはとんでもねぇことを考え付くからな。オレらに聞かせてみろよ。」
「うん。まず、今学校を襲撃してるのは、オトギリと見て間違いないと思う。そもそもなんだけど、元から襲撃するつもりがあったのなら、今までの任務で個別に殺そうとする必要なんてなかったよね。貴重な戦力が無くなってしまうから。だから前提として、この襲撃は、少なくとも前々から計画が立てられていたものではないと思うんだ。つまりオトギリには、このタイミングで学校を襲撃しなければならない、それなりの理由があった。
オトギリは元々、今の4年生たちが入学したタイミングから縷籟警軍に攻撃を始めて、その学年が4年生になる年度からその標的を特待生に変え、卒業間近に学校を襲撃した。これ、僕は偶然じゃないと思うんだ。ヒナタ先輩やジュン先輩を殺すと、ユキの社長が喜ぶっていう情報もあるし……。」
「つまり、奴らの襲撃の目的は、4年生たちを殺すことってことか?」
「うん。それと、今ミツルが言ったことを踏まえて、もしかしたら……。」
「もしかしたら、なんだ?」
翔空に続きを促され、みずなは少し眉間に皺を寄せてから、小さな声で呟く。
「……僕たちは、オトギリの存在理由を、根本から履き違えていたのかも知れない。オトギリの目的は、縷籟警軍の殲滅なんかじゃなくて………」
続いたみずなの言葉に、光と翔空は目を見開いた。それと同時に、とある疑問が浮かぶ。
「でもよ、ミズナ。オトギリの連中は、何のためにそんなことをしてんだ?」
「それは……僕にもわからない。しかもこの仮説が本当だったとした場合、今までのオトギリ関連の任務の中に、明らかに必要がなかったものも出てくる。あくまで仮説の域を出ない。……そう、それとさ。あともう1つ、2人に言いたいことがある。僕の胸にはこの疑問が突っかかって、全然心穏やかじゃないから、否定して欲しい。」
「ミズナに否定できないことが、おれたちに否定できるとは思えんが。」
「ミツル、ツレねえな。悩みは一緒に背負うのが縷籟流の友情だろ?」
「聞かないとは一言も言ってないだろ。」
みずなはそんな2人を見て「ありがとう。」と呟くと、さらに声のトーンを落として、話し始めた。
「……この襲撃、おかしいと思わない?縷籟警軍学校が……あの縷籟警軍学校が、そう簡単に、侵入を許すと思う?
過去に、寮にサクラの家の人が来たことがある。寮は校舎から遠くにあるし、警備員がいないのもわかる、彼らは身内だったから許可を取っていたのかも知れない。でも………今回は話が違う。こんなに大勢の、明らかに敵だとわかる人間の侵入が、簡単に許されて良い訳がない。」
「一理あるな。それで、それの何が不安なんだ?」
「彼らだけの力じゃ、ここに侵入できた訳がないって言ってるんだ。……敵は本当に、オトギリだけなのかな。」
「………おい、怖い話はやめろよ。そんなこと考えたって仕方ねえじゃん、目の前のオトギリに集中しようぜ。」
「目の前にオトギリがいないから、こんなことを考える余裕ができたんだよ。まあ……その正体について、まだ全く検討がつかない。僕の杞憂だと信じたいけど。僕たちにとっての敵って……何なんだろう。」
「それについてはわからないが、オトギリが敵であることは確かだ。」
みずなはその言葉を自分に言い聞かせるように、食い気味に頷く。光がその調子で、言葉を続けた。
「事実として、今、外の先輩方がオトギリを押している。事態はそこまで深刻じゃないとおれは思う。」
「まあ、そうだね。先輩たちの実力は、僕らも嫌という程知っている訳だし。時々外から銃声が聞こえるのが少し引っかかるけど。」
「銃くらいなんてことねえだろ。オレ、あと数年であそこまでになれる自信がねえわ。」
「銃がなんて事ない、は流石に言い過ぎだ、トア。ただ相手の物資にも限界があるだろうし、何かがない限りは大丈夫だろ。」
そこで会話は途切れた。3人は静かに、体育館上の窓を見上げる。そこには、彼らが抱える不安に似合わぬ晴天が、キラキラと光っていた。
(……キリがねえ。)
縷籟警軍学校、校庭。未だかつて無いほどの広さを誇った青い芝生が、みるみる血に染まっていく。徇は次々とかかってくる男たちを丁寧に処理しながらも、かなり焦っていた。
(おかしい、オレのところだけ、明らかに数がおかしい。なんだ……オレを殺したがってんのか?)
確かに、各々が自分のことに集中して他人へ気を配ることができない状態である今、徇へのある程度の集中攻撃というのはとても合理的と言えるかも知れない。灯向や蓮人に比べて能力に劣り、また、彼らや紺、海斗に比べてウエポン自体の戦闘能力も低い。この場で1番力が弱いのは誰かと訊かれれば、間違いなく、徇だ。
(マツナは来てねえのか。まあ……来ないのが正解だ。)
このまま1人で相手をするのはまずい。この際自分の命などどうでもいいが、自分が今死んでしまえば、戦力が減り、他の生徒が負担する人数が多くなってしまう。
ささめが校舎から出てくるのを待つのが得策かも知れない……そう判断した徇は、烏を呼び出して、空中に浮いた。そのまま他の生徒たちに迷惑をかけない程度で、飛び回りながら逃げる。
男たちは深追いをしてきた。この状況で逃げるということは、徇にそこまでの余裕がないということだ、それをわかっているのかも知れない。
男たちは仕方なさそうにしながら、銃を取り出した。そのまま空中にいる徇に向けて、次々と発砲する。
(マジかよ……!)
初めて感じる生命の危機に、全身の鳥肌が立った。
幸い、その弾は無茶苦茶で、徇には当たらなかったが……1つ、烏を繋いでいた鎖に弾丸が当たり、バキッと音を立てて壊れた。バランスを失い、徇はそのまま落下する。
強い衝撃が体を襲った。地面に座り込んだまま上を向くと、正面から、無数の銃口がこちらを向いている。
死ぬ。本能がそう言った。逃げられない。
カチャッ、と、彼らが引き金に指をかけ直す音が聞こえるのと同時に、徇は目を瞑った。ただどうしようもない絶望が彼を襲うのと同時に、複数の銃声が、耳を刺すような大きい音で鳴り響く。しかし……体に全く痛みを感じない。
徇は目を開けた。途端に、目の前に立つ“誰か”……そして、その人物が自分に落とした影に、思わず声を上げる。
「………マツナ?」
目の前にいたのは、間違いなく、茉凪だった。徇はその時、唐突に、茉凪が自分を庇ったのだと理解する。茉凪は血を流しながら、徇を振り返って、絞り出したような小さな声で言った。
「なに、私は死なないよ。お前のためになんか……死んでやらない。」
続く